17・五松屋アゲイン
ホテルに戻ったのは午後4時頃で、その後さらに雨が激しくなってきたから、早めに帰還したのは幸いだった。 せっかくレンタカーを借りているのだし、もっと乗ってたらいいのにというところなのかもしれないけれど、なにしろ我々の夕食は早めだから、その前にひとっ風呂浴びて休憩するにはこれくらいがちょうどいいのだ。 で、部屋で過ごしている間に、雨は小止みに。 祈りがザビエル山に通じたのかもしれない。 さあて、6時前になったことだし、そろそろ今宵の晩酌へとまいりますか。 早めに飲みに出かけるのは、まだ日があるうちなら、予約をしていなくとも満席ということはあるまい、と期待しているという理由もある。 この日伺おうと思っていたお店は近年オープンしてすぐに地元の方々の人気店となったようだから、ぐずぐずしていたらたちまち満席になってしまうことだろう。 というわけでまだ日も明るいうちから暖簾をくぐってみたところ、なんとなんと、本日は予約で満員御礼なのだとか。 玄関からいきなり座敷席になるこじんまりしたお店だから、何かの打ち上げなどまとまった予約が入ったら、すぐさま満員御礼になるようだった。 またしてもプランAの崩壊。 小雨とはいえこの雨天の下で、いきなり路頭に迷うことになるのか…… しかしここでもすかさず、プランBに切り替える。
実はそのお隣が、初日に入った五松屋さんなのだ。 ボトルをキープしてもらっているし、ステキなお店だったから滞在中にもう一度伺おうと思ってはいたけれど、まさかの2日後になってしまった。 幸い大勢の予約は入っていなかったようなので、前回と同じカウンター席に座る。 お喋りではないようながら、訊ねればいろいろ丁寧に教えてくださる大将に、今日は魚は入ってますか?と問うてみると、 「たくさん入ってますよ!」 との力強いお応えが。
迷わず刺身盛りをお願いする。 「あんまり変わり映えしないけど……」と苦笑いしつつ、大将が出してくださったのがこちら。
おお、見事に期待に応えてくださった!! 生け花のごとき盛り付けのなかで、花火のように花開いているのはヒラメ。
片隅には縁側の姿も。 そして中央で堂々の主役を張っているのは、ご当地でヒラスと呼ばれているヒラマサ。
ヒラマサとブリはオトナになるとそっくりで、泳いでいる魚に海中で出会っただけでは、すぐさま区別をつける自信はない。 いずれにしろ、寒ブリの腹側のように脂ノリノリのものが苦手なオタマサにとって、ほどよい脂ののり具合がちょうどいい塩梅の上品な味だったようである(ワタシはどっちも好き)。 残念ながらブリは沖縄には分布していないのだけど、ヒラマサはその分布域にかろうじて沖縄地方も含まれている。
だからといって海中でオトナの群れに出会うことはまずない。
こんな5センチにも満たないような小魚が、立派なサイズになって市場に揚がってくるのだから、海の生産力はやはりとてつもない。 そして刺し盛りの扇の要になっているのは……
鯨の皮。 前回来店時はこちらも気になりつつ赤身を選んだことを、大将は覚えてくれていたのかもしれない。 そしてその傍らで扇を支えているのは、永遠のバイプレーヤー、アジ。 やはり表面に刻まれた切れ込みが、美しい模様を描いている。 1人前でこれだったら、2人前を頼んでいたらどういうことになるのだろう……。 いやはや、どれもこれも美味しいなぁ!!
そうそう、前回来店時にキープしていた五島芋のボトルを、女将さんは我々が席に着くなりすぐさま出してくださった。 この女将さん、お客さんが来店するたびに、電話で問い合わせがあるたびに、なにやら困ったような顔をなさるあたりに、商売っ気が微塵も感じられないところが面白い。 けっしてお話し好きというわけではないけれど、親切だし丁寧だし、五島うどんの食べ方がめちゃくちゃでもちゃんとフォローしてくださるし、大将ともども、通えば通うほどもっとその秘められたキャラが垣間見えることだろう。 さて、刺身をひととおり楽しんだので、焼き物系に突入。 本日オススメの手書きメニューのなかで、この日最初から気になっていたのがこれ。
イトヨリダイのバターソテー。
イトヨリダイなんていったらあなた、高級食材すぎて我々庶民は飲食店で味わう機会などほぼない魚。 でまたこれが、美味い。
獲れ獲れだったら刺身もイケるそうな。 イトヨリダイのほかにもうひとつ気になっていたのがこちら。 カワハギの味噌焼き。
五島地方では「ゴベ」と呼ばれるこのカワハギ、イトヨリダイが現地でもわりと高級であるのに対し、こちらは釣り人のみなさんからすれば外道認定されるくらい、当たり前にゲットできる魚だそうな。 でも刺身も良し、煮ても良し、鍋でも良し、もちろん焼いても良しという水産資源的にはとってもお利口さんなので、スーパーの鮮魚コーナーでもけっこう目にしたし、この日の五松屋さんにもすでに皮を剥がれた状態のゴベちゃんがたくさん並んでいた。 そういう魚を、ひと手間かけた料理で出してくれるところが、五松屋さんの五松屋さんたる所以。 でまた香ばしい味噌の味が、天麩羅から続くやる気モードの流れにバッチシで、こりゃあ酒が進みますバイ。 すっかり満足したので、本日もシメに五島うどん。
初日同様、本来の食べ方である地獄炊きスタイル。 釜揚げ状態で出てくるうどんを、手前のあご出汁に浸けていただくもので、好みでネギや鰹節、そしてとき卵を入れる。 すっかり酔っ払っていた前回は、その作法をまったく忘れていて、とき卵に醤油を垂らし、そこにうどんを入れて食べてもいたらしい、ということはかつて触れた。 その話をオタマサが僕にしていると、女将さんが「そうそう!」と言いながら笑っておられた。 ……やっぱりおかしかったのね、そーゆー食べ方。 ところで五島うどん、あご出汁自体は、飲み屋さんでのシメというポジションでもあるためにやや濃い目の味ながら、ことアルデンテという意味ではこの五松屋さんでいただいた茹で具合が抜群だった。
地元のみなさんは長く茹でた柔らかい麺が好みなのだろうか。
延ばす際に椿油を塗ることでコシがいっそう強くなり、茹でた後のびにくくなる、という手間もコストもかけられたうどんなのだから、そのコシを楽しむためにも茹で時間は重要だ。 そのあたりの加減を、きっと五松屋さんは配慮されているに違いない。 いやあ、今宵も美味しかったなぁ!! この日オタマサがもうひとつ気にしていたのは、クロムツの煮付け。 前回いただいた塩焼きが抜群に美味しかったから、煮付けも試してみたかったのである。 この日はそこまで到達できなかったので、去り際に大将にその旨伝え、次回はクロムツの煮付けを…と言い残してこの夜は店をあとにしたのだけれど、結局3度目が訪れることはなかった。 クロムツの煮付けももちろんのこと、ベタ凪ぎ続きでお魚選り取り見取りの頃に、また再び訪れてみたい。
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