6・ハーフは小粒でピリリと辛い

 うちの奥さんたちとコースが別れてしまえば、あとは自分の世界へ突入だ。
 それまでは外界と繋がっていた僕の耳には、ソニーのウォークマンが装着された。

 ハーフだからと余裕ではあったものの、一応僕にも2時間30分という目標タイムがあった。
 うちの奥さんはといえば、1キロ7分30秒ペースを目安に、目標タイム5時間30分以内で走りきれるようなペース配分で走っていた。
 そのペースのままだと、僕の目標タイムには少しばかり足りない。

 だからフルマラソン組と分かれたあとは、少しばかりペースを上げねばならないわけだ。
 しかもこの先には、ハーフコースならではの急な登り坂が待っているから、まだ道がなだらかな今のうちに時間を稼いでおかなければならない。

 ここでひとまず、マラソンコースをご説明しよう。
 フルについては前回紹介している内容とまったく同じなので、
こちらを参照されたい。
 一方ハーフは、距離こそフルの半分ながら、そのコース上の起伏が尋常ではない。
 なにしろバンナ岳を上り下りするのだ。
 そのコースの起伏を、フルとハーフで比べるとこうなる。

 

 距離はともかくその起伏に関する限り、思い込んだど根性男が行く試練の道なみの、おそらく前自分未踏の領域であることは間違いない。
 なので、ハーフだからと余裕をこいてはいたものの、この起伏にだけは少しばかり警戒警報を発令していた僕である。

 というのも、いくら島でバターになるくらいに同じところをグルグルグルグル走り回ったとしても、こういう起伏の練習ができるところが水納島にはない。
 島内でかろうじて「坂」と呼べる場所といえば、桟橋から続く道しかないのだ。

 そのため、例年だったら島内でジョギングする際はなるべく人に会わずに済むコースを何度も繰り返し走っていたところ、今オフは意識して桟橋からの坂道を毎日走っていた。
 目的はただ一つ。
 長い坂道でも止まらずに走り続けられるような、しんどくない走り方の発見。

 それについては、自分なりの答を出していた。
 いや、そりゃもちろん坂道はしんどいけど、年末に行った本部合宿でも、それなりに成果は出ていたような気もする。少なくとも前年の本部合宿で味わった登り坂の苦しみは、やや緩和されていた。

 とはいえこのハーフコースの登り道。間違っても通常より速く走り抜けられるはずはないのだから、道のりが平坦な今のうちに時間を稼いでおこうと思っていたのだ。

 幸か不幸か、ハーフコースの僕のためにわざわざ応援に来てくれる人がいるはずもない。
 ここはひとつ、目一杯自分の世界に入って………

 そうやって、ウォークマンのイヤフォンから流れてくる静かな音楽の世界に浸りつつ、目前に迫るキビシイ現実から逃避しているときのこと。
 なにやらイヤフォンから、僕の名を連呼する声が聞こえてくる。

 あれ?幻聴??
 自分で気づかないうちに、いつの間にか暑さで頭がやられちゃったのだろうか?

 その時ッ!!

 視界の隅に入ってくる人影が!!

 アッ!?


撮影:ふくみみ・おーほり

 ドンドコ応援団パート2、ふくみみ・おーほり家withミスミ嬢ではないか!!

 なかなか気づかずにそのまま走り過ぎ去っていこうとする僕を見るに見かね、ふくみみ・ノリダーとミスミ嬢の二人が、横断幕ジュニアを掲げつつ走りながら、道の対面から僕の名前をリズミカルに連呼してくれていたのである。

 なんで神奈川に住んでいるミスミ嬢がこの場にいるのか、というオドロキもさることながら、ひとつ重要な後悔が。
 今の今まで僕は相当マジ顔で走っていたんではなかろうか?

 しまった、完全に素状態を観られてしまった!!

 なんだかとても恥ずかしい………。

 その後また、赤鬼どん青鬼どんの激励も受けつつ、気恥ずかしくはありつつも温かい応援に元気づけられながら、いよいよ道のりは山の麓らしい斜面になってきた。

 いよいよバンナ岳の入り口だ!!

 これがまた…………
 なんて坂だ!!

 マラソンにおける人間工学的見地から見れば、不条理にもホドがあるほどに延々と続く登り坂。
 あらゆるランナーたちが、ここで一端走るのをやめ、うつむき加減に歩き始める気持ちもよくわかる。

 しか〜し!!
 フルに出ている人が歩かず走ろうという目標を立てているというのに、ハーフの僕が途中で歩くわけにはいかない。

 さあ、ここからが勝負だ!

 ついに練習……というか工夫の成果を出すときが来た。
 このオフに意識して体得した、坂道で止まらずに走り続ける方法とは。

 その1……うつむく。

 いや、だってあなた、延々続く坂道を下からずーっと眺め続けたって、その距離が縮まるでもなし。だったら先に続く坂道はなるべく見ないようにして、一歩、また一歩と足元だけを見ていたほうが精神的に楽じゃないっすか。

 その2……腕を強く振る。

 坂道を足の力だけで力強く登っていると、あっという間に疲労してしまう。
 ところが、腕を意識して強めに振ると、足を踏み出さずともその勢いで体が前に進むのだ。

 以上、この2つを合わせると、傍から見るとまことにもって奇妙な様子になっているかもしれないものの、登り坂で歩いている多くの人たちを次々に抜いていく僕。

 オホッ♪なんだか気持ちいい。

 が。
 ときおり出てくるなだらかな部分で、あっという間に抜き返されていくのだった………。

 それはともかく、あらかじめ大会パンフレットでコースの起伏をある程度見ていたから、登り坂の終焉がだいたい何キロ地点かということがわかっていたからいいようなものの、何も知らずに臨んでいたら、

 「これで坂道は最後かな??」

 と下り坂が始まって安心しているところへ何度も繰り返される登り坂に、精神的に参ってしまったかもしれない。
 それでもなお、15キロ地点から16キロ地点への、1キロほどの最後の登り坂は、この世のものとは思えぬほどにとんでもなくしんどかった。

 それでも!!

 ワタクシ、このバンナ岳の登り坂において、一度も止まらずに走りきることができました!!(パチパチパチ……自分に拍手)