29・ジジ・マンジャ

 パレルモの新市街はほぼ碁盤目状で単純なので、日本に居る間にすでに地図を百万回見ている僕は、ホテル周辺の位置関係をだいたい把握していた。
 で、実際歩いてみると、ほぼその感覚にピッタリ!

 今宵の夕食の場所も買い物をする場所と決めていたお店も、ホテルから歩いて5分もかからない場所にある。
 これなら、たとえ移動日で多少疲れているであろう父ちゃんでも…………というか、例によってほろ酔い気分でヨレヨレになってしまっても、ちゃんと行き来できるだろう。

 ホテルに戻り、風呂に入り、ビールなぞを飲んでゆっくりしつつ、夕食の予約時刻まではまだ間があったので、今夜から3泊するパレルモでの予定を吟味してみた。

 観光もさることながら、特にパレルモでは食事が重要だ。
 シチリア屈指の食の都なのである。
 ローマとは比べ物にならないくらいに美味しい、と多くの人が言うのである。
 今宵はすでに予約してあるとして、明日以降の昼食や夕食をどうすべきかというのは、パレルモ滞在を左右する大きな大きなテーマなのである。

 ある程度は考えてあったものの、思いも寄らなかったうれしい誤算は、父ちゃんにとってこっちの食事はまったくOKだったことだ。
 醤油風味切れの禁断症状でも起こしたらどうしよう…と危惧していたのに、今のところなんであれ美味い美味いと食べてくれている(好みそうなものを我々が選んでいるということもあるんだけど)。

 となれば、準備期間中に調べつくした、あの店この店どれも大丈夫だろう。
 この店に行くには、このあたりを歩いてからがいいか。
 こっちの店に行くんだったら、このへんを見てからにしよう。

 そうやって地図を見ながら、その他いろいろなことを考えているとき、二人は……

 安眠。
 アグリジェントからの車中もスヤスヤ、そして夕食前の1時間もスヤスヤ。

 これで夜寝られないとか言って騒ぐのだ。
 僕に言わせりゃ、そんなの………

 当たり前だろッ!!

 タオルミーナでは結局時差ボケは解消しなかったので、車中で一睡もしなかった僕もこの時普通に激しく眠かったものの、寝てしまうと寝過ごしてしまう自信がかなりあったから我慢。

 そしていよいよ……

 夕食!!
 目指すはジジ・マンジャ。
 この日アグリジェントの神殿前で最終決定したこのお店は、到着日、まだ右も左もわからぬ夜に出歩かなければならない我々にはまことにありがたい立地。
 手元にあるいくつかのガイドブックには載っていなかったものの、なかには載っているガイドブックもあるらしく、すでに多くの日本人旅行者の知るところとなっているらしい。

 いわゆる「マンマの手料理」的な大衆食堂系トラットリアとは違い、ちょっとオシャレに飲食したい…系洒落たお店ながら、地元の方々も通っているというお店だ。
 きっとはずすことはないだろう。

 我々が泊まっているホテルの一筋裏になる、常時ホコ天のためにまるで広場のようなベルモンテ王子通り(訳すとそうなる)沿いにある。
 下見を済ませてあるので迷うこともなく、お店まではあっという間に着いた。

 さあて、電話予約はキチンと通っているでしょうか??
 ダイジョーブだった♪

 こちらの方々の夕食開始時刻にはやや早い時間だったこともあって(そうしないと父ちゃんがもたないから)、店内はまだそれほどの賑わいを見せていなかった。
 おかげでゆっくりメニューを見ることができた。

 部屋でビールを飲んできたので、これからビールというのどの渇きではなかった。
 そこで柄にもなく、アペリティーボにスプマンテなんぞを頼んで3人で乾杯!!

