ロングサファリ〜大平原の風〜
幻のバブーンとの闘いですっかり寝不足の僕ではあったが、今朝もキチンと5時に起きた。
頼めばモーニングコールと称して、玄関口でノックしてくれるサービスもあるのだが、幸か不幸か、齢をとると朝には強くなる……。
朝には強くなるものの、寒さへの耐性は薄れていく。いや!絶対あなたを離さない!!と言いたくなるほどに、布団の中の湯たんぽの暖かさが恋しい……。
この日のサファリは、ロングバージョンという予定だった。
ロングサファリというのは、早朝のサファリの時間を延長して、サバンナのどこかで持参した朝食を食べ、引き続きサファリをしてお昼頃に帰ってくる、というものである。午後のサファリを早朝に付け足して、1回で2度分という寸法だ。
本来は希望すれば、ということなのだが、昨日今日と滞在する団体ご一行がロングバージョンの予定だったので、その後に予約を入れた方々もそういう予定になっていたらしく、身の振り方を決めていないのは我々だけだったのだ。
ここでわがままを言って「僕らは通常コースで」などと言ってしまうと、本来なら個人客6名を1台の車で済ませられるところを、僕たちのためだけに1台用意しなければならなくなる。途端にドライバーのやりくりが大変なことになってしまうところだったろう。
そのあたりの気持ちは、仕事柄とってもよくわかる。
特に断る理由もないし、どちらかというと行ってもみたかったので、我々もロングバージョンということになった。
まだ外灯がなければ暗くて歩けない闇の中を、テケテケ本館目指して歩く。昨日の朝同様、出発前には図書コーナーに飲み物が用意されている。なんとなく甘いものが欲しかったので、ホットチョコレートを飲んでみた。
うーん、オイシイ。
さてさて、今日のドライバーは誰だろう?
はたして……ヘンリー&デビットコンビなのだった。
同乗者も昨日と同じNご夫妻とKご夫妻である。
「OK,Standing lion & Jackal & Hyaena!!」
ちゃんと我々の昨日のリクエストを覚えているのだ。
ライトをつけねば走れない「夜」の道を、ランクルは今日も行く。
いつものように、オロロロゲートにつく頃には大地が目覚め始めていた。
ゲートを通り、国立保護区内に入る。
幹線道路からサバンナに入り、ユルユルとランクルは進む。ヘンリーは何を探しているのだろう?
ああ、それにしても朝焼けが美しい……。
悪路に揺られる車内で四苦八苦しながらそれを撮ろうとしている僕を見かねて、運転席の後ろに座っていたNさんが、
「写真を撮りたいみたいだから停まってあげて」
ヘンリーにそう言ってくれた。
ありがとう、Nさん。
たとえ動物が何もいなくとも、この朝焼けだけでもこの時間ここにいる価値がある。
冷たい空気に頬をピシッと引き締められながら、しばらくみんなで朝焼けに見とれた。
こういう朝焼けをバックにしてゾウさんでもいればカッコイイだろうなぁ……。
思わずそうつぶやいた僕に、みんなが静かに同意してくれた。
すると…
すぐ近くでゾウさん発見!!
こ、これは是非逆光で!!
どうせこの時間は暗いから、順光で撮っても暗すぎてブレブレ写真にしかならない。だったら、背景をきれいにして、ゾウさんにはシルエットになってもらおう。
僕のわがままを聞いてもらった。
僕が何をしたがっているのかを即座に理解したヘンリーは、朝焼けがバックになるよう、静かに車を回してくれた。
うーんクソー、騒ぎ立てたわりにはちゃんと撮れない!!
そうなんだよなぁ、もう少し自分が低い位置から撮ることができたなら……。
それにしてもゾウさんは絵になる。
ゾウですらツノダシ扱いという状況から始まり、なかなか間近でゆっくりじっくり眺めることができなかったけど、このとき朝日を浴びるゾウさんをその後順光からもたっぷり眺めることができ、初めてゾウさんの瞳の奥まで見ることができたような気がした。
うん、ゾウさんは素敵だ。
ところでゾウさんのそばのこの木、サバンナのいたるところにポツポツと生えている木なんだけど、遠めに見ると低潅木に見えるのに、こうしてゾウさんがそばに立つとその大きさがよくわかる。
まるで傘のように上のほうだけ枝が横に張り出ているのは、そこから上はキリンさんの首でも届かないかららしい。つまり先天的にこういう形なのではなく、食べられ食べられしてこうなっているという。
いわば、動物たちが生み出した造形なのだ。
さらにランクルが進むと、ライオンも朝日を受けて輝いていた。
立ってはいないが、寝てもいない。
これまでたびたび出会ってきたシンバことライオン、起きている百獣の王のオスの顔を見るのは初めてだ。
これぞまさしく百獣の王!!
いやあ、沖縄こどもの国にいるライオンとは目つきが違う!!
立ってはいなかったけれど、起きているオスライオンに出会えたヨロコビをヘンリーに素直に告げた。
ヘンリーも満足げだった。
さらに若い雄ライオン2頭が寝そべっているのを見た頃にはすでに陽は登り、黄金色に輝くサバンナをランクルはさらに行く。
今日はロングバージョンだから、これまでよりも遠くへ、遠くへ!!
四方八方が地平線という景色がたまらなく素敵だ。
道はズズンとまっしぐらに地平線の彼方へと続いている。見渡すかぎりの大平原を走る車の天井から身を出し、全身でサバンナの風を浴びた。
気持ちいいッ!!
