20・魚河岸バル築地TAMATOMI

 築地市場にある店といえば、寿司屋や食堂その他なんであれ、和食がメインになってくる。

 ここ数日は朝昼晩続けてそういう魅惑の世界に浸っていた我々。
 なのでこの日くらいになると、ちょうど心は……

 ワインでも?

 となる気がしていた。
 そこであらかじめチェックしていた店が、築地場外市場内にある、魚河岸バル「築地TAMATOMI」だ。

 築地市場ならではの素材を使い、スペインのバルっぽい料理を楽しませてくれるという。

 2010年のオープン以来ウワサがウワサを呼び、今では予約無しではそうそう入れなくなっているという人気店である。

 先だってのやまだやさんで、予約をしていないとえらい目に遭いそうになった反省を活かし、このTAMATOMIさんを前日のうちに予約しておくことにした。

 岸田屋からの帰り道、隅田川テラスの夜景を楽しみながら、予約の電話をば……。

 築地場外市場公式サイトでダウンロードできる、場外市場マップに載っている電話番号だから、よもや繋がらないなんてことはあるまい。

 電話してみると、たしかに電話は繋がった。

 ところが。

 電話に出た方は妙にゴキゲンっぽくて、例えて言うならスネークマンショーの「盗聴エディ」で電話に出てくる、

 「エディ?エディだろぉ??」

 的なノリ。
 かなりオシャレな雰囲気のお店で、マスターもスタッフの方もシャキッとしたお若い方という事前情報を得ていたので、かなり面食らってしまった。
 ひょっとして間違い電話??

 と思いつつ、予約したい旨告げると、

 「ちょっと待っとってくださいよぉ」

 という声の後に、違う方が出てきた。
 あらためて予約したい旨を告げると、また違う方に代わり、無事に予約完了。

 ホッと胸を撫で下ろしつつ、疑問だけが残った。
 店はマスターとスタッフの方合わせて2人で切り盛りされていると、手元の資料は語っている。
 では、最初に電話に出た方はいったい誰だったんだろう??

 常連客が気軽に電話に出たとか??

 いや、そういう常連オンリー大衆酒場のようなノリじゃなさそうだしなぁ……。

 そんなちょっとした疑問を抱きつつ、やってきました築地TAMATOMI。

 場外市場の築地西通りにあるお店だ。
 夜はこうしてライトアップされ、玄関先は満席時の立ち飲みスペースになっているけれど、ここに昼間に来ても、知らなければおそらくそういう店があるとは気づけないだろう。

 だって、日中はこんな感じなんだもの。

 日中は、夜に備えてひっそりと静まり返っているのだ。

 さっそく入店!

 カウンター9席のみの慎ましやかな店内は、いい意味で築地らしからぬオシャレな雰囲気。
 まずはエビスの生で乾杯。

 この生が!!

 スタッフの方が丁寧に注いでくれるこのエビスの生、駆けつけ一杯的に気軽に口に運んだら驚いた。

 美味いッ!!

 クリーミーな泡のファインさはもとより、一口つけたときの「甘さ」ときたら!!

 これはもはや、銀座ライオンや那覇空港のキリンビアレストランの比ではない。
 やまだやさんもそうだったけど、こういう生ビールは、店の方のたゆまざる普段の器具の手入れと不断の精進がもたらすもの。
 生ビール人生でK2を越える最高峰を記録してしまった。
 期待値は一気に膨れ上がった。

 そして定番のお通しがこれ。

 オリーブ♪

 これはもう、ワインでしょう!

 生ビールが美味しかったので2杯3杯いただきたかったところながら、そもそもワインを飲みに来たのだということを思い出した。

 そのワイン、ここTAMATOMIさんでは、イタリアの赤の発泡性ワイン、すなわちランブルスコを激推奨されている。

 海の幸メニューが多い中、赤でも合うものなんですか??

 素朴に問うてみると、

 「みなさんそう心配なさるんですけど、その合う加減を是非知っていただきたくてオススメしてます」

 マスターが自信を持って勧めてくれた。

 というわけで、まずは1本目!!

