15・ロケ地めぐり・3

 我々のこのロケ地めぐりは、前述のとおりヒロセさんガイドのもと、タクシーを貸切で利用している。
 運転手アントニオは、普段は市街地で客待ち営業をしているからだろうか、景色のいいところでは彼もまた、写メを使って撮影していた。

 地元の人が写真を撮りたくなるくらい、いい天気だったのだ♪

 それはそうと、タクシーを使うくらいだから移動距離はけっこうある。
 なにしろこのロケ地めぐりツアーは、5時間半もの時間を要するのだ(フルバージョンだと8時間!!)。

 劇中では同一の場所として扱われているところが、実際はまったく違う別の村なので、それらの間をタクシーで移動している。

 その間、すれ違う他の車の運転席を見てみると、みんな普通に携帯電話を使いながら運転していることに気づく。
 道々には信号がほとんどないものの、町には歩行者も多い。

 日本だったら、いつでもどこでも事故が起こりそう……。

 ところがここでは、めったに事故が起こらないのだとか。
 というか、そもそも「信号が赤だったら車は停まるもの」と無防備に信じて生きている人は一人もいない。

 誰もが「危険」に対して自立しているように見える。
 だからたとえ携帯電話をしながら運転してはいても、耐えず周囲に注意を払っているし、交差点ではゴルゴ13なみのスルドイマナザシを左右に向けているように見えた。

 また、一度遮断されると、列車が通り過ぎる前後がやたらと長い踏み切り待ちをしていたときのこと、自転車に乗った少年はヒョイと自転車を抱え、自分で安全を確認してテケテケと線路を横断していた。


自転車を担いで、普通に遮断中の踏み切りを渡りきった少年

 だから、先ほど見たモッタ・カマストラの絶壁の上の家から人はけっして落ちないし、たとえ落ちたとしても、危険を見過ごしていた、などと言って行政に責任を問うことはない。
 落ちた人が悪いのだ。

 飲酒運転についても、日本とは違う。
 ワイン一杯くらいはOKと、ちゃんと法律で決まっているのである。
 泥酔の自覚なく運転してしまうバカは、日本のように多くはないのだろう。ひょっとして皆無かも。

 ああ、なんて大人の社会なんだろう………。

 イタリアっていうと、ともすればステレオタイプにラテン系のノリノリってイメージがつきまとうようだけど、現実の社会は一人ひとりがものすごく自立しているように見えた。

 ……褒めすぎかな?

 我々を乗せたアントニオ・タクシーは、次なる目的地を目指していた。
 サヴォカという町だ。
 今度はいったいどんなシーンの場所が??

 町に到着すると町の入り口に広場があって、そこで下車。
 そのすぐ近くに……

 BAR VITELLI

 これだけを観てどこかわかる人には、素直にシャッポを脱ごう。
 ここは、このシーンのロケ地だ。


ゴッドファーザーより

 気晴らしに出かけた狩猟の帰り道、コルレオーネ村を目指して散歩をしていたマイケルがたまたま立ち寄ったバール。
 そこで、散歩中に偶然出会ったギリシア系美女が誰なのかを探るべく、バールの主人に尋ねてみたところ、実はそのバールの主人こそが、その美女アポロニアのお父さんだった、というエピソードのシーン。

 店名は当時からこの名前で、看板も昔とほとんど変わっていない。


ゴッドファーザーより

 面白いことに、ITALA PILSENと書かれたボードが、40年前とまったく同じ場所に貼り付けられている。


ゴッドファーザーより

 このバール、なんと現在も営業を続けているそうで、夏場はレモンのグラニータが名物なのだとか。
 残念ながら冬は営業していなくて、この日それを味わうことはできなかった。

 この建物自体は、デリ・スキアヴィ城同様、18世紀にこのあたりの貴族によって建てられたものだそうで、本来ならゴッドファーザーに関係なく文化遺産的代物なのだが、このあたりの建物ときたら軒並みそれくらいの歴史があるものだから、18世紀の建物は今もなお昔のまま、普通に現役なのである。

 ところで。
 劇中、シチリアでマイケルの妻になる女性の役名は、アポロニア・ヴィテッリ。この店の主人の娘という設定だから、ちゃんと看板に書かれてある店名=この店の主人の名前に由来しているのである。

 今もなお現役のこのバールには、もちろんオープンしているときには地元のお客さんがやってくるそうだ。
 が。
 すぐ近くになんともコジャレたバールがオープンしていた。
 地元の人々は、ただいたずらに何もかも古いままでいいと思っているわけではないのである。

 にもかかわらず、こうして40年前のロケ地がほぼそのままというあたりに、日本とはまったく異なる世界観を感じざるを得ない。
 効率的、合理的かついつでも最新でいることと、住みよい社会とは必ずしもイコールではないってことだろうか。

