3・焼肉奉行

 カフェプカプカにて明日の予定を確認しつつ、Yさんにホテルまで送ってもらって皆さんと別れた。

 隊長は当初我々と同じホテルにする予定だったのだが、あいにくシングルルームが満室だったそうで、近所のホテルに。

 我々は昨年と同じ(でも名前は変わった)ヴェッセル石垣。
 夕食までにはまだ間があったので、とりあえずホテルにて昼寝を…。
 もちろん明日のためではなく、夜のために。

 昨年同様この夜もまた島P家とともに、そして今年は新たに隊長も交えて夕食をとることにしていた。
 今年は島Pの都合もついているという。
 とはいえマラソン前日である。飲みすぎてへべれけになるわけにはいかない。この夜隊長の口笛が出てしまえば、翌日隊長はゴール遥か手前で行き倒れになるのは間違いない。

 マラソン前日で軽く食事できるところ。

 という我々の肉体的要望をふまえつつ、島P夫妻が選んでくれた店はどこだ??

 ここだ!

 炭火焼肉やまもと。

 「エーッ!!焼肉っすかぁ!?」

 …というのは、直前に行き先を知らされた隊長の談。
 そりゃそうだよなぁ。なにしろ初フルマラソンの前日。身も心も、そして胃も腸も肝臓も最良の状態で当日を迎えたい。

 そこへ焼肉!!

 これは魔の手か悪の十字架か。

 しかし!!
 ここは石垣島。肉といえば当然のように石垣牛なのである。
 そして。
 今回の石垣行における、僕の最大かつ重大な目的こそが、

 石垣で石垣牛をキチンと食べきるッ!!

 昨年の石垣島もとっても楽しかったけど、唯一心残りだったのが、この石垣牛の焼肉を本場でちゃんと食べる機会がなかったことだった。
 まぁ、全国津々浦々の有名肉を食べ比べて味がわかるわけでもないとはいえ、石垣島で石垣牛を食わずに帰るなんてのは、シーズン中の水納島に来てドラゴンフルーツシャーベットを食べずに帰るのと同じくらい画竜点睛を欠くというもの。

 だから今年こそは、キチンと本場で勝負しなければならなかったのだ。

 そんな僕の思いを知ってか知らずか、島P夫妻が我々を案内してくれたのがここ「やまもと」(単に島Pが食べたかっただけという説が有力)。
 島Pが鳥羽勤務だった当時、すぐそばが松阪牛の本場ということもあって、こと焼肉系に関しては牛タンなみに舌が肥えてしまった彼は、石垣で暮らすようになって突如困ってしまった。

 「美味しい焼肉屋がないッ!!」

 そんな彼の前に颯爽と現れたのが、この炭火焼肉「やまもと」。
 以来家族でたびたび訪れるようになり、年始には娘たちが大将からお年玉をいただくほどのお付き合いなのだとか。

 美味しいお店には人が集まる。
 ウワサが噂を呼んで、やがて訪れるお客さんを収容しきれなくなったため、「やまもと」は昨年ついに場所を変えて新装オープンしたのだそうだ。

 その際島Pが寄贈した新装開店祝いの泡盛2升半瓶が、ドドンと店内に飾られていた。
 このどでかい瓶、たまに飲み屋でインテリア的に置かれてあるのを目にするけど、いったいどういうところで作っているのだろう??

 と島Pに尋ねてみると、この2升半というのは升升半、つまり「ますます繁盛」にかけてあるのだそうな。
 なるほど!
 だから、甕で贈るほど大げさではなく、もう少し手軽なお祝い用には定番の商品だそうで、広く一般的なのだとか。

 こういう細かいことはどーでもいいことながら、書いておかないと忘れてしまいそうなので、あえてここに残しておく。

 さて、この「やまもと」。さすが島P納得の店だけあって、装置からしてすでに本格派。


(前日に焼肉を食べていていいんだろうか……)←隊長の心の声

 テーブル中央に置かれた断熱用の石板の上に、ドドンと鎮座まします備長炭入り七輪。そしてその上には、うちの奥さんサイズだとヘタしたらそのまま吸い込まれてしまいそうなほどに強力な、煙吸引装置が天井から伸びている。

 もちろん装置だけではない。


上カルビ&カルビ♪

 OH!!石垣牛!!

 これだ、これが石垣島だ!!
 いやあ、美味いっす。文句ないっす。
 そのほか、内臓系には目がないうちの奥さんもご満悦のアカセン、テッチャン、ミノ。冷麺もナムルもすこぶる美味い。
 で、極めつけはコレ。

 これ、1頭の牛さんから採れる量がわずかな部位なのだそうで、量がないこともあってメニューにはない。メニューにはないけど、常連さん用裏メニューとして密かに人気のお肉ちゃん。

 これがあなた……………

 まいうー♪

 口の中で消失していく感覚が、まるで初めてシフォンケーキを食べた時のようなオドロキ。
 完全に意表を突かれてしまった。
 いやあもう、感動です。感無量です。

 今や世の中健康食ブームで、猫も杓子もスローフードだ自然食だとうるさいったらない。
 そりゃ、こんな肉を毎日毎食食べ続けていたら、タバコを1日100箱吸うくらいの自殺行為かもしれない。けど、ヒト科ヒト属に生まれてこういう食材に闘志がわかなくなったら、1個の生物としては終わりだと思う。

 我々はまだ終わってはいなかった。
 ……が、マラソンランナーとしては終わっていたりして。

 これらのお肉ちゃんたちにすっかり驚かされた我々だったのだが、今宵何に最も驚いたかっていえば、ほかでもない島Pにだ。

 申し訳ないくらいに、彼は終始肉を焼き続けては、一枚一枚みんなの取り皿に運んでくれるのである。
 あれ?このヒトこんなに宴席で働き者だったっけ??

 「美味い肉を他の人間に焼かせていられない」

 へ?

 「こういう肉をテキトーに焼いて、焦げるままに放っておいたりされるとガマンならない」

 あ………なるほど。

 そのこだわり方はホンマモノで、普通焼肉をしていると網についた脂その他が焦げ付いてしまうものだけど、それを店の人に代えてもらう。
 それも1度や2度ではない。焼いている間にちょっと網が黒くなるやいなや、即座に網交換。
 4度くらい交換したんじゃなかろうか……。

 そしてこまめに次々に、肉を焼いてくれる島ピー。
 これぞまさしく

 焼肉奉行!!

 経理を担当している方には勘定奉行が欠かせないかもしれないけれど、焼肉を愛する方には、一家に一台焼肉奉行!!

 そんなこんなで夜も更けて、この日修学旅行から帰ってきた次女ミオも最後に合流して(もう少し早い便だったら焼肉食べられたのにね)記念写真。


撮影:店の方

 明日に向けて当初はやや緊張気味だった隊長も、ちょっとリラックスムードに。

 はたしてこのリラックスムードが、吉と出るか凶と出るか。
 というか、胃袋にしこたま溜め込んでしまったお肉ちゃんたちは、このまま大人しくしてくれているだろうか…………?

 まぁ、明日のことはどうでもいいや。
 だって、もう僕は、この夜で旅の目的を果たしてしまったのだから♪