ヴィラメンドゥ潜水日記

12月5日

 陽気なタンクマンたち

 昨日味わった三文の得は、エネルギー切れのため早くも味わえなくなってしまった。
 僕がなかなか起きないので、うちの奥さんは外に出て情けない君と遊んだり、浜に出たりして過ごしていたようだ。
 浜まであるいて20秒ほどだから便利である。台風が来る沖縄でこんな場所に部屋を作ったら一年保たずに崩壊するだろう。

 僕のエネルギーが切れたのは、寝る時間が遅くなってしまったからである。
 10時くらいにはいったん寝るのだけれど、どうしても1時2時には目が開いてしまい、その後しばらく寝付けずに本を読み、4時頃再び眠りにつくとどうしても6時頃に起きるのがつらくなる。
 結局僕の早朝の散歩は最初の一回きりだった。

 エネルギーは切れていたけれど7時半から始まる朝食に合わせる術は身に付いている。
 前日の卵の食い過ぎを反省して、卵料理はオムレツだけにとどめた。

 さて、朝食後一息ついたらダイビングである。
 今日は場所を変えて、パッセージ4からエントリーしてみた。
 ダイブセンター前付近はあらかた様相をつかんだので、せっかくだから北側の海も見てみることにしたのだ。

 ダイビング器材はダイブセンターの収容スペースやもの干場に預ける仕組みになっていて、どのパッセージで潜るにしてもセッティングは必ずここでやることになっている。
 かといってそのままエントリーポイントまでタンクを担いでいくのかというとそうではなく、タンクマンが器材を事前に運んでくれるのだ。
 このタンクマン、水納島でいうとチャージマンにあたる彼らはなかなかの働き者である。
 モルディブではどこもそうなのだろうが、ダイビングサービスは大リーグの投手陣なみに完全分業制で、タンクマンはダイビングセンター周りの管理、タンクのチャージ、タンクの運搬、イントラたちはガイドと講習、ドーニスタッフは船のことだけ、そしていったい何人いるのかわからないくらいやたらいるその他モロモロの人たちは、ボートにタンクを積んだりするときだけ、という具合だ。
 たしかに年中無休で大変だろうとは思うけれど、これだったらイントラ稼業もそれほどしんどくないだろうなぁ。

 で、タンクマンは僕らが知る限りでは3人いて、いつも陽気なモルディビアンであった。
 そのうち二人は変な日本語も多用しながらコミュニケーションをとってくれるので、すぐに親しくなる。名はラージュ(写真)とギターといった。
 僕らがパッセージ4に9時過ぎくらいに潜る、と伝えると、ラージュはオーケーと力強く頷いた。
 こういう場合の南国のノリはイヤと言うほど知っているから、はたして本当に時間通りに来てくれるのかいささか不安ではあった。

 パッセージ4は僕らの部屋のすぐ近くだったので、カメラをいちいちダイブセンター前まで持ち運ぶ必要が無いから楽といえば楽なのだ。
 で、部屋に戻ってカメラを準備し、テクテクとパッセージ4のタンク置き場まで行くと、なんとあっと言う間の速さでラージュが我々のタンクを一輪車で陽気に持ってきてくれた。仕事が素早いではないか。

 タンクマンに限らず、リゾートで働くスタッフたちは、南国の人たちにもかかわらずその専門職に関しては非常に仕事が速い。とにかく自分たちの仕事は完璧にこなそうと努力しているのだ(ように我々には見えた)。どこかの田舎町の郵便局職員とは大違いで、プロ意識があるのである。
 サービス業というのはどういうものか、ということも熟知しているから、やりとりもゲスト側からすれば気持ちいい。こういう仕事に対してなら喜んでチップを払おうというものだ。

 潜り終えたあとはタンクだけをタンク置き場に残し、機材は各自で持ち帰らなければならない。これはおそらくあちこちでタンクを回収するから、機材がついたままだとたくさんタンクを載せられないからだろう。
 結局、この潜ったあとに機材を持ち帰るというのが面倒だったのと、あえてその面倒をしてまで潜るほどダイブセンター前との大きな違いは無かったので、以後ダイブセンター前以外で潜らなくなってしまった。