 そんなサヴォカの町の教会へと続く道は、まるで映画スタジオのようですらあった。

 これ、普通に人が住んでいる村の風景である。
 そして、空き地にはハーブ系の草が雑草のごとく茂り、

 無人となって朽ち始めた家の壁は、まるで計算されたガーデニングのよう。

 そして、人が住んでいる家の壁には………

 ケッパーが無造作に生えている!!
 こんなに身近にいともたやすく生えている植物なら、蕾をああやって食べてようって気にもなるわなぁ、そりゃ。

 この町をはじめとして、タオルミーナやその他の家々を見た父ちゃんが言う。

 「なんだか気取った家が多いなぁ」

 いえ、その……そりゃ元加治にこんな家があったら「気取って」るんでしょうけど、こっちのこういう家ってのは、言ってみれば飛騨高山の中之町や上之町の家々のようなもんなんですよ。

 この素敵な坂道の先にこの場所が。

 偶然出会ったアポロニアに一目惚れしたマイケルは、持ち前の押しの強さでその後彼女と結婚。
 そして式を挙げた教会こそが、この後ろに聳えている教会だ。


ゴッドファーザーより

 レンガブロックができていたり、かつてあった電柱が無くなっているけれど、電柱そばの崩れた壁の形がそっくりそのままであるところにご注目されたし。

 何度も言っているとおり、ゴッドファーザーって40年前の撮影ですぜ。
 レンガ造りのガードレールを作ったり、電柱を無くしたりしてあるのに………
 なんで崩れた壁はそのままなの????

 面白すぎる。
 古いものを愛する心と、愛しているわけじゃないんだけど仕方なくそのままな部分とが、ほどよいバランスを保っている……というわけですね?

 劇中のこの祝いの行列は、我々がここまで歩いてきた緩やかな坂道をずっと下っていく。


ゴッドファーザーより

 こうして見てみると、昔に比べると村の家々が随分増えたようだけど、よぉ〜く観ると……


背後の山が見えないくらいに雲に覆われていた

 もっと上のほうから撮っていたらほぼ同じアングルだったんだろうけど、これはたまたま撮っていた写真。

 見比べてみると、矢印の先の建物は、ほとんどそのままに見える。新たに増えた建物の多くも、元の建物を土台にしているのがよくわかる。
 仕方なく壊れたブロックが残されてあるにしても、基本的に元々あるものを生かして新たな命を吹き込む、という文化なのだろう。

 太い矢印の建物は最近改築したものだ、という説明を道中ヒロセさんからうかがった。改築の仕方も、古いもので遺せる部分はちゃんと残して、改装といったほうがいいようなやり方なのだとか。
 村の基本的な景観が、けっして損なわれることがないのは間違いない。

 ちなみにこの家の壁は、位置的にどうやらこのシーンの左側の壁だ。


ゴッドファーザーより

 ある意味、由緒正しい家……。<ごく一部の方にとって。

 ところで劇中の結婚式は、教会の玄関先でこういう感じで行われていた。


ゴッドファーザーより

 真似する我々。


撮影:ヒロセさん

 物乞いにしか見えないんですけど。
 それはともかくこの結婚式、なにぶん異国のことだから、こういうふうに教会の玄関でってのもアリなのか、とオボロゲに思っていた。
 ところが、

 「シチリアでも普通は教会内ですよ。ああいう風習は本当はありません。」

 ではなぜ??映画だから??

 「実は………撮影当時も含めて、この教会は随分長い間改装中だったんです」

 なるほど!!
 おそらくお国柄ゆえ、リニューアルとか改築とかといった工事は、日本では考えられないほどの月日がかかるのだろう。
 それがこういう田舎ともなれば……。

 風習でもなんでもなくて、まさか改装工事中のために中に入れなかっただけとは!!

 そういわれてみると、祝いの行列を始めたシーンのバックにある教会は、たしかに工事中っぽい足場が組まれてある。

 劇中では観ることができなかった教会内部は、こんな感じです。

 教会の玄関で式を挙げる風習は無いけれど、結婚式後、広場に集まってくれた人々にアポロニアがお菓子を配る、というシーン、


ゴッドファーザーより

 これはシチリアの風習なのだそうだ。
 という説明とともに…………

 その後の車中でヒロセさんが、そっとそのシチリアの伝統菓子をプレゼントしてくれた。
 うーん、なんてオシャレな演出!!

 たしかに形も色も、劇中でアポロニアが持つ籠の中のもの(矢印の先)と同じだ。後日食べてみると、炒られていない生アーモンドを丸ごと砂糖で包んだお菓子だった。
 アーモンドといえば炒られたもの、と思い込んでいた我々は、本来アーモンドが持っている風味を初めて知ることができた。

 さあてさあて、盛り上がりまくった(一人だけ?)ゴッドファーザーロケ地めぐりもいよいよ大詰め!
 目指すはフォルツァ・タグロの町。
 いったいそこには、どんなシーンが待っているのか??