L松葉ガニ覚醒

 ここゑびすやさんでは、食事は「竹の春」と名付けられたお食事の間でいただくことになっている。
 以前は部屋食だったそうなのだが、「『出来たて』を『熱々』でお召しいただくために」ってことらしい。

 となると全宿泊客の料理を用意ドンですべて出せないからだろう、食事開始の時刻を30分単位で選択できるようになっていた。

 なるべくお腹が空いた状態で臨みたかったので、やや遅めの7時からお願いしていた。
 温泉の効能のおかげで(?)すっかり空腹状態に達した我々は俄然やる気モードになり、大正館から素敵な(でもけっこう寒い)廊下を渡り新館へ。
 披露宴会場のような立派なドアが、「竹の春」の入り口だ。

 披露宴に遅れて到着してしまったようなちょっとした緊張感を抱きつつドアを開けると、浴衣姿のお客さんたちがすでに楽しげに食事をしている。
 広い部屋の大きな窓外にはまるで京都のような……って、京都なんですってば……素敵な竹林がライトアップされていた。

 そして案内されたテーブルには……

 カニが、

 カニが、

 カニがッ!!(エビも)

 冬の日本海といえば、松葉ガニすなわちズワイガニである。
 豊かな海の幸を歌う日本海の宿もまた、冬になると当然ながら松葉ガニをメニューの主力に据える。

 そりゃそうだ。ひとたび時化れば漁どころではなくなる冬の日本海で、安定供給できる立派な海の幸といえばカニをおいて他にはない。

 ここゑびすやさんも例外ではない。この季節の定番はやはりカニスペシャルである。

 ただ、今の流通の世の中では、ズワイガニとなれば日本中どこに居たって食べることができる。
 でまたカニを食すとなると、どうしても無言状態に陥るし、どんな味であれ料理であれ、いちいち身をほじくってまでして食わなきゃならん、というのが僕にはかなり面倒くさい。

 フォレストガンプなうちの奥さんは、さすがに面倒くさいとは思わないけれど、やはりどこでも食べられるカニよりも、ご当地ならではの海幸メニューがよかったなぁ…なんて思っていたのである。

 そのため「カニ尽くし」と聞いても、それほどヨロコビに身を震わせてはいなかった。

 ところが!!

 ごめんすんません許してください。

 カニって……

 カニって……

 カニって………

 なんて美味しいんだッ!!

 これまで僕は、ズワイガニと松葉ガニは同じものだと思っていた。
 たしかにカニの種という生物学的な意味では同じである。
 が、大きな違いがひとつあったのだ。

 輸入されたズワイガニを松葉ガニとはけっして呼ばない。
 松葉ガニとは、境港、鳥取、但馬、丹後、越前などで水揚げされるズワイガニの総称なのである。そこで獲れたものだけが「松葉ガニ」の称号を得ることができるのだ。

 そんな松葉ガニの産地も産地、丹後の湯宿でいただくご当地産松葉ガニの味わいの、なんと芳醇かつ馥郁たることか。

 カニをこんなに美味しいと思って食べたのは、ひょっとすると人生初かもしれない……。

 テーブルにはボイルされた小ぶりな松葉ガニが一人一匹ずつあるほかに、炭火で甲羅を焼いて食すための大きな松葉ちゃんが一匹。

 本場でカニなど食べたことなどないであろうことがひと目でわかるほど、ワカランヌー素振りをしていた我々に、通りかかるたびに女将さんが親切にご教示してくださりつつ、手際よくカニを焼いていってくれたおかげで、実にバッチシの焼き加減で食すことができた。

 でまた、焼いたミソの美味いことといったらッ!!(あ、ヨダレが…)

 そして傍らには、甘エビも添えられた松葉ガニのお刺身が。

 ちゅるッとすべり出てくる艶々のお刺身。

 すみません、激ウマです。
 白旗です。
 降参です。

 『「ゑびすやの蟹が食べたくて、また来たよ」といううれしいお言葉が、私たちの喜びです。』

 宿のカニ料理の紹介ページにそう書いてあったけれど、まさにワタクシ、またカニを食べに行きたいです……。

 カニカマボコをカニと信じて美味い美味いと食っていた幼少の頃や、カニは面倒だからなぁ…と敬遠していたこれまでの僕に教えてやりたい。

 松葉ガニって…うまいぞ。

 至福の松葉ガニを前にして、これで飲まずにいられようか。
 さあ、乾杯!