グーテン・モルゲン

 一本潜った後、昼食前に半水面写真を撮るべく昨日と同じ場所に行った。
 ダイブセンターで準備をしていると、このサービスのオーナーが
 「このダイブセンター前からエントリーしてまっすぐ行った水深26mくらいのところに、メニーメニーライオンフィッシュがいるぞ!」
 と教えてくれた。

 ライオンフィッシュとはすなわちミノカサゴ類の総称である。
 小魚が舞う根にハナミノカサゴがたくさん泳いでいたらとっても絵になる風景であるが、どうやら彼が言うのはネッタイミノカサゴであるようだった。水納島でもたくさん見られるヤツである。
 欧米人ダイバーはとにかくスコーピオンフィッシュ!モレイイール!ライオンフィッシュ!マンタ!スティングレイ!シャーク!……といったものが大好きなのである。
 僕も「それは凄い。次に行ったらぜひ見てこよう!」とお愛想しておいた。
 実際、せっかく教えてくれたから、そのためだけに26mの根まで見に行った。ネッタイミノカサゴが何匹も根にベトッと張りついていた。

 このオーナー(写真)はドイツ人ながら、普段はグッド・モーニングとかおはようございますとか英語と日本語で挨拶してくれる。けれどこちらがモルゲン、と挨拶すると、とってもうれしそうな顔をしていたのが印象的だった。こんなことなら第2外国語で習っていたドイツ語をもっと覚えておくのだった。今覚えているドイツ語なんて、イッヒ・リーベ・ディッヒくらいだもの(それすらスペルがわからない)。

 さて、昼食時、暑い暑いレストランでビールの誘惑を今日も果敢に断ち切り、午後のダイビングにいそしんだ。
 ボートダイビングは毎日午前9時と午後2時半出航なので、その15分くらい前になるとダイブセンターが混み始める。それより少し前、もしくは出航後に行ったほうが便利である。
 タンクを載せる台がいくつもあるものの、うちの奥さんの腰の高さにフィットする台は2つしかない。空いているときの方がいいのだ。
 この低めの台、最初は一つしかないと思っていたのだけれど、混んでいるときに苦労しているうちの奥さんを見たタンクマンが、「こっちのほうが便利便利!」と言って別の低めの台を教えてくれた。

ああ、かれこれ何度目か……

 同じ場所に4本目ともなると、事前にあれを見よう、これを撮ってみよう、という段取りができるので便利である。今回はちょっとだけドラキュラゴビーと仲良くなってこようと思って、まずは深い方へと進んだ。
 さあて、撮ろうかなぁ、というとき、またしてもやってしまった!!
 カメラの電源が入っていなかったのである。
 オールドボーイのトリエステは外側からスイッチのオンオフができないので、フィルムをセットしたときにスイッチを入れっぱなしにしておかなければならない。
 これまでにも何度も何度も同じミスをくり返しているくせに、ハウジングにスイッチ!!とかなんとか書いて注意を喚起するという工夫は微塵もせず、忘れた頃にくり返し続けてはや9年……。

 水納島で潜っているときだったらスゴスゴと一人で上がり、背を丸めてハウジングのフタを開けスイッチを入れるのだけれど、ここではバディシステムの遵守を厳命されているから、そういう場合はバディ…すなわちうちの奥さんと一緒に上がらなければならない。
 カメラをさして、×印をおくると、うちの奥さんは一瞬ギョッとしたようだった。ぶっ壊れたと思ったらしい。でも事実を知るやいなや、にわかに目は三角になり、たれている眉が吊り上がった。
 シュ、シュミマシェ〜ン……

 仕切り直し、気を取り直し、改めてエントリーした。残圧はまだ200以上をさしていたので支障はなかった……ということにしておこう。

転移ゲートで行方不明

 ダイビング後、昨日同様風に吹かれながら砂浜のサマーベッドに横になり、水滸伝を読みつつラ・フランスを食い、ハイネケンをグビグビやった。僕らとしてはタイガービールが良かったのだけれど、在庫がない、とルームボーイが申し訳なさそうに告げに来たのだ。ま、瓶だからいずれにしても美味しい。

