4・まさかのアスリート

 不安が夜の帳のように心を覆い尽くし、旅行に行くというワクワク感は微塵も膨れないまま、ついに石垣へ旅立つ日となってしまった。

 石垣島へは飛行機で行く。
 沖縄県は陸地の総面積こそ大したことはないけれど、県内だというのに場所によっては普通にジェット旅客機を使わねばならないほどに、そのエリアは広大だ。

 我々が乗る便はお昼すぎの出発だったので、那覇空港でまずは早お昼を。
 沖縄旅行者にはおススメしないけど、軽く何か食べたいときに沖縄在の方におススメしたいのがここキリン・ビア&スナック。
 生ビールがなんとも美味い。

 

 はい、すみません、午前中から飲んでます(汗)。
 ギネスビールに似たこの黒いいちばん搾りの生は、きめ細かな泡がいつまでも消えることなく優しい舌触りを楽しませてくれつつ、コクと旨みがたっぷりの液体が舌→喉→五臓六腑へと順に達していく。

 くぅーッ!!

 冬はやはり味の濃いビールが美味い。
 ピザとパスタで腹ごしらえをしつつ、結局2杯も飲んでしまった。
 アルコールの力を借りて、マラソンという厳しい現実から逃避しよう……。

 飛行機で行く…とはいっても、せいぜい飛行時間は小一時間ほどなので、離陸したと思ったらすぐさま着陸準備のアナウンスが流れた。

 いよいよ石垣島上陸だ。
 最後に訪れたのはたしか98年の2月だったから、実に12年ぶりになる。
 石垣空港では、その当時にはまだ石垣にお住まいではなかったヒサコさんにお迎えいただいた。

 彼女は、当サイト旅行記の「あんきにはいってくれんさい」(飛騨高山紀行)に登場する。同じくそこに登場するうちの奥さんの元上司氏(以下Yさん)の奥様で、かの旅行の際には僕の窮地を救ってくださった方でもある。(そのエピソードはこちら

 そんな彼女がなぜ石垣島で我々を迎えてくれるのか。
 実は、サンシャイン国際水族館の館長にまで登りつめたYさんは、何十年にも渡る池袋での生活に終止符を打ち、職場を早期退職してこの石垣島に豪邸を建て、ついに引っ越されたのである。

 それからすでに3年経ち、今ではすっかりイシガキンチュになっているのだ。
 だというのに、これまでさんざんお世話になっていながら、新築のお祝いをすることなく、長きに渡って無沙汰を続けていた我々だった。
 なので、いつか石垣へ…と思い続けていたところへ、このマラソン大会。そういう意味では実に好都合なのだった。

 ターミナルの屋上の展望デッキから手を振って迎えてくれていたヒサコさんの横に、もう一人見覚えのある人物がいた。
 我々と同じくこの石垣島マラソン大会に参加するため、はるばる東京からやってきたS.マサカツ氏(以下マサカッちゃん)だ。

 彼もまたサンシャイン国際水族館つながりで、うちの奥さんの1年後輩にあたる。
 彼はまた、うちの奥さんの弟の大学の同級生で、義弟の結婚披露宴のときにビデオカメラマンを頼まれていた僕は、マサカッちゃんたちが囲んでいたテーブルにもお邪魔したこともあったので、僕にとっても旧知の人物だ。

 もともとYさんご夫妻からマサカッちゃんも参戦する旨はお聞きしていた。
 彼は昨年も参加したということも聞いていて、ヒサコさんによれば「けっこう速かったよぉ」ということだった。
 まぁ、市民マラソンで早いといったら、4時間半くらいかなぁ。けっこう速いなぁ……。

 空港から街中へ繰り出す間に、直接彼に問うてみた。
 どれくらいで走ったの??

 「3時間20分です」

 "ッ!?

 さ……3時間台の前半????
 速すぎるッ!!

 オリンピックレベルになると2時間台前半だから、詳しくない方からすれば3時間なんて普通に思われるかもしれない。
 けれど、市民ランナーで3時間台なんていったらあなた、超人バロムワンなみの凄さなんですぜ。

 マラソンしている方にとっての3時間59分と4時間00分というのは雲泥の差といってもいいくらいで、3時間台というのはいわばステータスなのである。ゴルフで言うならシングルの腕前といったところだろう。

 そんな物凄い男だったとはツユ知らず、まぁ一緒にチンタラ走りましょうやぁモードでいた我々夫婦は、一気にオマタひゅうン状態の緊張を強いられたのだった。

 これで前半でのリタイアなんてことになったら…………めっちゃかっこ悪いなぁ。