1・ワイナリー「パトリア」

 父ちゃん劇場のあとは、前日に続き再び現地ツアー。
 ヒロセさんの案内で、ワイナリーを見学するのだ。

 ワイナリー??

 ワインに関してなんの薀蓄もない我々が、シチリアに来てワイナリー見学って、どういうこと??

 その疑問はもちろんである。
 なにしろうちの奥さんも僕も、国内外を問わず、これまでの人生で一度としてワイナリー見学などしたことがない。
 それどころか、名護にあるオリオンビール工場すら見に行ったことがない。かろうじて、飛騨高山で酒造所見学をしたことがあるくらいだ。

 観たこともないのに「オペラ、オペラ」って言ってる父ちゃんと同じじゃんッ!!

 ごもっとも。
 が。
 ギリシア劇場でさえ3分で飽きてしまう父ちゃんである。
 さして他に観るものとてないタオルミーナの街。
 我々夫婦のようにただボーッと風に吹かれながら散歩したり、カフェなどで景色を眺めつつお酒を飲んでいたりするだけで楽しめるのならともかく、そういう時間の過ごし方ができそうにない父ちゃんである。
 日中、何かイベントがなければ……。

 ゴッドファーザーロケ地めぐりだった前日に続き、タオルミーナ発で何か他にないだろうか……

 と探していたところ見つけたのが、このワイナリー見学ツアー!

 ワイナリー見学そのものよりも、このワイナリーがエトナ山麓にあるというところにまず惹かれた。
 タオルミーナからはその端麗な姿を遠望するしかないエトナ山。
 富士山とほぼ変わらない標高約3340mのこの山の、標高700mくらいに、そのワイナリーがあるという。
 街にいると遠望しかできない山に近づける!!

 そしてそして…

 試飲ができるのはもちろんのことながら、エトナ山のオリーブ、地元特産のチーズ、そして黒豚のサラミ、ドライトマトやナスのオイル漬け、もちろんパンも付いているというのだ。

 つまり!

 ワインが飲めて食事までできるわけ。

 風光明媚な景色を楽しみつつ、酒飲んでいいコンコロもちになる………

 けっこういい感じでしょ???

 というわけで、この日ギリシア劇場を見学したあと、メッシーナ門傍の、巨大なベンジャミンが茂る広場へ。

 ここで10時にヒロセさん&アントニオと待ち合わせをしていた。
 すると、時間どおりに。

 今日もベンツでGO!!

 タオルミーナから、一路エトナ山を目指す。
 途中、観光地ではない普通のシチリアの町をいくつか通り抜ける。
 タオルミーナの物件は高いので、このあたりの町からタオルミーナに通勤している人も多いそうだ。

 そんな町々には必ずひとつやふたつ、広場がある。
 それがまた面白い。
 午前中に通りかかると、いったい何をしたくて集まっているのかというくらいに、オジサマたちが2、3人ずつそこかしこに屯し、立ち話をしているのだ。

 ところが午後になった帰り道には、そんなオジサマたちの姿は消えていた。
 ヒロセさんによると、シチリアの田舎の町の広場ではよく観られる光景なのだとか。

 平日のいいお天気の午前中。
 いったいオジサマたちは広場で何をしているのか。

 お話しているのである。
 仕事をするわけでもなく、家にいて家事をするでもない半引退生活のオジサマたちは、午前中忙しくたち働く奥様に家でジャマモノ扱いされるのか、それともいたたまれなくなるのか、家にいるよりは広場にいたほうが心落ち着く…ということらしい。

 ヒマさえあれば働いてばかりいる多くの日本人には、まことにもって奇異に見えることだろう。
 ヒマさえあればグランド整備ばかりしている父ちゃんにも、そんなヒマがあったら仕事をしろよ的光景に見えたようだ。

 でもそこらあたりが、遺伝的に日本人と決定的に異なる部分なのだろう。
 そういう意味では、ものすごく沖縄チックに思えるのは気のせいだろうか。
 男の一人や二人、食わせられなくってどうする!という気概が沖縄の女性にはある。
 だから、沖縄にはハイサイおじさんはいても、ハイサイおばさんはけっしていない。

