ハレルヤ!!
目覚めると、心地よい日差しが降り注いでいた。
一面に広がる青空を見るのはいったいどれくらいぶりだろうか。
忘れかけていた南国の光の輝きを再び見ることができた。
晴れると、毎度おなじみの朝食メニューがなにやらとびきりのスペシャルメニューのように思えるから現金なものである。
さて、今日こそラストダイブの日。
しかも相手は難敵マッコスカーズラス。今日はこれ一本に絞って臨むのである。
明日は昼過ぎ頃に水上飛行機が出発する見込みだから、窒素のことを考え水面休息時間24時間をキープするために今日は午前中のうちに2本潜ってしまうことにした。
そうすれば、ランチタイムにビールをグビグビできることになる。これまでこれ見よがしに昼間からビールを飲むヨーロピアンたちを指をくわえて見ていた我々だが、今日は大手を振って飲んでしまうのである。
もうお気づきとは思うが、本当は窒素のためというよりはビールのためという比重が大きい。
待望の晴天だったので、もう晴れている間にどんどんどんどん撮りましょう、ということで半水面写真用のセットも一緒に持っていく。これまでは一本潜るたびに部屋へ戻っていたけれど、1時間ばかりの水面休息ののちに2本目に行く予定だったから、必要なもの全部ダイブセンターに置いておくのだ。当然ながら道々荷物が重い。
チャンスは3回、結果は?
昨日同様水は良かった。が、同じ場所にもかかわらず一本勝負の相手マッコスカーズラスを見つけるのに時間がかかり、結局ヒレを広げているシーンを撮るチャンスは3回きり。あんなに素早く動くベラをこのチャンスだけで撮るのはまず不可能だ。
一本目を終え、陽が出ていたから僕はイグアナのように日光浴していたのだけれど、つかの間の晴れ間を逃すまいと、うちの奥さんは半水面写真を頑張っていた。水面休息1時間で、そのうち大半を水の中で過ごしていたらどうなるかは火を見るよりも明らかである。が、うちの奥さんは火すら見ていなかった。
2本目、つまり今回のラストダイビングに臨む前、スタッフたちにこれが最後だ、と残念そうに告げていたら、タンクマンの一人が「最後?これで最後?クゥー残念だねぇ、悲しいねぇ!最後ォ!」ととっても愉快そうに我々をからかうのであった。
2本目もまったく同じ場所へ行き、件のベラがヒレを広げてくれるのをジッと待っていた。けれど待てど暮らせどメスの前でポーズをとってくれない。やっぱり時間帯が関係あるのかなぁ。
結局この一本、このベラに関しては一度もシャッターチャンスがなく、ついに一本目の3枚に賭けることになってしまった。が、どう考えても奇跡が起こっていない限り撮れているはずはない(結果は海中レポートハウスリーフ編参照)。
気も荷物も重くなる後かたづけ
お魚さんたちとの別れを惜しみながら最後のダイビングを終了し、ダイブセンター前で器材を片付け始めた。
空はいつの間にか曇っている。ほぼ4時間水に浸かりっぱなしのうちの奥さんは、さすがに水温が28度とはいえ寒さの絶頂になっていたようで、僕がゆっくり後片付けをしていると寒くてたまらんとばかりにとっとと部屋に戻っていった。
彼女が持っていった荷物の中に僕のTシャツがあったため、帰り道濡れた体に吹き付ける風がなんとも身に染みた。とうとう最後も寒かった。
あたたかい湯を浴びて人心地つき、いよいよ待望の「昼間からビール」である。
敬虔なイスラム教徒であるシャフィーから見れば、なんとよく飲むヤツらであろうか、と思ったことだろう。でもアフターダイビングはビールに限るのだ。
日中の明るいレストラン内、泡立つ液体がなみなみと注がれた二つのジョッキは、さあ飲め、今すぐ飲めと言わんばかりに黄金色に光り輝いていた。
ひと泳ぎしたあと昼間から飲むビールはやっぱり美味い!
