23・野底マーペー

 この日の野底マーペー登山参加者は、Yさん夫妻、マサカッちゃん夫妻、そして我々夫婦の6名。
 ただし、全員が同じルートで登るわけではなかった。

 登山ルートは、子供でも4、50分もあれば登れるというものらしい。
 でも。
 C−3POの身で山登りはきついんじゃね??
 そもそも僕は、頂上からの眺めは大好きだけど、山に対する征服欲とか達成感というものを求めているわけではないので、登ること自体は割愛してもなんの問題もない。

 そんな同志が僕を入れて3名。
 Yさん、マサカッちゃんの奥さんであるスダちゃん、そして僕。

 さすがのんびりエコツアーのふくみみ、そんなヘナチョコ登山隊向けに、ちゃんと短縮ルートが用意されているという。

 一方、果敢にも正攻法で臨む肉体派は、
 ヒサコさん、マサカッちゃん、そしてうちの奥さんの3名。

 奇しくもそれぞれの夫婦が別々になって2班に分かれた我々は、頂上に同時に到着できるよう、時間をずらして出発することにした。

 ところで、マラソンをしにきた我々は、当然ながら登山靴やウォーキングシューズなどは持ち合わせていない。
 なのでマラソン用の靴を履いて臨むことになる。

 このマラソン用の靴。
 今回僕が使ったランニングシューズは昨オフにも使っていたものなんだけど、ちゃんとサイズを合わせて買ったはずなのに、昨オフはなんだかきつく感じる日が多かった。

 ところが今オフ、久方ぶりにジョギングしてみると、キツイどころか余裕があるほどになっていた。
 1年経って靴が伸びたのか?
 それとも足の肉が削げ落ちたのか?
 はたまた単に靴下が薄いだけなのか?
 疑問は氷解しなかったものの、きついと思っていた靴がきつくなかったので、狐につままれた気分のまま買い換えることなく今大会に臨むことにした。
 ところが、日々の練習を重ねるうちに、だんだん靴がきつくなってきたのだ。

 うん?
 いまさら新しい靴にするには時すでに遅し、やむなく同じ靴で臨んだ僕だったのだが……。

 先発隊が出発する際のこと。
 ふくみみ家の玄関先で、アスリート・マサカッちゃんからマラソン用の靴について、うちの奥さんが手ほどきを受けていた。

 いわく、マラソン用の靴を選ぶ際には、ピッタリフィットよりも5ミリから1センチほど大き目のものを選ぶのがベストなのだそうだ。
 長時間走っていると足は当然むくんでくるから、むくんだ状態のときにきつくなってしまわないよう、あらかじめ大きめのものを履いておくのがいいのである。

 そうだったのか!!
 だから、練習を重ねていくほどに疲労で足がむくみ、だんだん靴がきつくなってきたんだ……。
 おまけに、そんな靴で
42.195キロを走ろうものなら………

 ……こうなるのも無理はない。


お見苦しい写真ですみません……。

 マラソン後半は、走っている間中爪先が痛かった………。

 夕方なら足もけっこうむくんでいるので、夕方靴屋で合わせて、それよりも5ミリほど大きめがベストだとか。
 なるほど、さすがアスリート、そういう知識もないとダメなのだなぁ。

 …と、彼のおかげで新知識を得た我々だったのだが。
 帰宅後いろいろ復習しようと、1年前から持っているマラソン関係本をうちの奥さんがパラパラめくってみると、その冒頭に

 「靴は5ミリから1センチほど大きめものを購入しましょう」

 書いてあるやん!!
 しかも理由まで丁寧に。
 まったくもう………。

 さてさて。
 正攻法登山チームは、ふくみみ・おーほりが麓からガイドをしてくれるという。
 一方、我々ヘナチョコ隊は、ふくみみ・のりだーが短縮ルート入り口まで車で乗せていってくれる。彼女は今乳飲み子を抱えているので一緒に登れないから、その先は自力で進むことに。
 実にわかりやすいルート説明図を、ふくみみ・おーほりがちゃんと渡してくれたので、3人寄れば文殊の知恵、よもや遭難してしまうことはあるまい。

 ただ。
 ちょっと心配なことがひとつ………。

 正攻法ルート隊が先発したのち、少し時間をおいて我々も出発。
 短縮ルートの登山口をめざし、一路のりだー運転の車は走る。
 車中でなぜか1番だけのウルトラマン主題歌全集を聴きながら、あーだこーだ言いつつのんびりしているときに、突然彼女が

 「あれ?」

 え?何が「あれ?」なの??