 日差しが弱くなってやや肌寒くなってきた。
 今日はどうも夕陽がきれいではなさそうだったので、散歩がてら土産物屋に行った。
 ぞーりを買うためである。
 ぞーりももちろんぬかりなく持ってきていた。ところが、到着した日に履き替えたにもかかわらず、バッグからダイビング器材を出したりして準備をしていたときに片一方が忽然と姿を消したのである。
 無くなったときは、どうせメッシュバッグの中にまぎれて、とか、イスの下かベッドの下に潜り込んでしまって、とか、すぐにでも出てくるとたかをくくっていたのだけれど、その後どこを探してもついに出現しなかったのである。以来ずっと裸足で生活していたのだ。
 ぞーりを持っているけれど裸足でいるのと、ぞーりが無いから裸足でいるのとでは気持ち的に随分違うので、とりあえずぞーりを買っておくことにしたのであった。

 こういう島には場違いとも思える宝石店の隣に土産物屋があった。
 メイドイン中国の島ぞーりは3ドル。大は小を兼ねると思ってでかいのを買ってしまったのだが、かなり細かくサイズワケされていたのになぜピッタリのを買わないのだ、とうちの奥さんにつっこまれた。たしかに歩きにくい。それもあって、せっかく買いはしたものの、結局その後ほとんど裸足で過ごした。島の隅々まで掃除が行き届いているから、裸足で充分過ごせる。

 ものが不意に無くなった場合、新たに買った途端に見つかる、ということはよくある。今回もそのパターンじゃないか、と予測していたけれど、とうとうぞーりは出てこなかった。
 109の部屋には転移ゲートがあるに違いない。この世のどこかで黄色い島ぞーりが片一方だけ転がっているのを見つけたら、是非ご一報ください。ぞーりは送らなくていいです。

明日はボートにチャレンジだぁ

 ハウスリーフにはハナダイ類が群舞していない、という結論に達したのと、真紀さんがしきりにボートで行くポイントもおもしろいよ、と誘ってくれるのもあって、ついに翌日はボートダイビングにすることにした。

 夕刻には明日の予定がホワイトボードに書かれているから、それを見にダイブセンターまで行った。
 ボートはこの時期3隻稼働していて、ホワイトボードにはそれぞれの行き先が書いてある。また、船ごとに用紙が用意されていて、参加希望者は名前を書いておくことになっている。
 翌日はマンタポイントに行くワンデイトリップがある日で、その船にはズラズラズラと名前が書かれていた。
 昨日、明後日はマンタポイントに行くが、混み合うから行くなら早目に予約を、と言われていた。僕らもヨーロピアン同様、たしかにマンタも好きだ。とはいえ、大量のダイバーは好きではないから遠慮しておいた。泡の向こうにマンタを見たってつまんないもの。

 僕らとしては混んでいないほうがいいし、写真を撮りやすそうなポイントがいい。ポイントのことは知っているわけではないけれど、ポイント名の語尾、すなわちティラ、ファル、ロックというのでだいたいの想像ができる。
 また、ポンポン船ドーニでポイントまで何分かかるのかというのも一応気にしたい。

 そんなことを協議しつつホワイトボードの前にいると、まだまだ潜っていた人たちが時折上がってきては片づけをし、講習なのか、これから海に行こうとしている人もいた。
 よく、リゾートなどで律儀に2本以上毎日潜るのは日本人くらいだと言われていたが、ヨーロピアンだってしょっちゅう潜っていたぞ。ドイツ人だからか?

もうからかいません

 さて、どうも空の雲行きがあやしくなってきたので、部屋に戻ることにした。
 いつものコースとは違う道で帰ることにした。最初に部屋を案内された道のりで帰ろうと思ったのだ。
 途中まで一緒だったタンクマンと歩いていたら、
 「ノーノーこっちじゃないよ」
 と言われた。スタッフエリアだったのだ。
 元に戻ろうとして道を歩いていると、なんとなく見覚えのある施設があったのでそのまま進んでいくと、どこを歩いているのやらまったくわからなくなってしまった。しかもパラパラと雨が降り始めてくるではないか。
 おっとちょっとやばいぞ、と思いながらやや歩みを早めるうち、いつの間にか東側の海岸に出てしまった。全然道が違ったのだ。
 普段、クロワッサンのゲストの方々には「水納島で道に迷ったら当分語りぐさになるよ」なんてからかっているのに、同じくらいに小さな島で自分たちが道に迷ってしまった。

 結局海岸づたいにダイブセンターまで戻り、いつもの道で帰ったのだった。
 帰り着くと、雨が本降りになってきた。モルディブにての初雨である。どうやら今日は夕焼けを楽しめそうにない。

みんな、ドゥファを食べよう!