さて昼食後、いいコンコロモチになって器材の片付けと請求書のチェックをするべくダイブセンターに行った。
収容スペースに器材を置きっぱなしにしてあったし、ウェットスーツとBCは物干しにかけてあるから、それを回収して部屋で乾かさなければならない。
雨がぱらつく気配はあったものの時折日差しも出ているので、わりとたやすく乾くことだろう。
請求書チェックにうかがってみると、有り難いことに、僕らは初日チェックダイブをせず一本で済ませていたことを考慮してくれて、本来であれば有料になるはずのこの日のダイビングフィーを、無制限ダイビング料金の範囲にしてくれた。このあたり役所と違って融通を利かせてくれる。
予想外に浮いたダイビングフィーは、今宵キチンとリゾートに還元されることになる。
部屋に戻り、カメラもばらさなければならない。
ここ一週間、我が家のごとく荷物を広げ放題だったのだけれど、ついに本格的に帰り支度をせねばならないのだ。
僕らなんて帰ったら仕事が待っている、というワケではないものの、やはり旅行最終盤ともなり、片づけを始めるとちょっとはブルーになるものだ。
うちのゲストで、帰り際強烈にブルーモードになるFさんの気分をほんの少し味わった。
いったい島にはスタッフが何人いるのだろう
ある程度片づけが終わり、あとは乾くのを待つばかりとなったので、再度島を散策してみることにした。
木々や草花が溢れる島内を散策しているとそこかしこで生き物が見られる。

チェック模様のヒヨドリのような鳥、キノボリトカゲ、そして小型のカラス。民宿大城のおばさんがとても嫌いな大きなナメクジもいた。水納島で見るのと同じナメクジだった。
島内は清掃がキチンと行き届いていて、ほとんど裸足で過ごしていたけれどまったく問題ない。コテージの前や道の清掃もそれぞれ役割分担がなされていて、自分たちの責任範囲は完璧に掃除しているのである。
この役割分担もおもしろくて、中盤、積乱雲の下の強い風が吹いた翌朝などは道にヤシの葉っぱが転がっていたりしたのだが、そこの係ではないスタッフはかたくなにその葉っぱを拾わなかった。そばを通っているんだから仕事しろよ、とも思ったものの、役割分担があるからこそみんな無理なく過ごしているに違いない。そうでもなければ、一人だけ異常にきれい好きがいたりしてどこもかしこも掃除していたらとても身が保たないだろう。

役割分担が細かいのだろう、いったい島には何人のスタッフがいるのやら。一人一人はけっしてしんどくないに違いない。人件費が安いと大金持ちにはならないけれど、みんなが仕事にありつけるし、仕事自体も楽しくなりそうである。リストラリストラって騒いでいる日本も、みんなの賃金を低くしてしまえば多くの人が楽しく仕事できるかもしれない。
もちろん、そうなると海外旅行なんて夢になるけどね。
コテージの前を歩きながら気づいたのだけれど、コテージを建てる際にヤシの木が屋根にさしかかるような場所は、屋根のほうを凹ましてヤシの木をそのまま生えさせているのだ。
昨年行ったハワイでも、このように、建物よりももともと生えている木々を優先させているケースが目についた。こういうところにその国、その地方、その人々の思想性が滲み出るのである。今の日本人には真似できまい。
殺虫剤には閉口したが、この屋根を見ただけで偉いぞヴィラメンドゥ!と思った。
やっぱりピーターはいいヤツだった
夕食前にフロントにて精算である。
ルームサービスやダイビングフィーはチェックアウト前日の夕方に行うことになっているのだ。
精算しよう、と思ったその時、ハタと思い当たった。
さっきダイブサービスで真紀さんがフロントにまわす請求書の確認をしてくれたとき、たしかボートは6本なので8ドル×6回でお一人48ドルであってますね?……って言っていたよなぁ。
