余録2・京に牡丹の花ひらく

 

 この夕刻の待ち合わせ場所は、アジアンツーリストでにぎわう京都タワー直下のホテル入り口あたり。

 いったい誰と待ち合わせていたのかというと…………

 この方!!

 ご存知、がんばるオ・ジ・サ・ン!

 待ち合わせ場所では、ホントに目の前でお互いを認識し合うまで、我々のことに気づいて下さらなかったオジサマ。
 いわく、

 「なんや、アジアンの人たちかと思って見過ごしたやん」

 ま、たしかに垢抜けなさではどっこいどっこいではある。

 ところでオジサマ、この車、以前実家の両親ともども乗せていただいた車じゃないですよね?

 「そやねん、ボルボならぬボロボロ、ホンマにボロボロになってもうてん」

 パワステの油圧が漏れるので修理しようと思ったら、呆れ返るほどの修理代が必要であることが判明し、この際買い換えることにしたのだとか。

 で、この車はなんというクルマなんですか??

 これ!!

 プジョー2008。

 がんばるオクサマとこの駐車場で合流し、さっそく記念撮影。

 ところで、車種にはとんと詳しくない僕がなんで型式番号まで知っているのかというと、なんとナンバープレートをわざわざその数字にしてもらってあるというお話を伺ったから。

 ……なんてことを書いたら、モザイク処理している意味がないか。

 それにしても、なぜプジョー?

 なんでも、がんばるオクサマが以前までのボルボだとゴツすぎて街乗りに不便というので、街乗りに使いやすそうなものを選んだ……な〜んてオクサマ思いの一面を垣間見せるオジサマ。

 しかし。

 思いっきり自分の趣味やないですかッ!!

 とはいえ、まだ京都市内には他に1台走っているかどうかというくらいにレアだそうで、そのあたりも含めてがんばるオクサマはいたくお気に入りという。

 なんであれ趣味が一致するというのは、夫婦円満の秘訣なのである。

 そんなプジョーのご購入はホントに最近のことだそうで、後部座席にヒトを乗せたのは今日が初めてなのだとか。

 なんだかバージンロードを穢してしまったようですみません………。

 というわけで今宵は、がんばるおじさん!ご夫妻と過ごす京の夜。

 京都在住60年になんなんとするオジサマが案内してくださる京都となると、我々には敷居が高すぎて味も何もわからなくなってしまいそう……

 ということを踏まえ、我々に分相応のあたりでよろしくお願いいたします、と事前にお願いしてあった。

 しかしたどり着いた先は……


撮影:女将さん

 あのぉ……

 鳥人ブブカですら越えられないほど敷居高いんですけど??

 ここは、「畑かく(はたかく)」という、京都で牡丹鍋といえばここ!と言われるくらいに有名かつ元祖のお店。

 そう、今宵は京の都で牡丹鍋をいただくのである!!

 老舗旅館のような広い玄関で女将さんや花輪家の執事ヒデじぃみたいな方に迎えられ、なんだか来日したウィリアム王子になったような気分で案内される通路は、ひょっとしたらこの先に長谷川平蔵がいるんじゃなかろうかってなくらいの趣きが。

 通していただいたところは、ホンマモノの炭がセットされた囲炉裏を据えた部屋。

 オタマサのピースもいつになくぎこちない…。

 こういうところで牡丹鍋をいただけるだなんて。
 ああ、今朝甘海老コロッケを食べ過ぎないでよかった……。

 メインディッシュは牡丹鍋ながら、囲炉裏端には突き出しも用意されている。

 モロコの甘露煮(?)。

 鮮魚をやみくもに味わい尽くしてきた身には、上に乗っている山椒の葉といい魚といい、雅さ満載の一品だ。

 オタマサはこれだけで鼻息が荒くなること必至である。

 そして煮立ってきた鍋にまず投入すべき野菜が登場。

 左端の大根は、さすが京都、聖護院大根。
 彼らが鍋に入れられ、期待はいやがうえにも膨らんでいく。

 そしてお待ちかね、お肉の登場。

 さぁ、これが本家本元の牡丹鍋の猪肉だ!!

 おおっ!!

 ホントに牡丹が咲いている!!