 「え?いやあ……登山口に行く道を通り過ぎちゃったかなと思ったんだけど、だいじょーぶぅ♪」

 だ……大丈夫なのか??
 沖縄県の場合、「だいじょーぶぅ」と「大丈夫」とでは、随分意味が違うんだけど……。
 緊張が走る車内。

 その昔のりだーは、水族館の仕事で伊豆の海で潜水調査をしていたとき、海底で右に行け、と指示されたところをおもいっきり左に泳ぎ倒してしまい、あわや行方不明かと周囲を騒然とさせつつ、本人は左右を間違ったことにすら気づかずケロッとしていたという伝説が残っているくらい、方向に関しては天然なのだ。
 元上司Yさんは、もちろん彼女のその資質(?)を熟知しているからやや不安げだ。
 はたして我々は、無事に登山口にたどり着けるのか??

 …たどり着けた。
 よかったよかった。
 ……けど、ホントにこの道なのか??
 本来の趣旨とは違うところでスリル満点ってところが素晴らしい。

 この短縮ルートの登山口。
 着いたと同時に、我々は大きく誤解していたことを知ってしまった。
 けっこうメジャーな、そして誰でも気軽に登れる山……というから、僕たちはてっきり普通の「登山道」をイメージしていたのだ。
 ところが実際は、忍者カムイが駆けていそうな斜度30度の森の小道だったのである。

 …写真じゃ、指差している方向がみんなバラバラだけど(なんで?)、中央を斜めにのびる小道が登山道ね。
 
15分ほどで頂上に至る、というから散歩のようなものかなぁ…と思っていたら、いきなりスタートからロープを要する傾斜。
 こりゃ本気で行かねば!

 ここまで我々を送ってくれたのりだーを残し、我らヘナチョコ隊は頂上を目指した。

 一方。
 正攻法登山隊は、我々よりも一足早く登山道入り口に到着し、登山を開始していた。


撮影:ふくみみ・おーほり

 正攻法登山ルートと短縮ルートは途中で合流して頂上に達する。
 
15分という短い時間だけを心の支えに、ヒィヒィハァハァしながら、道沿いに添えられた補助ロープを手繰り寄せつつ登り続ける。

 そして、ついに視界が開けた!
 頂上だ!!
 それなりの時間差をおいて出発したから、彼らが先に着いているかなぁ……と思ったら、我々のほうが先だった。

 いやあ、絶景かな絶景かな!!

 海抜300mにも満たない山とはいえ、麓はほぼ海抜0m。しかもこの360度見渡せる視界ときたら。

 ところが、これほどの眺めを誇る野底マーペーでも、たった一つ視界を遮られる方向があった。
 南西方向、つまり於茂登岳(オモトダケ)の方角だ。
 県内最高峰
526mのこの山の方角が、野底マーペーから唯一見渡すことができない海になる。
 そしてその方角にこそ…………

 黒島があるのだった。
 故郷・黒島の姿をひと目見るためだけに登りつめたマーペーさんに、ドデンと立ち塞がる於茂登岳。
 故郷の島すら見ることができないなんて…。
 そして彼女は絶望の果てに、岩になってしまったのである。

 ……でも。
 僕は一言だけマーペーさんにお伝えしたい。
 あのぉ……それは頂上に登る前からわかるんじゃね??

 おいちゃん、それを言っちゃあおしまいよ。

 そうこうするうちに、ふくみみ・おーほりのガイドのもと正攻法で登ってきた肉体派チームも無事到着!!


だから、なんで指差す方向がバラバラなの?

 頂上でいただく保存料無添加のスペシャル黒糖は格別だ。
 そして頂上から見渡す石垣の大地は広大だ。
 これだけ土地が広ければ、人の心にも余裕が生まれるのだろうなぁ……。

 マーペーさんには絶望をもたらしてしまったこの眺めは、僕たちにはとてつもなく心地いい解放感溢れる南国の風景なのだった。


その岩はそこに乗っかってるだけですよ、と言われ、
ちょっとへっぴり腰になっている僕。 撮影:ふくみみ・おーほり

 ふくみみ一家の長男ユイマルが通う野底小学校では、このマーペーに登り、その頂上でマーペーの民謡をみんなで合奏する、という学校行事があるそうだ。
 麓のふくみみ家にいると、その音色が頂上から聴こえてくるのだとか。
 悲恋を歌う詞の内容に関係なく、朗らかに素朴な子供たちの合奏が聴こえてくる山……。

 ムーミン原作者ヤンソンも思いつかなかったであろうメルヘンワールド。

 ともかくこうして、全員無事に野底マーペーの頂上を制覇することができた。
 マーペーさん、ありがとう!
 そしてふくみみ、ありがとう!!