 このシチリアの田舎の町々の広場にも、屯するオジサマはたくさんいても、けっしてオバサマたちは屯していたりはしない。
 そんなヒマがないからだ。

 イタリア全土における「マンマ」のパワーは、沖縄の女性に相通ずるものがあるに違いない。

 そういえば、名作「ニュー・シネマ・パラダイス」の監督、トルナトーレ氏が語っていたシチリアの女性像は、

 ただひたすら待つ

 というものだった。
 それにどういう意味があろうとなかろうと、シチリアの女性は男を、息子を、ただ待つのだとか。

 たしかに件の映画でも、主人公トト(サルバトーレ)のお母さんも、若い頃も老いても、ただひたすら待っていたっけ。

 今のシチリアでは、それはあくまでも田舎での話でしょうとヒロセさんはいう。
 都会だと、仕事その他の面で女性は自立できるから、わざわざ意味も無く男を待ち続ける必要がないのだとか。

 待つ必要がなくなると、世話をすることもなくなるからか、たしかに後日訪れたパレルモあたりでは、午前中広場にオジサマたちが屯している、という光景は見なかった。

 この、午前中広場に意味も無く屯するオジサマたち……というシーンも、失われていくであろう古き良きシチリアなのかもしれない。

 そうこうするうちに、アントニオ・タクシーはやがてエトナ山麓に。
 間近で観るエトナ山は、やはり富士山そっくりだ。

 富士山だったら、自衛隊の演習場がありそうな辺りを抜けて、タクシー・ベンツはひた走る。
 ところどころに、エトナ山の溶岩が。
 エトナ山は、地中海世界最大の活火山。今もなお、日常的に噴煙を上げるくらいだから、山頂付近に溶岩が流れ出すのもさほど珍しいことではないらしい。

 標高が増すと、あたりにはブドウ畑が増えてきた。
 そこでハタと気がついた。

 そうか、この時期のブドウって…………

 ……丸裸だったのね。

 いえ、その………なんとなくブドウ畑って「緑!」ってイメージだったもんで。<バカ

 そしてワイナリー「パトリア」にいよいよ到着というその寸前!

 周囲のブドウ畑に、モノスゴイ数の鳥の大群が。
 ヒロセさんやドライバー・アントニオもビックリしていたほどだから、常時ここにいるわけではないらしい。
 まるでヒッチコックの「鳥」のような風景………。

 よく観ると、ムクドリ系の鳥だった。
 ムクドリもたしかに群れるとはいえ、この数は半端ではない……。

 後日。
 我々が島に帰ると、出発前の日まであれほど島の各畑に害を与えていたヒヨドリたちは、すっかり姿を消していた。
 民宿大城のナリコさんによると、我々が不在中に、ヒヨドリたちが集団で島から去っていく様子を目にしたという。

 ひょっとしてその集団退去の日が、この日我々がムクドリSP.の超大群を観た日と同じだったとしたら…………??

 鳥たちが渡りたくなる地球のサインというものがあるのだろうか。

 それはともかく、この大群にちょっと感動。

 できることなら、ワイナリーに入ってしまう前に鳥をじっくり……<何しにきたんだよ!!

 後ろ髪を引かれつつ、ワイナリーへ。
 すると……

 ワイナリー「パトリア」の、広報担当官(?)マリアさんが、我々を待ってくれていた。
 空は紺碧。

 さすが標高700mともなると、低地とは空の色が違う。
 そんな空の下、眼前に広がるブドウ畑は輝く緑………

 ではないのだった。繰り返すけど。
 冬だからね……。

 さあ、見学開始だ!!