 それもそのはず、ここ畑かくさんは、猪の鍋に「牡丹鍋」という名をつけた元祖のお店なのだ。
 牡丹鍋というのは、なにも猪肉を入れさえすればいいというものではなかったのである。

 でも見事過ぎて、これを崩してしまうのがなんかもったいない気が……。

 我々の部屋で鍋のいっさいを取り仕切ってくれているのは、このおねーさん……と言ったらダメなのでしょうか。仲居さん?と呼ぶべきなんでしょうか。

 彼女はここ畑かくで働き始めてまだ1ヶ月ほどだそうだけど、弁舌滑らかにお料理の説明もできれば、鍋を仕切る手際も素晴らしい。

 働き始めるスタート地点の位置がまったく違うのであろう。
 機械のように注文を繰り返すファミレスのアルバイトたちとはわけが違うのである。

 その証拠に、オヤジギャグならぬオジサマギャグの波状攻撃にも、余裕の笑顔で対応するおねーさんであった。

 そうこうするうちに野菜がいい感じになってきたので、おねーさんは皿の上で花開かせている緋牡丹に一太刀浴びせ、いよいよ肉の投入とあいなった。

 まずは脂身が少ない皿周辺のお肉から。

 真剣に見守る一同。

 こうして見ると、なんだかオジサマがすっかりおとなしいように見えるかもしれないけれど、後刻がんばるオクサマから

 「結局あんたが3分の2は喋ってたで」

 と突っ込まれるくらいに、鍋が煮立つまでの間もマシンガントークはもちろん健在である。

 そしていよいよ、第1期牡丹鍋ができあがった。

 京都だから白味噌仕立て……なんだけど、味噌自体は広島の白味噌だという。

 アートにすら見える鍋をかき崩すのすら気が引けるところながら、勇気のヒトしゃもじで取り皿に掬う。

 もともと白味噌のお雑煮が大好物の僕が、白味噌の鍋に否やの有ろうはずはなく、実に滋味に満ちた味が、連日の酒でただれた胃の腑にしみじみと染み渡る。

 んでまた猪の美味しいこと。
 なんで猪ってあんなにワイルドなのに、お肉はこんなに柔らかいんだろうか。

 いささかの緊張とともにこの場にいるからこそゆっくりじっくり味わっていられるけれど、これがその辺のお店だったとしたら、迷わず続けざまに100杯くらい食べていたことだろう。

 そしてひとしきり第1期牡丹鍋を堪能し終えた頃、ついにメインイベントの時がやって来た。

 皿に残っていた牡丹が、今ついに投入されるのだ。

 おお………これぞ……これぞまさに……

 ぼ・た・ん・な・べ。

 あまりの見事さに思わず滝クリ化してしまった。

 この牡丹パートを鍋に投入する時が、仲居さんにとって最も集中力と技術を要する瞬間だという。
 たしかにこの時のおねーさんは、緋牡丹お龍が賽をふるかのごとき真剣なマナザシ。

 そして土鍋に、見事な牡丹の花開く。

 でもたまに、極たまに、失敗することもあるという。<ここだけの話なのでそのへんよろしく。

 彼女の成功率はご本人いわく94パーセントだそうで、山田太郎在校時の明訓高校もかくやという勝率である。

 ところで、残りの6パーセントになった場合はどうなさるのですか??