撮影:女将さん

 屋号は「ゑびすや」である。もちろんここで出てくる生ビールは、エビスビール!!
 いや、冗談でなくて本当ですってば。
 まさかこういうところでエビスの生を飲めるとは思ってもみなかった。

 ひとしきり喉の渇きを潤した後は、酒に突入だ。

 ここで。
 我々がこのゑびすやさんを予約する際のコースで、5つある特典から2つ選ぶことができ、そのひとつが家族風呂の貸切だったという話はすでに触れた。

 そして我々が選んだもうひとつの特典とは、

 各種地酒の試飲セット!!

 この地方の地酒が、それぞれ銘柄入りのお猪口で6種類も♪

 実はこの特典について、宿の説明にはこうあった。

 『色浴衣&地酒飲み比べ』
 女性は“色浴衣”&男性は“地酒飲み比べ”

 迷わず地酒飲み比べに決めた僕だけど、女性は……。

 が。

 「ワタシも地酒飲み比べがいいぃ〜〜〜〜いッ!!」

 と、おもちゃ売り場でオモチャを買ってもらいたくて駄々をこねる5歳児のごとく、うちの奥さんは狭い我が家で地団太を踏み始めてしまった。
 ま、そりゃあ、誰に見せるでもない色浴衣よりは、やはり地酒だよなぁ。

 そのままでは地団太で床が抜けてしまいそうだったので、ダメモトで女将さんにメールにてお願いしてみたところ、

 「ご希望どおりで大丈夫ですよ!」

 実にありがたいご返事をいただけたのだった。
 女将さん、ありがとうございます。
 おかげでこのヒト、飲めてます♪

 美味しいカニをいただきつつ、試飲を進める我々。
 飲みながら自分なりの順列を決めていたところ、ひとしきり飲んだ後に得た結論は、驚いたことに2人とも同じだった。

 やはりその料理に合う味というものがあるのだろうか。

 飲み物メニューには地酒各種が載っていなかったので、気に入ったものをお銚子で頼めるのかどうか女将さんに問うてみたところ、もちろんのようにOKだった。

 そこで、我々がともに第1位に選んだ弥栄鶴(ヤサカツル)をお願いしたところ、女将さんも、「私もこれが好きなんですよ!」と教えてくれた。
 地元の方が愛する地元の酒が美味しくないはずはない。

 さらに順位2番手に位置した久美の浦も頼み、丹後木津の夜は更けていく……。

 って、ここは居酒屋じゃないんですけど。

 一応9時半まではOKってことを事前に伺っていたのでゆっくりしていた我々ながら、シメのカニ雑炊をいただいていた際にふと我に返り、あたりを見渡すとこういうことになっていた。

 いつの間にかみんな帰っちゃってるんですけど。

 かろうじて右隅に一組残っているだけで、空いたテーブルではすでに片付けモードに。

 この頃になるとさすがに我々も満腹モードになっていて、このあとさらにデザートまでいただける状態ではなかった。

 すると、後刻お部屋でどうぞってことでテイクアウトさせてくれた。
 後刻お部屋でいただいたりんごプリン、しみじみと美味しかったっす。

 大満足大満腹で部屋に戻ってくると、すでに布団が敷かれてあった。
 そしていきなり……

 布団に対して直角になって寝るヒトが。

 あんたは廻旋橋かッ!!

 ところがこのまま寝てしまうのかと思いきや、おもむろに起き上がるや、大浴場へと旅立つオタマサなのであった。
 そのうち死ぬぞ……。