 ワインボトルとバルサミコ酢の間から、わざとお茶目に見え隠れするマスター。
 動画じゃないからそのコミカルな動きまでは残せないんですけど(笑)。

 一杯目を注いでくれた後は、周囲に保冷剤を仕込んだ容器とともに出してくれるので、注ぐ際にボトルを取り出してもいちいち布巾で雫を拭く必要がない。
 そのあたりは、限られたスペースで不便にならないようにしてくれる配慮なのだろう。

 で、さっそく一杯。

 彼が、我々が勝手にエビスマイスターの称号を授与した生ビール注ぎ師の方。
 さすが、ワインを注ぐ姿もキマッている。
 そういう方に入れていただくと、より一層美味しそうに見えるから不思議だ。

 その名はなんとなく、膵臓にあるという「ランゲルハンス島」にも似た響きもあるこのランブルスコ、赤ワインに比べるとアルコール度数が控えめで、たしかに「肉持って来いッ!!」的な重たいものではない。
 それがまた、マスターがおっしゃるとおり海幸系の肴にピッタリの相性だった。

 そんな至福の肴の数々は……ああ、思い出したら自分のヨダレで溺死してしまいそうだ。

 お通しに続いていただいたのは、ウニのブルスケッタ。

 ここ数日でウニの美味さに目覚め、ついにちくちくウニウニ先生になってしまった僕にとって、オリーブオイルとウニという組み合わせは目からウロコどころか眼球ごと剥がれ落ちそうなほどに画期的に美味い。

 ホントに、ウニがオリーブオイルの中でババンババンバンバンなんだもの。

 あまりの美味さに、これは使用しているオリーブオイルもタダモノではないと思ってマスターに訊ねたところ、やはりオイルもこだわりの一品であるらしい。
 サンエーで買える一本300円程度のオリーブオイルでは、到底真似できないのである。

 お次はしめ鯖のカルパッチョ♪

 紫玉ねぎがカレッタ汐留になってるんですけど!!

 よもやしめ鯖がカルパッチョになるとは思ってもみなかった。
 鯖をワインビネガーでシメてあるんだろうか。バルサミコ酢がかかったシメ鯖が、まさかワインに合おうとは……。
 ともかく美味い。

 お次は、個人的に本日一番の感動アイテム、白子のアヒージョ。

 ホントにもう、アヒージョってなんね?ってなもんだけど、ニンニクとオリーブオイルたっぷりの、スペイン版アクアパッツァやる気みなぎる編みたいな料理のことらしい。
 これは今が旬の白子を使ったもの。

 アツアツの小さなお鍋に入れられて出てきたその姿は、Oh,アヒージョ!!って感じ。

 これがまたしみじみ美味い……。

 そしてこれらがすべて、ランブルスコに合うんだわ。
 というわけで、2本目に突入!!

 やばい、我々調子に乗りすぎ??

 いいのだ、これが最後の夜なのだから。

 さあて、いよいよ後半戦に突入………しようかというその時、マスターが実に素朴に僕に言った。

 「随分いい感じに黒いですけど、どこかから帰ってきたばかりですか?」

 島にいるとまったく目立たないのに、羽田に着いた途端浮きまくるほど黒いのではないか……と危惧しつつ上京した我々だった。
 ところが本日ここに至るまで、誰にも何も言われることがなかったのだ。
 だからてっきり、オフになってから約ひと月経って、「ひょっとしてすでに美白?」と思っていたのに………

 違ったのですね。

 <そりゃそうだろ。

 実は、帰ってきたんじゃなく来てるんです、という流れで、自然と話はそちら方面に。

 すると驚いたことに、マスターはかつて石垣島で半年ほど暮らしていたことがあるらしい。
 その後東京に戻ってきた際、なかなか「社会復帰」できなくて苦労したそうだ。そりゃそうだ、石垣と東京となれば、ヒトの歩く早さひとつとってもまったく違う。

 そういう身の上話をお聞きできたものだから、この際最大の疑問を質問してみよう。

 マスター、夕べ予約の電話を入れた際に、お二方とは違う方が出られたんですけど、どなただったんですか??

 「あ?ああ、あれはウチの父なんですよ」

 へ?

 「ここの2階が実家なんですけどね、たまにお客さんの電話が実家に繋がるんですよね」

 なんと!
 あの「エディーだろ?」の方は、マスターのご尊父だったのだ!!

