19・車えびのふるさと

 石垣島の科学特捜隊基地をあとにした我々は、これまた島P夫妻御用達というパン屋さんに向かった。

 その名を、「トミーのパン」という。

 地元の人にも観光客にもけっこう有名なお店だそうで、うちの奥さんですらその存在を知っていた。今回是非味してみたいと思っていたそうだ。

 そんなウワサのパン屋さん、いったいどこにあるのだろう。
 島P夫妻の車は辺鄙な海沿いの幹線道路を行く。
 この先に集落でもあるのかなぁ…とおぼろげに思っていたら、突如小さな小さな板切れの看板が一枚。
 トミーのパンと書かれてある。

 その看板が示す先は、人家の見当たらない海岸べりへと続く下り坂。
 え?こんなところにパン屋さん??

 まさかぁと思っていたら………本当にあった。

 これ、写真じゃわからないけど、すぐ背後が海で、それも崖になっているのだ。
 こんなところに1軒だけポツンと建っている家なんて、ブラック・ジャックとピノコが暮らす医院以外に僕は知らない。

 というか、ブラック・ジャックもそうであるように、こういうところでお店が成り立つなんてのは、よほどの口コミがなければありえない。
 そのありえないことがありえているのだから、相当美味しいパン屋さんなのである。

 実際この日も、閉まっちゃってたら大変とばかり、来店する旨をカナエ嬢が事前に電話していたほどだ。そうしておかないと、その日焼いたパンが売り切れると同時にすぐ閉まってしまうのだとか。

 以前はもう少し家が集まっている集落内に店舗があったそうなんだけど、なにがどうしてどうなったのか、今はここにある。
 このあと我々がお邪魔するおうちへのお土産用のほか、今ここで食べるために買ってみたところ、

 オイスィーッ!!

 値段もブラック・ジャックなみだったらどうしよう…というのは杞憂だった。
 なるほど、この美味しさなら立地がブラック・ジャックでも商売が成り立つはずだ。
 みなさん、石垣島へお越しの際は、是非トミーのパンへ!!
 ……と今さら僕が宣伝する必要はないか。

 ずっと空は鉛色のまま、ときおり雨がぱらつくお天気。
 そんな空の下で、電線に止まって物思いに耽っている鳥を見つけた。

 カンムリワシの幼鳥だ!
 カンムリワシは、日本ではこの八重山地方にしか生息していない猛禽類で、サシバと違って渡り鳥ではなく、ずっとこの地で暮らしている。
 現在観察されているのは
200羽くらいというから、限りなく減少傾向にあるようなのだが、実は前日のマラソン中にもうちの奥さんは観ていた。
 今日もまたこうして目にできたわけだから、少ない少ないというほどには少なくないのかもしれない。

 島P夫妻にとってはカンムリベラよりも観る機会があるカンムリワシながら、本島地方に暮らす我々が普段この鳥を目にする機会はない。
 車を停めてもらって外に出て、そーっとそーっと近寄ってみた。


白っぽいのが幼鳥の特徴

 成鳥と違い幼鳥はまだ警戒心が薄いらしく、電線のすぐ下から見上げても逃げようとしない。
 ビックリさせたら申し訳ないと思ってストロボをたいていなかったものの、全然逃げないからじゃあストロボを…
 …とカメラをいじくっているときに、彼は雄々しく羽ばたいて水田の先へと飛んでいった。

 ああ、その羽根を広げた一瞬を撮りたかったのにぃ!!

 でもなんで突然逃げたんだろう??

 …と思ったら、反対側でうちの奥さんが意味もなく不用意に動いていたのだった。

 さてさて。
 カンムリワシヤングに別れを告げて、一路崎枝というところを目指す。
 その目的地は、ここだ!!


撮影:島P

 えび屋−Mさんの車えび養殖場!!
 当サイトの日記にてたびたび登場する魅惑の活・車えび、そのふるさとがここ、
()エポック石垣の養殖池なのである。
 8ヘクタールにも及ぶ広大なこの養殖池で、たくさんの車えびたちが今や遅しと出番を待っている。昨夜ご馳走になったエビちゃんたちも、その日の朝まではここで元気に暮らしていたのだ。

 かつて僕は、大学卒業後の最初の2ヶ月ほど、このエポックの本店である久米島の養殖場で、えび屋−Mさんのお世話になりながらアルバイトをさせてもらった。

 右も左もわからず何も使えない学生に毛が生えたようなものだったから、相当ご迷惑をおかけしたことは間違いないものの、貴重な経験をたくさんさせていただいた。
 というか、美味しい思いをたくさん………。

 出荷のために早朝水揚げしたエビちゃんたちは、いったん施設内の生簀に入れてから仕分け作業をする。
 毎日毎日、ダンボールにして何十個ものエビちゃんたちを全国各地に出荷するのだけれど、半端な数のエビちゃんたちは、仕分け用生簀に残されることになる。
 そしてその半端に余ったエビちゃんたちは、翌日同じ作業が行われるまで、仕分け用生簀でつかの間の自由を満喫していることが多い。

 養殖場社員の方々は、交代制で宿直室に寝泊りすることになっていて、その宿直室に僕は寝泊りさせてもらっていた。
 えび屋−Mさんが宿直当番の際は、気前よく「食べていいよぉ」とおっしゃってくださったりして、生簀の半端エビちゃんの一部を食べさせていただいたこともあった。
 世の中における車えびの価値というものをまったく知らなかった僕は、そのえび屋−Mさんの言葉を拡大解釈し、その後もあらんかぎりの車えびを食べてしまったのだ。
 一度など、車えびが20匹くらい入っているチャーハンを作ってしまったほど………。

 その後ほどなく上京し、池袋の西武百貨店の地下食品売り場街にて、車えびちゃんと久々の対面をした。
 ……そして。
 そこに表示されている値段を見て、己の所業のとんでもなさを初めて知った僕は、水揚げされたばかりのエビちゃんのように、その場でビヨヨヨヨ〜ンと勢いよくひっくり返ってしまったのだった。

 モノを知らぬということほど恐ろしいものはない……。

 この日特にお邪魔する予定でいたわけではないので、えび屋−Mさんにはまったくアポなしだった。
 にもかかわらず、養殖池をひと目見てみたいと島P夫妻にワガママを聞いてもらって連れてきてもらったところ、たまたまえび屋−Mさんはお子さんを連れ、今まさに車で出て行かんとす、というところだった。

 あと一歩到着が遅かったら、すれ違いだったのだ。
 今日はおりからの強風で養殖池が波立つほどで、小雨混じりの屋外はことのほか寒かったけれど、やっぱりこれもラッキー?

 事務所にも通していただいて、そこにいらっしゃる奥様にもお会いできた。一度水納島に遊びに来てくださって以来だから、8、9年ぶりだ。

 さんざんぱらお世話になっておいて、前夜もすっかりえび屋−Mさんにご馳走になった我々は、初めてこうしてお邪魔させていただいたにもかかわらず……まったく手ぶらで来ている。
 それもこれも、たまたまさっき思いついたばっかりだったから……と言い訳しておこう……。

 このあといよいよ、今回のマラソン以外の主目的ともいうべき、Yさん邸訪問が待っている!