 その冒頭で。
 ちょっと離れた研究棟から、グラス片手にテケテケ出てきたイケメン約1名。
 マリアさんが説明する。

 「彼は研究職員で、ワインを研究しているのであって、けっして朝っぱらから飲んでいるわけではありません」

 たしかに、言われなければ、仕事をサボって酒飲んでる…って図に見えなくもない。

 そんなイケメン君が、マリアさんに呼ばれてやってきた。
 名字で紹介されたので覚えきれない……。

 「けっして遊びで飲んでるんじゃないですよ」

 本人もそう言う。
 きっと普段、よほど遊びで飲んでいるに違いない。

 せっかくだから、イケメン君と一緒に写ってもらうことに。

 このとき、いかにもイタリアの男性らしくふるまう彼に、その女性は僕の嫁さんだからね、というと、慌てて体を離す素振りを見せるオチャメなイケメン君なのだった。

 ま、ホントにイケメンかどうか、細かいことを気にしてはいけない。
 なにしろイタリア人の男性たちは、老いも若きもみながみな、自分はイケている!と思っているのは間違いないのだから。

 その根拠のない自信はともすればやっかいに思えることもあるかもしれないけど、でもそのおかげだろう、この国の町を歩く男性(女性もだけど)たちは、これまた老いも若きもみなカッコイイ。

 根拠のない自信がもたらす姿勢の良さ、とでもいうのだろうか。

 とある方のブログを読んでなるほどなぁ…と思ったことがあった。
 イタリア人男性たちは、かっこよく見えるポーズというものを、遺伝子レベルで体得しているという。
 カメラを向けると彼らが必ずとるポーズ。
 それは、かかとに重心をおき、カメラ側に肩を開いて立つ。

 その姿ならたしかに、ブログ著者がおっしゃるとおり自信溢れる男性の姿に見える。

 …という話を、旅行出発前にうちの奥さんと笑い話として語り合っていたのだが。

 この時まさに、ワイン片手のイケメン君は、その通りのポーズをとっていたのだった。

 内心で一人爆笑するうちの奥さん。
 知られざるイタリアン・イケメンポーズの真実を見た我々。

 ……って、肝心のワイナリーはどうなのよ?

 もちろんマリアさんは熱心に我々に語って聞かせてくれた。
 でも、乏しい知識で事実と違うことをここに書いてしまうと大変なので、見学の様子は写真でどうぞ。

  

    

      

        

          

        

 興味深かったのは、この大量のワインたちを醸造、保存している地下施設が、溶岩台地をくりぬいて作られているところ。
 過去7度大噴火したエトナ山の溶岩が層状に分厚く堆積していて、その最上部7層目と6層目の境が、下の写真の色が異なっている部分だとか(違ってたらごめんなさい)。

 ただでさえ標高700mでひんやりしているのに、そのうえこんな地下ともなると、夏でもさぞかし涼しいことだろう。
 そういえば、この日はとてもいい天気だったとはいえ、下界から来た我々にはやはりとても寒く感じられた。
 ところがマリアさん的には、

 Fa cardo!!

 暑いらしい……。

 そのほか、巨大な樽を貯蔵している部屋も面白かった。
 樽の貯蔵所といえば、特に誰かに見せるためのものではないはず。いわば物置だ。
 ところがそんな室内でも、木彫りによる梁の飾りがものすごくオシャレ。

 煌々と電気が灯る時間とて短いだろうこういう細部へのこだわりがまた、ブドウやワインにそのまま反映されるに違いない。

 いやはやさすが、シチリアに数あるワイナリーのなかでも4番目の規模だというワイナリー、樽の量ひとつとってもハンパではない。
 といいつつ、他と比較する術を持たないワタシなんですけど……。

 と思っていたら。
 ホテルに戻ったあと、父ちゃんが呟いた。

 「やっぱり大したもんだよなぁ。山梨あたりのワイナリーとは規模が違うわ」

 へ?行ったことあるんですか??

 「あるよ、ほれ、同僚たちと一緒に二回くらい」

 それを先に言っててくれれば!!
 というか、ワイナリーで言ってくれれば、さすが規模が違うのですねぇという話もマリアさんにできたのにぃ!!

 今初めて知る、父ちゃんの秘密。

 そしてその後は……

 お待ちかね、試飲タイム〜〜〜〜〜

 ワイナリーには、我々のような個人手配だけではなくて、団体客などがほうぼうから来るのだろう。
 だから、試食スペースといってもとても広く、その末席に陣取らせてもらった。
 ここで食べられるという地元の名品の数々がこれ!!

