段といっても登っては平らに、登っては平らになる階段だからそれほど苦ではない……と自らを勇気付けて歩いた。
この、疲労感満杯状態で入る温泉の気持ちいいこと気持ちいいこと。
宿の温泉についてはすでに触れたからここでは述べないけど、ホント、温泉って疲れてから入るもんですぜ(疲れすぎていると温泉は体に悪いこともあるらしい)。
さて夕食である。
すでに何度も書いているとおり、こことら丸さんでは素泊まりでお願いしてある。
外へ食べに行かねばならない。
フロント紳士もそのへんは心得ていて、食事できる場所をいろいろ教えてくれた。
でも、素泊まりしておいて根掘り葉掘り外食のことを尋ねるのもなんだか申し訳ない気がして、礼を言うにとどめておいた。本当はいい居酒屋を知りたかったのだが…。
さきほど、なぜわざわざ駅経由で宿に戻ったのかというと、晩に行くべき飲み屋さん探しをしたからである。駅前から物色をはじめるのが順当でしょ?
が。
訪れる客が日帰りか、もしくは巨大ホテルに泊まる人たちばかりであるところというのは往々にしてそうなのだが、夜のお楽しみゾーンが少ない。つまり腰を据えてじっくりお酒を飲めるような店が少ないのだ。
泊り客のほとんどが飯付きの宿に泊まっているし、こういうところに訪れる団体客はたいていホテル内で宴会をするものだから、市内の飲み屋さんにまでお客さんは回ってこない。必然的に、地元の人のみが知っている、という飲み屋さんしかないわけである。それに拍車をかけるように、四国と本州を結ぶ橋がボコボコできてしまった。なかには倉敷に泊まって金刀比羅さんまで参拝にくる人たちもいるのである。
日帰り客の急増で、琴平の旅館業も飲食業もかなり打撃を被っているのだ。温泉でも掘らねば、と思うのも無理はないのである。
こういった土地での我々の晩飯といえば、地の物を出してくれる店が第一候補である。
だがしかし、駅前からずっとあちこち歩いてみたけれど、なかなかそれっぽいところがないではないか。金倉川沿いに、何軒か飲み屋さんが並んでいたのは見えたのだが、入るにはちょっと勇気が要る感じなのである。だからといって、商店街入口にあった店は、外に出ているメニューがいただけなかったのでとりあえず却下。そんなこんなで、なかなか決定しない。
何言ってるんだ、あそこに○○が、ここに○○○があるじゃないか、と人はいうだろう。下調べをしていればいろいろあることも判明しただろう。けれど僕は、うどん屋さんの下調べで力尽きてしまっていたのであった。
行くべき場所が定まらないまま宿に帰ったので、疲れた体を温泉で癒したとはいえ、再び町へ繰り出して店を探す、というのがどうにも億劫になってしまった。なんだか疲れが胃の活動を抑制してしまうのか、うどんしか食っていないのに腹も減っていない。
ウーム、どうしようか。
仕方がないのでとりあえず外に出よう。
夜になれば提灯に灯が入って、さっき気づかなかった店を発見できるかもしれない………。
という淡い期待は、昼以上に寂しくなる夜の町で泡沫と成り果てた。結局めぼしい店を発見できず。
ああ、しんどい……。一歩歩くごとに精気が抜け落ちて行くようだ……。
後日、このときの僕の様子をうちの奥さんはこう語る。
「ええ、あのときだんなはホントに死にそうに見えました……」
駅からの道のりで、うちの奥さんはある見当をつけていた。
非常の際の最終手段である。
なんと、「村さ来」!!
まぎれもない全国チェーン店、あっちこっちの村さ来〜である。
だが人よ、ここまで来て村さ来か!!と言うなかれ。実はその店には
「琴平ビール」
という文字が踊っていたのである。地ビールだ。
しかも、チラッと目の端でメニューを見ただけながら、どうも地元メニューっぽいのがあった、とうちの奥さんはいう。ここにいたり、この村さ来に対する我々のイメージは出来あがった。そう、もしかすると道後麦酒館のような店かも………。
期待を膨らませ、ソーッと店内に入ると、客は我々のほかに一組しかいなかった。
ウーム。
まだ早いからかな……。
さっそく琴平ビールを頼みつつ、メニューをチェックしてみた。
ムムムムムム………。
典型的チェーン店メニューではないか!!
こ、これははずしてしまったかぁ?
という思いでビールを飲んだせいか、ビールまで品下がる感じに見まわれてしまった。
おまけにそれまでグッと堪えていた堤防が一気に決壊し、僕の疲労感は鉄砲水のようにドドドドドッと全身を席巻し始めたのだった。
どんな時でもとにかく楽しいことを見出すうちの奥さんも、さすがにこのメニューのしょぼさはこたえたようだった。出されたつまみを僕が全然食べないからそれらを一人で食べたことも手伝って、早々に白旗を揚げ、退却の運びとあいなった。
ああ、琴平の夜よ、もう我々はどうしようもないのか…………。
明晩はどうしようか……。おかみさんに、食事付きに変えて下さいってお願いしようか……。
旅の最大の楽しみ「食事」に前途暗雲たる不安が覆い被さり、琴平の夜は淋しく更けていくのだった。
だが。
まさか翌日、天と地、月とスッポン、雲と泥、もひとつおまけに「独眼竜政宗」と「利家とまつ」……村さ来なんて5万光年の彼方に消えて行け!!的な素晴らしい店と巡り会おうとは………。神ならぬ我々は、まったく、微塵も、露ほども知るよしもなかったのだった。