 しかもさらに詳しく伺ったところ、お父さんはかつてこのTAMATOMIさんの場所で、同じ屋号(玉富)でたばことサンドイッチを売る店をなさっていたのだとか。

 その後代替わりして魚河岸バルの店をオープンされたわけだけど、築地場外市場公設サイトに載っている電話番号は昔のまま、すなわちご実家の電話番号のままになっているのである。

 今のように観光地化されていなかった当時の築地場外市場には、市場に魚を買い求めに来る業者さんを対象にした店のほうが圧倒的に多かったわけで、だからこそのたばこ屋さんだったのだろう。

 なるほどたしかに、店の玄関先にその名残りが……。

 満席時の立ち飲みスペースになるカウンターにある小窓は、言われてみると昔ながらのたばこ屋さんの面影がある。
 たばこの自販機はもちろん今も現役だ。

 マスターは今でこそ別の場所にお住まいながら、生まれも育ちも築地場外市場のこの場所なのだそうだ。
 TAMATOMIさん、なにげに老舗だったのである。


生まれも育ちも築場外市場のマスター、望月さん。

 さて、いよいよ後半戦に突入しようというとき、我々の直近で飲んでいたおねーさん3人組が帰っていった。
 するとその向こうで飲んでおられた3人連れのうちのお一人が、このたび沖縄に転勤することになったという話をマスターが我々にふってくださった。

 そのお3方は、転勤する方のたっての希望で、今宵このTAMATOMIさんでの送別会なのだそうな。
 で、沖縄から来た我々に、転勤先の那覇にもいい店ありますかねぇ?という話に。

 あのぉ……同じ沖縄でも我々は那覇からかなり遠い田舎者なんですけど。
 でもそこですかさず、

 「お仕事でお疲れの際は、是非久茂地にある治療院ナチュラルへどうぞ!」

 と宣伝しておいた。<いい店って、そういうジャンルの質問じゃないと思いますけど。

 院長、この真ん中の女性がお越しの際は、よろしくお願いいたします。

 それにしても、東京から那覇へ転勤だなんて、相当大手の企業か、もしくは……

 ……検察官とか??

 さすがにそこまで立ち入った質問はしなかったけど、ともかくまぁ、なんだか居酒屋のノリをしてしまってごめんなさい。

 そんなこんなですっかり居心地良くなりつつ、後半戦。

 気になるメニューのひとつだった、マグロの脳天フリット。

 脳天というのは脳味噌のことではない。
 マグロの頭部の身である。
 マグロの頭部といえば……ほら、築地市場内でターレーでまとめて運ばれていたあの部位。
 こういうところでちゃんと活躍しているのだ。

 フリットというよりはむしろ島でいただく各種魚のから揚げに似た食感と味だったマグロ自体よりも、特筆すべきは添えられているハーブ風味のタルタルソース。
 前述のこだわりのオリーブオイルたっぷりで、タルタルソースだけでワイン1本いけちゃうほどに美味かった。

 その勢いで、鰆の香草焼き。

 一口食べて気がついた。
 この味、かつてハーブの味付けに凝っていた頃に機関長がよく作っていたスペシャル料理に似ている……。

 このハーブ、食材ならなんでも揃いそうな築地ではあるけれど、大量に消費されるわけではないタイムのようなちょっとしたハーブのようなものになると、案外手に入れづらいらしい。
 そういう意味ではパンも同じらしく、このTAMATOMIさんのパンは、千葉から取り寄せているこだわりの逸品なのだとか。

 そのパンがまた美味しく、数々のソースと一緒にいただくとさらに絶品に。

 ワインが発泡性のおかげで、なんだか消化機能が活性化している気がする……。

 最後にお願いしたのは、白魚のガーリックソテー・卵の黄身和え。

 これをグジュッとかき回し、添えられているバゲットにのせていただく………。

 パラダイスここに極まれり。
 来店前は、ボトルで2本も飲んだらやばいよねぇ…などと自重気味だったはずなのに、気がつけば2本はとうの昔に空いて、その後グラスで2杯(オタマサは1杯)飲んでしまった。

 ランブルスコは美味かった。
 数々のメニューも美味しかった。
 築地のまた別の顔を、思う存分味わった夜だった。
 ある意味「老舗」の築地TAMATOMI、必ずや再訪することになるだろう。

 この界隈、まだまだ「別の顔」がありそうなんですねぇ。
 というわけで、もう1、2軒、行ってきましょうねぇ。

 〜♪ Bad Bad Whisky……Bad Bad Whisky……

 帰りがけに銀座MANNEKENでベルギーワッフルなんぞを買い求めつつ、銀座通り界隈をプラプラと歩いた。
 これで銀座の夜の見納めだ。

 こうして、約一週間に渡った銀座滞在最後の夜は、最後にふさわしい見事なエンディングとともに幕を閉じたのだった。

 明日はついに沖縄に帰る日だ。
 その前に!!

 お待ちかね、いよいよメインイベント編!!
 隊長、そろそろ復活しているかなぁ???