 カメリエーラは、これまたこっちの女性らしく、背筋がスッと伸びたオトコマエの(?)カッコイイ女性。
 拙いイタリア語にもちゃんと付き合ってくれて、親切丁寧にいろいろアドバイスをしてくれる。
 ここでもやはり、老人と小さな女性連れなのでたくさん食べられないから、一皿を3人で分けたいのですが……作戦を展開すると、すべて承知って感じで快く対応してくれた。

 そうやって選んだアンティパストがこの2つ。


魚介のアンティパスト

 
クスクスのナントカ

 あ……もう、思い出しただけでヨダレが出てくる……。
 実はこのときの僕はもう、かなり消化機能が回復してきていて、食欲も通常モードになりつつあった。
 そんな僕的には、これらの皿はどうみても一人分で、これを平らげてあとはパスタでも…って流れで行けるくらいだったのだが、あいにく他の二人は毎朝ムシャムシャパンだハムだチーズだと食べ続けているせいか、さほどの食欲ではないらしい。
 さっきまで寝てたからだと思うんですけどね……。

 仕方がないので彼らに合わせているワタシ。
 それにしても、それぞれの美味しいことといったら!!

 こちらでは魚を刺身で食べる風習はない代わりに、燻製にしてカルパッチョで食べる(でもエビちゃんは刺身だった)。
 カジキであれマグロであれタコであれ、この燻製風味がどれもこれも美味しい!!

 タコがまた不思議なスライスのされ方をして出てくるのだ。
 燻製にしたタコの脚をまとめてゼラチンか何かで固めたものをスライスしているからなのか、タコの足一本のスライス単位じゃなくて、スライスされた足が繋がっているのである(わかります?)。

 こういう食べ方もあったか……。
 タコに関しては一家言あるつもりの我々にも、驚きの調理方法。
 ただ、もっと分厚いとなおうれしかったけどね。

 ちなみにカメリエーラは、この皿に載っている海幸を普通に紹介してくれたあと、あらてめてすべて日本語で紹介してくれた。
 さすが、日本人観光客も訪れる店。
 でも、サーモンとボッタルガの日本語がわからない…というので、サーモンはもちろんサケ、そしてボッタルガは………マグロのカラスミ??

 この「の」というのは、イタリア語でいうところの「di」みたいなものです、という難しい説明までしつつ、マグロのカラスミって教えたんだけど、今こうして書いていて、実は僕たちは大きな勘違いをしていたことを知った。
 ボッタルガって、マグロって限らないんですね……。

 ホントはここは、単に「からすみ」と言えば良かったのだ。
 すまぬ、カメリエーラ。

 クスクスのナントカ、というのは彼女が勧めてくれたもの。
 クスクスとは、いわずとしれた北アフリカ文化。
 パレルモは、その歴史の流れから北アフリカのアラブ文化が濃厚に根付いているため、街中でクスクスも普通に見られる。
 これがまた………美味しいのなんの。
 様々な具が入った本体はカレー風味。
 まさかこっちの食事でカレー風味を味わえるとは!!
 キレンジャー感激。
 ああ、1個丸まる食いたかった!!

 もちろんワインも頼んだ。
 レナートは車中で、「パレルモは赤ワインがジョートーよぉ!」と教えてくれていたものの、このメニューで赤は考えられなかったから白に。
 といっても何がなにやらわかるはずはなし、このクラスの値段の地元のワインで、何かオススメを…とカメリエーラにお願いすると、メニューには載っていないものを紹介してくれた。
 メニューを指差しつつ「値段はこれと一緒よ」と、最も大事なこともちゃんと教えてくれたので、迷うことなくそれをオーダー。

 プラネタ社の。
 このあたりでプラネタといえば、沖縄でオリオンビールというくらいにメジャーなワイナリーのはず。
 オリオンビールもその昔、「地元のビールが断然美味いッ!」というCMを流していたけど、

 地元のワインも断然美味い!!