 どれもこれもメチャクチャ美味い!!
 というか、当然ながらワインに合うこと合うこと。

 その肝心のワインは、4種類試させてくれるという。
 しかも、注ぎ足したければ注ぎ足していいのだ。
 こりゃあもう完全に……………宴会でしょう!!

 サルート!!


 撮影:ヒロセさん

 …と言うと、

 「………サルーテ(乾杯)、です。」

 冷静なヒロセさんに訂正していただいたのだった……。

 ワインの味など何もわからぬ僕のたわごとなど誰も聞かないだろうけど、初めて飲んでみたエトナ山麓のワインたち、そのイメージは…………

 なんだか甲州ワインに似てた……。<せっかくシチリアのワイナリーに来て感想はそれかいッ!!

 いや、でもね、イタリアのワインっていえば、もっとこう、なんというのかモッチリ系というか、赤なら赤で、肉食いてぇ!!って思ってしまうような、白なら白で、ガツンと来る系なのだとばかり思ってたんですよ。
 だけど、この飲みやすさというか上善水の如しというか、意外や意外。

 聞くところによると、シチリアのワインがブランド化したのは近年のことだそうで、しかもエトナ山麓産がググンと盛り上がってきたのは最近らしい。

 そういえば!!
 いつだったか、どこぞの甲州ワインがヨーロッパのワイン品評会で何かを受賞したことがなかったっけ??

 ひょっとして、時代は甲州ワイン系を求めているのか??

 ……な〜んちゃって。
 知らない方にはお断りしておきますけど、ワタクシ、酔っ払うと日本酒と泡盛を間違える男ですからね、ハイ。

 「この試飲タイムが2時間くらいあればいいのに………」

 シアワセそうな顔をしてうちの奥さんが言う。
 たしかになぁ、これ全部食べきりたいよなぁ。
 でもそれじゃあ………

 試飲って言わないんじゃね??

 こうして我々は、すっかりいいコンコロもちになっていたのだった。

 せっかくだからと、その後ショップコーナーでお土産を購入。
 父ちゃん初めてのお買い物〜〜〜♪

 …って、財布からお金出しただけだけど。
 ともかくこうして、我々にとっては人生初めてのワイナリー訪問は終わった。

 建物を出ると、空は光り輝いていた。
 遠くにアルカンターラの谷を見晴るかす。

 前日の我々は、あの山々の向こう側からこの谷を眺めていたことになるのだろうか。
 広がる山麓、見渡す限りの素朴な風景。
 このあたりにお住まいの方々は、いったいどれくらいの頻度で下界、すなわち海沿いの町のほうまで行くのだろう。
 帰り道にヒロセさんにうかがってみた。

 「月に1度、2度あるかないかってところだと思いますよ」

 ってことは、日々の生活は、ほぼこの標高700mで完結しているのか。 
 我々が普段、海に囲まれた小さな島で生活が完結しているのと同じだ。

 海はもちろん捨てられないけど、こんな風景に囲まれた生活も、とてもとても楽しそうに思えた。

 ワイナリー見学中、拙いイタリア語でマリアさんと会話していたところ、彼女は

 「どれくらいイタリア語勉強したの?」

 と訊いてきた。
 3ヶ月です…と応えると、

 「ワタシも3ヶ月勉強したら、日本語話せるようになるかしら?」

 当然応えは

 Certo!!(もちろん!!)

 だって、僕だって日本語を話せるくらいだから!

 ……とジョークを加えてみたのだけれど、残念ながらちゃんと伝わったかどうかはわからない。

 マリアさんは日本の伝統文化にとても興味があるのだとか。
 エトナ山麓のこんな雄大な環境で暮らしている方々が観る「日本の伝統文化」というのは、どのように見えるのだろう。

 伝統文化といえば!
 とんぼ玉だって、日本の伝統文化の一つであることは間違いない。
 そんなマリアさんにもとんぼ玉を………

 ……渡せばよかったぁ、と後刻悔やむうちの奥さん。
 たしかにここでプレゼントできていれば、話の締めくくりとしてとてもまとまったのになぁ!!

 マリアさん、とんぼ玉はまた今度ね!