 この日のディナーは郷土料理風にアレンジされた品が数多く並んでいた。
 モルディブは知る人ぞ知るカツオ漁の国である。
 老いも若きもカツオカツオカツオ!!とフィーバーしていた国である。
 同じカツオどころに住む我々としては(本部町もカツオの町なのです)放ってはおけない。

 だからどうしたわけでもないんだけれど、とにかくカツオの料理もあった。なまり節(ナマの鰹節のようなもの)のようなのや、まるまる焼いたヤツなど。でも当然ながらタタキや刺身は無い。
 ビュッフェで、丸焼きなどをさばいて皿に乗せてくれる係の人は一見強面のモルディビアンなのだが、うちの奥さんがとりに行くと、必ずさばいた方ではなくてまるまる残っているでかい方を出そうとするおちゃめさんであった。

 今宵もビールを飲みながらなんだかんだとたっぷり食べて、デザートに突入。
 今晩はデザートも郷土色豊かであった。
 なんだか得体の知れない葉っぱとナッツのような変なものがあったのだ。
 説明係なのか、いつもデザートコーナーにいる兄ちゃんが、是非これを食え、これほどうまいものはない、と盛んにうちの奥さんに勧めたらしい。なにやら、モルディブではみんなが食後のお口の友にしているものという。

 一応食い方を聞いて食ってみたら、なんとも言えない……というよりも、はっきり言ってなんじゃこりゃあ!!という味であった。まるできつい東南アジアのおみやげの葉巻を吸ってかじったような味なのである。誰かが灰皿にしてしまった缶コーヒーを誤って飲んでしまったときのような……。
 要するにタバコ代わりの食後のお供だったのだ。
 シャフィーによると、若い世代はそれほどでもないが、オジイたちはこれを手づかみで丸ごとガッシと口に放り込み、満足げにムシャムシャとやるそうである。シャフィーも僕の皿にあったそれを手にし、おもむろに口に入れて、ウン、ナイス!!と言った。
 そういわれると美味しそうに見えてくるじゃないか。改めて僕も口にしてみた。なるほど、タバコと思えば理解できない味ではない。でもやっぱり美味しいとは思わなかったけどね……。
 不気味に思って手を出さなかったのであろう、隣の席の陽気なイタリア人夫婦も僕らのやりとりを興味津々の様子で眺めていた。はたして彼らはチャレンジしたろうか。

 さて、今夕のシャフィー・ディベヒ語講座は、まず今のタバコモドキデザート。葉っぱやナッツなど各種織り交ぜてドゥファーというらしい。ナッツだけだとフォアーといって、葉っぱはビラというのだそうだ。でも多分このメニューは一週間に一度くらいのわりだろうから、もう僕らが目にすることはなさそうだ。

 あとは別れ際の言葉。See you later(tomorrow)はダニというのだそうである。なんとなく「じゃぁね!」というのに似ている。それ以来、軽く別れる時はどのモルディビアンに対してもダニと言い続けた。通じていたのかいなかったのか。少なくともみんな笑ってくれていた。

 今宵も満腹になり、50万回目くらいの「食い過ぎたぁ」を連発しつつ部屋に戻った。
 さあ、昨日の殺虫剤防止作戦は功を奏したろうか?
 恐る恐るドアを開けてみると……
 おー!クリアーな空気!!やっぱり絵は万国共通に理解し合えるのだ!!
 直後にルームボーイがその日のミニバーのサインを求めてきたので、本当にこの絵の意図がわかってくれたのか問うと、彼はオーケーオーケーと言って笑っていた。
 ちなみに、この後一度も殺虫剤をまいてもらわなかったけれど、室内で蚊に刺されたことは一度もなかったし、蛾やアリやゴキブリに辟易したこともなかった。うちに住んでみなよヨーロピアン。それにくらべればこの部屋なんか天国だよ。