32・メルカート・バッラロ編
イタリアでは、そうそう凶悪犯罪は発生しない。 なんてデンジャラスなところなんだ!! 誰もが思うことだろう。 …と思っていたら。 ホントにあるんだ……。 世界的リゾート地のタオルミーナは、さすがにそういった治安の面では安心の世界で、こじんまりとしてエレガントな街並み同様、そのあたりのリスクはほとんどない場所だった。 が、パレルモは違う。 それはある意味、彼らにとってはサバイバル社会で貧者が生き抜いていくための方便であるとはいえ、観光客としては避けねばならないトラブルだ。 そんなデンジャラスなパレルモで、人で賑わう市場は最も危険度の高い場所のひとつという。 なかでもバッラロ市場は、貧しい生活を強いられている人々が暮らす地域にグーンと近いこともあって、危険度が高いようなことが書かれてあることもある。 シチリアはおろかイタリア、いやいや、ヨーロッパ旅行自体が初めての我々がそんなところに行ったら、飛んで火に入る夏の虫ではなかろうか……。 そこで!! ワタクシのスリ防止対策。
最近のホテルは部屋ごとに設置してあるセキュリティボックスの機能が向上していて(フロントにはないらしい)、パスポートなどはそこへ(4つ星クラスなら信用していいらしい)。 すべて100均で買い揃えたもので、実はチェーンのほうが高かったりする……。 でも、モノは100均でもほぼ完全装備に身を固めたおかげで、ここまでのところはまったく無害。周囲半径5m以内には怪しい人影はない。 一方、日本で70余年も生きてきた父ちゃんなんて、大金を持ったままそんなところに行こうものなら、サバンナのライオンの群れの中に放たれたトイプードルのようなものであることは火を見るよりも明らか。 うちの奥さんは、貴重品が一切入っていないディバッグ(買い物用に)だけ。 こうして最低限の対策をとったうえで……… やってきましたバッラロ市場!! 子供の頃、母親に連れられて歩いた八百屋や魚屋、肉屋っていったら、こんな感じだったよなぁ………なんか懐かしい。 懐かしい市場の店舗がまた、同じような品揃えの店が何店舗もあって、それがやはり牧志公設市場みたい。 肉屋さんなんて、ホントに沖縄ですぜ。 店先ででっかい俎板の上に肉をドンと置き、テキパキさばく。 テビチが三つ指揃えてご挨拶。 ぶら下がっている肉はもちろんヒージャー!!(ヤギ) 中身ももちろんこのとおり!! 以上、それぞれ異なる店での写真。 「写真一枚5ユーロね!!」 と言われた。 フリーズしていると…… 「冗談だよ、冗談!!ハッハッハー!!」 くそー、そういえば僕も島で、シャッターを押すのを観光客に頼まれた時によく言うジョークじゃないか!! やられた……。 このほか、皮を剥がれたヤギの頭部が何個かポコポコ並んでいたりと、見れば見るほど公設市場チック(公設市場には豚の顔の皮はあってもヤギの顔はないと思うけど)。 これがまた美味そうで美味そうで……。 ここで買ったアンチョビーの美味いこと美味いこと……。 ここでもまた、中に呼び入れてもらった。 だんだんテンションが上がってくるオタマサ。 言っておくけど、店の方との会話も買い物もやり取りはすべて僕がやっているのであって、うちの奥さんはただそこにいて驚いたり笑ったりしているだけ。 しかしその効果なのかこの店では、よりどりみどりのハムやチーズを眺めていたら(肝心のチーズが写ってない……)、わざわざハムを棚から取り出して、スライスしてから試食させてくれた。 あまりに美味いので買うことにした。 にしても、たっぷりのハムとチーズ少しを買って、5ユーロしないんですぜ。 鮮魚店には、さらに垂涎の食材が並んでいた。 うちの奥さんが指差しているのは、シャコ!! この場でピチピチ動いていた。 さらに!! ここでもやはり、こっちに入っておいでって言ってくれた。 この綺羅星のごとく並ぶ魚たちの中に、大注目のアイテムが。 鰯の稚魚だ。 「ねぇ!!今晩はここで食材買って部屋で食べない??」 へ?? もちろん、毎日外食だと父ちゃんも疲れるだろうから、疲労が見られるようだったら部屋食でもいいか、と考えてはいた。 ここは食の都ですぜ? そこでたった3泊しかできないというのに……部屋食? …というか、このパレルモではどの店で食べるか、という重大事について、日夜調査に勤しんでいた僕のこのオフの時間は?? 完全脳内白地図状態でありながら、本能的欲望の赴くままに、人がどれほどの労力をかけてこの地に臨んでいるかということなど微塵も斟酌することなく、すでに彼女の中では、 「今夜は部屋でネオナータ♪」 になっていたのだった。 「でも、今買ったら傷んじゃうから、あとでまた買いに来なきゃね」 予定まで立てていた………。 