 その後、どうしても一度は食べておきたかったウニのパスタと、もう一品は父ちゃんにご飯粒食べさせてあげたかったのでリゾットを選ぶことにした。
 メニューには2種類のリゾットがあったので迷っていると、カメリエーラがまたオススメしてくれた。

 「これが美味しいわよ♪」

 指差す先には、

 Zafferano

 とあった。
 ん?
Zafferano??
 ……ってなんだったっけ。
 聞いたことあるような気がするんだけど思い出せない……。
 するとカメリエーラは、キッチンの奥にいるシェフにナニゴトか伝えたあと、あるものを持ってきてくれた。

 スプーンに載った、赤く細い糸屑のようなもの…。

 あれ?
 これどこかで最近見たことがあるような気が……

 気がするばかりでいっこうに思い出せないうちに、そのzafferanoとやらのリゾットが出てきた。

 ああこれは……
 サフランだ!!
 そうだ、そうだった!!

 BS日テレに、「小さな村の物語 イタリア」という、超地味ながらとても味わい深い番組がある。<オススメ。
 イタリア旅行が決まったあと、バッチシのタイミングで地デジイチデージになった僕たちは、その番組を家で観ることができるようになっていた。

 で、たまたま旅行前に観た再放送が、イタリアのどこか片田舎でサフラン作りをしている女性を紹介しているものだったのだ。

 サフランは、花の雌蕊を利用しているのだが、一つの花からたった3本しか取れないという。
 このリゾットの上に載っているサフランの雌蕊を集めるだけでも、大変な仕事量なのだ。

 …という放送を見て感心しきりだったというのに、今の今まで忘れていたとは!!

 そして一方、ウニのパスタも……

 しまった、ウニを混ぜる前に撮っておけばよかった!!
 これがまた、期待どおりの味!!

 世界中でウニを食べるのは日本人とシチリア人だけだ、と言われるほど、世界におけるウニ食文化はレアケース。
 だから観光業に従事しているシチリアの人たちは、日本人も自分たちと同じくウニを食べる、ということをよく知っている。

 でもパスタに混ぜる機会はないなぁ……。

 あっ!
 そういえばその昔、シェフオチアイというスタッフがクロワッサンにいた頃、彼は僕がプチ家出をするたびに、残された家族?のために自ら海でゲットしたシラヒゲウニを用い、当時僕の周辺10m以内の人は誰も知らなかったウニパスタを作っていた。
 いつも僕の留守の時だったから、僕はそれを一度も味わったことはない。

 で、どうよ、ここのパスタとあのときのウニパスタ・オチアイーゼと比べたら。

 「やっぱこっちのほうがコクも旨みもある。」

 断言するうちの奥さん。
 フフフ……マガイモノに騙されなくてよかったぜ♪

 …といいつつ、今回の旅行でウニパスタを食べたのは、後にも先にもこのとき限りだったので、スタンダードに比べてこの味がどうなのかなんていう判断基準はまったくない。
 まったくないけど………

 美味しかったッ!! 

 ホントはこのあとまだまだ、シチリアならではの肉料理や魚料理を……というくらいにまで僕は通常モードになっていたものの。
 約一名、ほどよく食べて、ほどよく飲んで、すっかりいいコンコロもちになり、一刻も早く帰って寝そべっていたいモードになる人が。

 実家の近くの鳥吉だったら、「じゃあワタシは先帰っとくから」というワザをいつも駆使してくれるものの、右も左もわからぬ土地ではそれもかなわず(って、そうなったらなったで放っておけないけど)。

 そんなわけで、イルコントペルファボーレ。

 総額83ユーロ。
 3で割ったらやっぱり安い………。<食事の量的には約2人分だけどね。

 お世話になったので5ユーロ札を置いておいた。

 美味しかった記念に、お会計を済ませたあと、カメリエーラと記念写真♪

 ホント、このオネーサンはカッコよかった。

 さてさて、食後のマルサーラワインその他、やり残した(?)ことは数多けれど…………

 ま、あと2泊あるわけだし、また来ればいっか!!

 ……と気楽に構えていた僕だったのだが。
 まさかこのあと、予想だにしなかった展開が待っていようとは、神ならぬ身の僕の知る由もないことなのだった。