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ムパタサファリクラブ

 この広大なマサイマラのサバンナには、いくつも宿泊施設が点在している。
 宿泊施設は大きく分けて2タイプあり、テントタイプのものといわゆるロッジ型のものだ。

 野生の王国、動物たちの息吹………。
 そういうことを目的とするなら、そこはまよわずテントタイプのものだろう、多くの人はそうおっしゃるかもしれない。
 テントタイプとは文字通りテントで、まるで自衛隊の野営施設のような設備をちょっと豪華にした宿泊所だ。野趣に富んでいるといえばそういえる。
 もちろん、寝床はちゃんとしたベッドだし、トイレもキチンと水洗が備わっているらしい。
 でも…。
 自慢じゃないが、クロワッサンは普段の生活が野趣に富んでいるのだ。
 雨漏りは日常茶飯事、台風が来たら家の中に葉が舞い込んでいるし、風が強い日はなぜか野鳥がうちの中で避難していたりする。ヤモリにクーラーは壊されるし、食事をしていたらそのフンが天井から落っこちてくる……。
 そんな生活が日常である場合、非日常を求めて旅行をするとなると、わざわざ好き好んでテントタイプの宿にする必要がどこにあるだろう??

 というわけで。
 宿選択時にはちょこっと悩んだものの、ここはひとつケニア政府が太鼓判を押すという5ツ星ロッジに泊まることにした。

 それが、ムパタサファリクラブである。
 この宿、実は日本人が経営している。
 何を好きこのんでサバンナの真っ只中にロッジなどを……と思う人は、きっと一生サバンナに縁はないだろう。
 一介の勤め人の熱意が様々な人を動かし、実現不可能と思われた計画が見事に達成されたという、このロッジ設営にいたる物語は、伊集院静の本「アフリカの王様」で、多分に脚色をまじえて詳しく書かれているので、そちらを参照されたい。

 しかし、日本人が経営しているからといってもそれだけの理由で僕はここを選んだわけではなかった。たしかに言葉の問題がほとんどないというのは心強いけれど、日本人客が多いというのは、旅情という意味ではやや興醒めという事態になるかもしれない。
 そんな危惧を上回る魅力があったのだ。

 部屋からの眺めである。
 このムパタクラブは、前述のとおりオロロロの丘の上にある。マサイマラの西に長く連なる丘で、その東側はつまり一望サバンナが広がっているのだ。
 それを、宿の部屋から眺め渡せるのである!!

 たとえライオンさんやキリンさん、ゾウさんチーターさんに会えなくとも、部屋からのその眺めをゆ〜っくり眺め渡すだけでもいいくらいの風景………であろうと勝手に想像していた。
 たしかにサバンナの真っ只中とか川のほとりとか、野生動物に限りなく近い位置にあるロッジもいいけれど、僕は開かれた風景に強く憧れてしまった。

 そのムパタクラブに我々は到着した。
 イチハラさんにこのあとの説明を聞いたあと、ポーターさんに部屋まで連れて行ってもらった。
 21号室だった。
 このロッジにはノーマルタイプ(デラックスという名だけど)のほかにスウィートルームというのがあって、ノーマルが一部屋なのに対し、スウィートルームにはベッドルームのほかにリビングがあり、バーカウンターやその他いろいろ、おまけに室外にはサバンナを一望しながら入ることができるジャグジーなんぞがついている。
 うーん、ゼータクって感じの部屋なのだ。
 が。
 サバンナを眺めながらジャグジーってのもなぁ……。
 それに、2部屋になるスウィートルームの場合、ベッドルームが崖側になっていない。サバンナを一望できるのはリビングになるのだ。
 だったら意味ないじゃんってことになる。
 家族で来たり、新婚旅行であったりするならともかく、僕としてはベッドルームからサバンナを一望するほうがウレシイ。
 もちろん、安くつくというのが最大の理由ではあるが、そういうこともあって我々が泊まった21号室はデラックスルームという名のノーマルタイプである。

 さあ、部屋からの眺めは……?

 絶景かなッ!!

 
ベランダからの眺め。すぐそこが崖になっている。        部屋の中。部屋の形は半円形で、
                           円弧の部分はすべて窓。外は一望サバンナ(写真下左)。

 
                     
部屋の外観

 
部屋へと続く小道。             ベランダで至福のひととき。

 いやあ………。
 期待通りじゃないか。もう僕はこれで充分だ。

 ムパタクラブは崖に沿って横に長い敷地で、それぞれが独立したコテージになっている部屋は小道を挟んで2列になっている。
 一応高低差を考慮して造られてはあるものの、敷地内の木々が大きく育っていることもあって、小道を挟んで崖の反対側になる列の部屋になると、ひょっとすると部屋からサバンナを一望できないかもしれない。
 その点我らが21号室は崖側だったので、いつでもどこでも広大な風景を眺めることができた。

 この絶景かな…の風景を目にしながら、他の宿泊地を梯子する人たちは慌しく2泊程度で去っていくこともあるらしい。
 僕らはここで5泊する。
 ああ、それでも足りないくらいだ…………。

 標高1700m以上だから朝晩はけっこう寒いと聞いていたけれど、さすが赤道直下の国、昼日中はなかなかにストロングな日差しだ。風が吹く日陰がとてつもなく心地いい。
 アフリカの風は、これから束の間滞在する僕たちを、大きく優しく包み込んでくれていた。