8・フルマラソンコース

 順調にスタートを切った我々。
 曇天下の石垣島は走るには快適で、とりあえず今のところどこにも支障が出ていない我々は、順調に海沿いの道を走り続けていた。

 ここでひとまず石垣島マラソン大会フルマラソンコースをご紹介しよう。

 石垣島はかなり大きな島なので、42.195キロのコースといっても島の一部分でしかなく、南部を走ることになる。
 これがそのコースマップだ。


第8回石垣島マラソン大会パンフレットより抜粋

 真ん中下の中央運動公園をスタートし、反時計回りに石垣島南部の幹線道路を走るコースになっている。
 
7.5キロ地点からおよそ2.5キロごとに給水所があって、ご存知のとおりそこにはドリンク類や黒糖、そのほか塩やバナナといった食品から、炎症を鎮めるためのコールドスプレーなどが用意されている。

 こうして略地図だけ見るとなんだかたやすく走れそうに見えるけれど、具体的に25キロ地点、30キロ地点なんて数字を考えると絶望的になる……。

 このコースを、6時間以内に走りぬかねばならない。
 6時間を過ぎると、競技は容赦なく終了してしまうのだ。
 また、中間地点、
35キロ地点にもタイムリミットが設けられており、たとえ走れなくなっても、最後まで歩けばなんとかなる…という開き直りが許されない。

 そんな長丁場を走るに際し、実は某有名海洋写真家からアドバイスを頂戴していた。彼も過去に何度かフルマラソンを完走したことがあるのだ。

 いわく、

 「疲労をためないように、小幅のすり足で、序盤は抑えながら走ってください。」

 ついつい周りに合わせてペースを上げてしまうと、後半にバテてしまうということと、軽快なステップで走っているとやがて足腰の各部位に支障をきたすから、なるべく各部位に衝撃が来ないよう、小幅のすり足でいけ、ということだ。

 なるほど……。
 
KINDONの有難い言葉、略してKINを胸に、この日の僕は、かなり意識してこれを実践していた。

 その肝心のペースはというと。
 普段の練習では、1キロ7分ちょいで走っている。
10キロくらいまでならそのままのペースでいけるし、走っていて最も快適だ。
 でも残念ながら、そのペースのままではとてもじゃないけど
42.195キロを走れない、ということはひと月前の本部合宿で20キロを走ったときに実感した。

 そこでうちの奥さんは、1キロ8分ペースで行こうと決めた。
 それだったら走っている間は楽だし、制限時間の6時間以内で余裕を持ってゴールすることができる、と。

 だからけっしてオーバーペースにならないよう、沿道に1キロごとに表示される距離と時計でペースを確かめつつ、ほんの少し貯金できるくらいの程よいペースを保ちながら、あくまでも小幅すり足で走り続ける我々。

 ただし、距離とペース以外に、覚悟しなければならないことがもうひとつあった。
 下の高低図をご覧いただくとおわかりのとおり、前半と後半は海沿いの道なので比較的起伏は少ない。
 一方、15キロ前後から30キロあたりまでは内陸を横断する形になるので、わりと起伏に富んだコースとなる。

 ご存知とおり水納島は小さな小さな島で、そこでマラソンの練習をするとなると、同じ道を何度も何度も走ることになる。
 それはいい。
 問題は、平坦な島のため、練習する道に起伏がほとんどないということだ。

 おかげで海洋博トリムマラソンのときも、本部合宿のときも、起伏に満ちたコース、それも特に後半に襲い掛かる恐怖の登り坂は、平坦な道しか知らない我々にとっては心臓破りどころではない悪魔のような存在だった。

 そのため、この高低図中のギザギザの部分を見ては、重い溜息をついていた我々である。


同パンフレットより抜粋

 こんな起伏、水納島にはないものなぁ……。

 さてさて。
 なんだかんだといいながら、順調なうちに
10キロ地点を通過した。
 有名な白保部落だ。
 かつてはこの広い広い海を埋め立てて空港を造ろうとしていたのだから、土木産業の猛々しさ、鼻息の荒さというのはやはり凄い。
 アオサンゴの群落がもし存在していなかったら、まず間違いなく今頃ここに空港ができていただろう。

 各地区に入るたびに沿道の応援はにぎやかだ。老若男女がそこかしこで手を振り声をかけてくれるのがうれしい。
 たしかに「力」になる。

 そんな沿道には、前述のとおり7.5キロ地点から給水所が沿道に出てくる。この給水所で重要なのは、水分補給だけではない。

 ミネラルと糖分の補給だ。
 聞くところによると、走っているうちに体内のミネラル分が不足してくると、筋肉がつりやすくなるのだとか。だから沿道には石垣の塩まで用意されているのだ。
 また、うちの奥さんのようにもともと体積がない人は、血糖値の急速な低下を心配する必要があるそうで、水よりはアクエリアス、そして用意されている黒糖を補給する必要がある。

 そうはいっても、何も2.5キロごとに細かくなくても大丈夫なんだけどなぁ…………
 ……という考えが、いかにオロカな甘い考えだったかということを思い知るのは、まだ随分先の話。

 また、マラソン中継でよく目にするスポンジも給水所に用意されていた。
 でも、これは使う機会ないよなぁ、きっと。
 ……という考えも、いかにオロカな甘い考えだったかということをつくづく思い知らされた。

 どれほど水分を口から補給していようと、走っているとだんだん頭部がモワワ〜ンと熱くなってくるのである。
 このまま放っておいたら、そのうちプシューッ!!っと音がして白い煙を吐き出しそうなほどに。
 そこにこのスポンジの水をあててやると、これがなんとも気持ちいい!!

 そうか、スポンジはこういうときのためにあるのか……。

 しかしそれは20キロを越えてから初めて知る話。
 我々はまだ
10キロ地点を通過しただけに過ぎない。
 中間地点のバラン星ですらまだまだ遠い……。

 急げヤマトよ、イスカンダルへ!!
 人類は君の還りを、君の還りだけを待っている!!

 地球滅亡まで……………あと4時間と42分!!