 ……ちょっぴり内緒の企業秘密を伺えたのであった。

 美味い肉に美味しい野菜の鍋を味わいながら、いつしか時代は日本酒へと移り、ついつい調子に乗ってしまう我々。

 鍋が素晴らしいと、シメの一品もまた素晴らしい。

 まずはご飯に牡丹鍋をそのままかけた一品と……

 そのあと味を変えて……

 牡丹鍋の雑炊。

 いやあもう、普段の島の生活では努めてデンプン断ちしている僕ではあるけれど、ここで摂らずにいつデンプンを摂るんだ的乾坤一擲のシメである。

 頭の先からつま先に至るまで、体中で満喫できた牡丹鍋。
 胃も心も満ち足りて、心地よい酔いがあらゆる中枢を麻痺させていく……。

 陶酔とはこのことか。

 まるでギャートルズのパパが猿酒を飲んだあと、プハーッ!!と吐く歓喜の吐息のように、がんばるオジサン!の紫煙がユラユラと立ち昇る。

 たしかに、マンモスゲットに匹敵する充実感。

 気がつくと時刻はお店終了時刻の9時半。
 店内に残っている客は我々だけになっていた。

 食前はアートに満ちていた「牡丹鍋」も、食後は残骸を残すのみ。
 世の中のよしなしごとは、これすべて無常なのである。

 入店時同様盛大にお見送りをしてもらい、玄関先で冒頭の写真を女将さんに撮ってもらった。
 その後、表通りまでテケテケ歩いていた我々。

 そこから表通りになるという辻で、がんばるオクサマがふと振り返り、お辞儀をされた。

 その視線の先を見ると、畑かくの女将さんが、我々に向かって丁寧にお辞儀をしてくださっているではないか。

 なんと。

 こういう京都の老舗では、辻で客の姿が消えるまで見送り、最後はお辞儀をするのが作法なのだとか。

 それを職場の方から聞き知っていたというオクサマは、ひょっとして…と振り返ってみたら、ホントに女将さんが丁寧にお辞儀をしていたのである。

 いやはや、まさに古都京都。

 我々夫婦のようなモノが席を汚して良かったんだろうかと、卑下するわけじゃなく本気で思ってしまうほどに、別世界のカルチャーがそこにあった。

 さて。

 古都の格式に触れたあと、がんばるオジサン!が次に案内してくださったのは、京の都1200年の世界から一気に現代ポップアートともういべき「洋」の世界へワープ。

 なにしろこういう場所である。

 なんとも素敵な酒空間。

 昔からオジサマが懇意にしているバーだそうな。

 バブル全盛の頃には毎晩のようにドンペリを空けまくっていたという(<当サイト推測)がんばるオジサン!だから、こういう素敵なバーのひとつやふたつやみっつやよっつ、いつでも出番を待っているに違いない。

 こういう店ですぐさまサラリとオーダーできるオトナになりたいと常日頃憧れてはいるものの、当然ながら確固たる自分の嗜好など経験値も知識も持ち合わせてはいないので、なんだかわからないままに超高そうなシングルモルトのウィスキーなんぞを頼んでしまった。

 まぁなにはともあれ、あらためまして乾杯乾杯!

 照明控えめの超シッポリ系のお店にもかかわらず、まるでパーラー・ティーダで飲んでいるかのようなボリュームのオジサマは、ことあるごとにオクサマに「声大きいって!」とたしなめられていた。
 
 しかしそれらはすべて、我々にリラックスさせようとするオジサマのお心遣いにほかならない(<当サイト推測)。

 そんなお心遣いのおかげで、2杯目にはこんなものを頼んでいたワタシ。

 カクテルなんぞを飲んでみたいなぁと思っても、頭の中で名前とモノがまったく一致しないから、よくリクエストするのが007シリーズでジェームズ・ボンドがよく飲んでいるこだわりのカクテル。

 きっとまったく同じではないんだろうけど、そうリクエストすると、たいていどこのお店でもそれっぽいものを出してくれるのだ。
 ここではバーテンさんがやたらと詳しい方で、頼んでいるこっちは超テキトーにもかかわらず、かなりこだわって作っていただいたのがこれ。

 ダニエル・クレイグになった気分で、グビリと一口。

 そう、思えばこの頃まで、み〜んなシアワセだったのだ。

 ようやく落ち着いて、さあ夜はこれから!というその時、事件は起こった。

 脚色ではなく、店全体を巻き込む大事件が。

 オジサマご夫妻の酔いもいっぺんに醒めてしまったことだろう。
 しかし最も驚愕していたのは、オジサマに紹介していただいてご挨拶したばかりの、このバーのオーナーSさんだったことは間違いない……。

 この大事件(?)のせいで、がんばるオジサン!ご夫妻にキチンとお礼も挨拶もできないまま、なし崩し的にお別れすることになってしまった我々。

 いったいこの時この場所で何が起こったのか。

 その原因についてはこの旅行記にすべて書き記してあるようなものながら、事件そのものの詳らかなことは、がんばるオジサン!から是非直接お聞きください……。

 そんなわけで、当日その場でキチンとオジサマご夫妻にご挨拶できなかったので、この場を借りて改めて厚くお礼申し上げます。

 ステキな京の夜をありがとうございました!!

 牡丹鍋 ああ牡丹鍋 牡丹鍋………