いちいち確認をとってくれたのに僕はいいコンコロモチになっていて、うわの空で聞いていたのだ。それでもなんとなく48という数字を見た記憶がある。我々は4回しかボートに乗っていないから、その数字は32でないとおかしい。
これではせっかく浮いた本日分のダイビングフィーが元も子もなくなってしまう。

急いでダイブセンターまで行くと、困ったことに真紀さんはいなかった。
中に声をかけてみると、おいおいおい、出てきたのはよりによって新人ピーターであった(写真右。ちなみに黒いのがハシブー)。
しかし彼、海中ではスチャラカポンぶりを発揮してくれたけれど、なかなか親切なノリノリボーイなのである。
つたない英語を何とか聞き分けてくれ、担当者がいないのでとにかく一緒にフロントに行こう、と言ってフロントまで同行してくれた。
道中、明日帰る、時が過ぎるのは早い、というと、何日いた?一週間?う〜んそれじゃ短いよ、と言うので、よし、次に来るときは一ヶ月滞在する、と答えたら、おー、そうだそうだ、一ヶ月いると良い、と笑っていた。相変わらずノリがいい。
彼はその後フロントに掛け合ってくれ、そしてしかるのちに本来の担当者を呼んできてくれたのである。
当然ながら請求額は下方修正され、酒代はやたら多かったが精算は事なきを得たのであった。
ありがとう!ピーター!!
花・花・花……なは、なは、なははははは……
さあ、いよいよラストディナーである。
滞在中、各テーブルを見ていたから知ってはいたけれど、最後の夜はテーブルがド派手に飾られるのである。
僕らだけ忘れられていたりして、なんて冗談を言っていたが、テーブルは見事に大量のブーゲンビリアで満ちあふれていた。

このテーブル、どこに皿を置くねん、と思わずつっこみたくなるようなにぎやかさ。花を愛する南国リゾートの真骨頂!である。
ニョキニョキとオブジェのように立っているのはすべてナプキンを工夫したもので、中にはかわいく靴状になっているものもあった。
折り紙王国日本人としては、この靴は是非とも覚えたい。
食べるためにせっかくのデコレーションをある程度片付けた後、靴状のナプキンを分解して試行錯誤していると、すかさずシャフィーがやってきて折りナプキン講座が始まった。
さすがのバカ脳でもコイツはさすがにおもしろかったのですぐに覚えた。興味のある方はこちらをご覧ください。
……ってリンクを貼って説明しようと思ったんだけど、絵や写真で説明するのが困難なので、興味のある方は直接うちに来てください(笑)
※2010年追記……あれから10年経って、すっかり忘れました(涙)。
さあ、ラストナイトだ。当然飲まなければなるまい。
しかも思いがけずダイビングフィーが浮いている。ここは贅沢にワインといこうではないか。
ノリノリのうちの奥さんが、シャフィーに
「ワインね。ボトルね」と伝えた。彼は即座に持ってきてくれた。あれ?ワインリストもらってないのに……?
なんとシャフィーはグラスワインとミネラルウォーターのボトルを持ってきたのだ!
たしかになぁ。あの言い方じゃ無理ないか。
違うよシャフィー、ワインをボトルで頼みたいんだよぉ、と言うと、え?また一本飲むの?というオドロキの顔と、プロとして沽券にかかわるミスを犯したの?俺……という顔がない交ぜになっていたシャフィーであった。
この場合、まあいいや、このグラスワインは君飲んで、と言えないところがイスラム国家のつらいところである。仕方ないので、グラスワインも水も全部飲むからノープロブレムよ!ということにした。水はどっちみち頼むつもりだったのだ。
水納島はモルディブである?