男らしくズズンと続くこの道が幹線道路で、先ほどから触れているとおり、この道から平原の中へ浸入する。それにはすでに轍がついていて、そのルートを利用することになる。
それでも、いかな四駆のランクルとはいえちょっと厳しいだろう、という悪路を乗り越えなければならないこともあり、そういう場合にヘンリーとデビットは必ずこう言うのだった。
「メイドインジャパン!!」
トヨタは信頼のメーカーらしい。
ところで、Nさんがリクエストしたのはマニアックなことにハイエナだった。
それを聞いたヘンリーは昨日こう応えていた。
「なかなかムツカシイが、明日遠出したら観られるかもしれない」
さあてそのハイエナ、本当に遠出したからといって出会えるものなんだろうか?
と眉に唾つけていたら………
いた。
ブチハイエナである。
ハイエナといえば、名作アニメ「ジャングル大帝」では、トラの親分の子分としてトリオを結成していた。
ジャングル大帝に限らず、アフリカの動物を扱ったものであれば、多かれ少なかれたいていああいう役回りであることが多い。「ハイエナのようなヤツ」と言われ、それが褒め言葉であると理解する人は誰もいないだろう。
でもハイエナだって、よく見ればかわいいじゃないか。犬っころみたいだし、見ようによってはコクテンフグみたいだし……
と、なるべくフォローしようと好意的なマナザシで彼らを見てみたのだが………
やはり彼らはハイエナだ。
なにもこんな、絵に描いたようなハイエナらしい顔をしなくったって……。
いやはやそれにしても、いきなりヘンリー、リクエストのひとつをクリアである。
遠出すれば……という彼の話はけっしてウソではなかったのだ。
再び幹線道路に戻り、ひたすら地平線を目指して爆走しているとき、また重要情報が入ってきた。
この重要情報、不思議でしょうがないのは、ドライバーたちは大平原のいったい何を目印にして、場所を把握しあっているのだろうかということである。
……と、ここにこう書くまでずっと不思議でしょうがなかったのだが、今気づいた。
我々もよくゲストのみなさんからそう不思議がられることがあるんだった。
慣れない方にはただの砂底に見える海底も、潜り慣れている僕たちからすると場所の特定くらいわけはない。
きっとドライバーたちもそういうことなのだろう。
さて、今回の重要情報とは……
サイである。
またしてもクロサイだ。
いや、本来はサイを見て「またしても…」などという言葉を使うなんてもってのほかなくらいにレアな動物らしいのだが、我々はサファリツアー3日目にして2度目の遭遇。
このサイたちは前回見た家族だろうか?
それにしてはかなり離れた場所だけど……。もし同じ家族なら、結局それだけ個体数は少ないってことなのだろうなぁ…。
車はさらに大平原を行く。
その大平原のそこかしこに、巨大動物が闊歩していた。
ゾウである。
いやあ……。
ゾウさんてこんなにいていいのだろうか。
チビターレがメチャクチャかわいい!! ゾウさんたちと一緒に記念写真
右にも左にも、2、3頭〜5、6頭の群れが、あちこちでゆるやかに前進しつつのどかに草を食べていた。
このあたりになると木々が少なくなるせいか、視界がさらに一層開けているので、ゾウさんの存在感がイヤでも増す。
ゾウさんも、その牙目当ての密漁のせいでかなりその数を減らしていると聞いたことがあるけれど、ここマサイマラに関する限り、立派な牙を備えたゾウさんはけっこうたくさんいる。90年以降の象牙の国際間取引の禁止がきっと功を奏しているのだろう。
サイもまたその角目当ての密漁が個体数激減の要因だったはずだけど、やはり漢方に使えるかどうかという違いが、同じ密漁の被害に遭っているゾウさんとの個体数の差に関係しているのだろうか。
恐るべし、中華民族…。
このゾウさんだらけゾーンを過ぎると、ちょっとした水場があった。そこでヘンリーたちが何か見つけた。
ん?なになに??
おおっ!!
ジャッカルだ!
けっこう神経質なのか、虐げられた生活をしているために卑屈になっているのか、我々の車が近づこうとするとスタコラサッサと逃げていった。
ところでジャッカルといえば、映画のタイトルにもなっているように、その語感にはなにやら一筋縄ではいかないツワモノ的勝負強さというか、タダモノでないというイメージがある。ところが実際のジャッカルは、想像していたよりも遥かに小さな生き物だった。
サイズ的にはオオミミギツネと大して変わらないほどなのだ。
僕は勝手にオオカミほどの大きな動物と思っていたので、予想に反するそのサイズを見てビックリしてしまった。
ブルース・ウィリスは子犬ちゃんだったのか。
といいつつ、それはこれまでゾウさんだのサイだのライオンだのを見ているための相対的なものであって、このジャッカルの隣にうちの奥さんが並ぶと、ジャッカルはやはりシェパードくらいのサイズがあるのだろうか??
それはともかく、こうしてヘンリーはまたしてもNさんのマニアックなリクエストをクリアしたのであった。
マニアックなリクエストを次々にクリアしていくヘンリー。
事ここに至ると、立っているライオンを見るということがいかに難しいものなのか、みなさんにもお分かりいただけよう。
はたして僕たちは、立っているライオンを見ることができるのだろうか?? |