その他市場には、どうやって食べるのだろう?って思ってしまう魚もいた。 こっちでもウツボを食べるんだ……。 「アックァ ブロード!!」 それってたしか、スープって意味だよね。 海幸以外にも要注目の生き物がいた。 さてこのオジサン、ニコニコといたずらっ子っぽい笑みを湛えながら、うちの奥さんにいったい何を見せているでしょう?? 答えはこれ。 カタツムリ〜〜〜♪ 「なんだよ、もっと怖がるかと思ったのに!!」 みたいなことを笑いながら言って、オジサンは去っていった。 いやはや、ここバッラロ市場は面白い。 店ごとに掛け声合戦みたいなことに興じているかのようで、あっちで大声、こっちで大声。 それがまたハリのある市場の人らしいいい声で、リズムに乗ってるものだから聞いていて楽しいったらない。 3分で飽きるはずだった父ちゃんも、昔懐かしい活気溢れる露店市場の様子にすっかりご満悦で、店同士で張り合う掛け声に聞き入っていたのだった。 この日のパレルモは雨がぱらつくあいにくの天気だったけれれど………… シチリアの結論その2 我々はここですでにいくつか買い求めていたから、手には地元買い物客と同じ袋が。 ちなみに。 那覇の牧志公設市場を知っている僕たちは、住民の避難が完了したサイド7の瓦礫で、偶然出会ったブロンドの女を見たシャア少佐が思わずつぶやいたときと同様、先のヴッチリア市場やバッラロ市場を見て思ったものだった。 「似ている………」 ご存知牧志公設市場。かつてはこの市場も、青空市場から始まった。 同じ品物を扱う店舗がズラリと並ぶ様子といい、雰囲気そっくり!! が、決定的に異なる点がひとつ。 若い人が多い。 地元客が断然多いバッラロ市場。牧志公設市場とは違い、 生鮮食料品店で働いている人は、ほとんど男性だった。 日本がアメリカ型消費社会に変わっていく中で、さらに生産者が行う直売店の台頭ということもあり、那覇における公設市場の役割は、すでにほぼ観光客向けにシフトしている。 ところがこちらの市場は、完全に本来の「市場」で、若者の将来的な職場として成り立つ場所でもあるのだ。 カメラを向けるとさらに得意気に歌う果物屋の青年。 掛け声なのか、歌なのか、もはや明確な区別はない。 パレルモ市内にどんなに大型のスーペルメルカートができようとも、このイキイキとした市場の若者たちの姿を見れば、やはりメルカートはパレルモには欠かせない、と誰もが思うことだろう。 ちなみに、市場の店舗は営業を終えると撤収する。 この写真から店舗を取ると、後に残るのは崩れかかった廃墟のような建物。 パレルモのこのあたり一帯にはまだ、第2次世界大戦当時の爆撃の跡が生々しく残っているという。 いまだ戦後の風景が残る町。 でもこういう元気な市場を見てみると、裕福であることだけが理想の姿とはとても思えなくなる。 夕刻、うちの奥さんの本能が生み出した予定どおりに、再びバッラロ市場を訪れた。 鮮魚はやっぱ午後イチくらいまでが勝負だったのだ!! しまった………。 その店のニィニィが教えてくれた。 「あそこの店にはまだあるはずよ!」 自分の店の別の品物を勧めるのではなく、別の店を教えてくれるなんて。 礼をいい、一縷の望みを抱きつつその店に行ってみると、店のスタッフたちは奥のテーブル台をショバにして、なにやらカードゲームに高じていた。 「おーい!!○○!!お客さんだよッ!!!」 さっきのニィニィが気を利かせて呼びかけてくれた。 その声を聞いて奥から出てきた店員が、ササッとカバーをはずすと…… ネオナータ♪ 200グラム買いたいんですけど。 すると彼は快く引き受けてくれて、ピャピャッと袋に詰めてから量りにかけた。 2ユーロ。 生シラスがこんなに安くていいんでしょうか………。 奥でカードゲームに高じる若衆たち。 生シラスと再会を果たし、舞い上がるうちの奥さん。 「そうそう!」 彼もまた、自らがイケメンであることを信じて疑っていないのはいうまでもない。 どうせだったら、売れ残っている店で買うより、売切れてしまう店で買うほうがモノは良かったんじゃなかろうか…と思わなくもないものの、ともかくこうして、今宵のメインディッシュをゲット。 そのあと、ずっと気になっていたアーティチョークを物色。 とはいえ、ホテルの部屋で調理できるはずはなし……と思っていたら、茹でてあるものも売っていた。 訊ねると、店のご主人は徐にアーティチョークをつかみ、一枚一枚むしりとっては口に運んで食べていた。 「こうやって食べればいいんだよ」 ホントかなぁ……。 こうして、生シラス、タコのサラダ、ハム、チーズなどなど、それなりに品は揃ったのだった。 |