昨晩は彼の身の上を聞いたので、今晩は話のタネついでにシャフィーにうちのパンフレットを渡し、ここに我々は住んでいるんだ、と言った。すると彼は
「いいや、何を言っているんだ、これはモルディブじゃないか!!」
と言いだした。別のウェイターもやって来て、
「これはモルディブだ!」
と力強く断言した。
そこまで力強く断言されると、あれ?モルディブだったっけ??て本気で悩みかけたがそんなはずはない。
まさかそこまで信じてくれないとは思っていなかったので、僕も頑張ってモルディブではないことを力説した。ほら、ヤシの木がないでしょう?
そういうと今度はパンフレットの細部を見始めて、一つ一つの写真を見ながら
「これはモルディブ、これは違う、これはモルディブ……」
と勝手に決めていった。
これもひとえに沖縄の知名度の低さのせいである。
レストランのウェイターといえば、各国のゲストとトークをするので庭仕事をしているスタッフより圧倒的に世界に詳しい。あるウェイターは僕らに「オッハー」と言って挨拶していたくらいだ。にもかかわらず沖縄という日本の一地方を彼らは知らない。
あれだけサミットサミットと騒ぎ、沖縄から世界に情報を発信!とかなんとか言っていたのに、世界から見ればやっぱりこの程度なのである。
ちなみに彼らは台湾は知っていて、その近くである、と伝えるとだいたい場所がわかったようだった。
いずれにしても 、本当に僕らがそこに住んでいるのだということをようやく納得してくれた彼であったが、なぜこういうところからわざわざ来るのか、というのが不思議でならなかったようである。
それはね、シャフィーさん、この島では僕らは働く。モルディブでは遊ぶのよ。
というと、ようやく理解してくれたようであった。
一ヶ月の休み、もし奇跡的に沖縄へ来ることができたなら、是非おいでシャフィー。7月だったら今度は君がゲストで僕らがサービスする側だ、と言って笑いあった。
最後の夜でもあり、明日はダイビングの予定がないこともあって、うちの奥さんはノリノリであった。
実はこの時、僕の胃腸は嵐の前の静けさ状態というか、なんかこの先崩壊しそうな気配の今日この頃、という感じで不調だったため、頼んだ白ワインのほとんどはうちの奥さんが飲んでいたはずである。嵐が来るとどうなるか、ということは痛いほど知っているので、さすがに自制が働いたのだった。
それだけ飲めばさすがに酔っぱらうだろう。うちの奥さんはなんだか随分心地よくなっていた。
水納島とそっくりなモルディブで、どうやら生活まで水納島とそっくりになっていた。
ちなみに、滞在中、突然うちの奥さんは理解してしまった。
「そうか、水納島でのだんなの生活はこうだったんだねー」
バレてしまった。おかげで月に一度はモルディブデーを設けることになってしまいそうである。
え?何をするかって?
他でもない。家事の一切を僕がやるのだ。
花 〜すべてのベッドに花を〜

部屋に戻ると、なんとベッドまで見事に花々で彩られていたので驚いた。さすがに他人の部屋をのぞけないのでベッドのことまでは知らなかったのだ。
昼と夜の2回ベッドメーキングをしてくれることは以前にも述べたが、毎夜一工夫したシーツの折り方がなされてあって、なかなかアーティスティックなベッドになっていたのである。今夜はそれに加えて花々の競演。心憎いばかりの演出ではないか。
リゾートとして我々が見習うべき点の多いヴィラメンドゥではあるが、こればっかりは水納島では不可能だろうなぁ。だって、民宿大城でこんな演出があったらみなさんひっくり返るでしょ?
外に出てみると、夜風が涼しい。
空にはきれいな月がポッカリ顔を出していた。
輪郭がハッキリした月を見るのは、久しぶりである。
最後だから名残を惜しんで月夜の浜に出てみた。
都会人はすでに忘れてしまっているけれど、月というのは相当に明るい。特に光源が月しかないところにいると、その明るさを実感せずにはいられない。
よく、文明以前の人類は暗闇の中うごめくように夜を過ごしていたと想像されがちだがとんでもない誤解である。電気もガス灯もたき火も無くても、月明かりでバレーボールくらいならかっ飛ばせるほど充分明るいのである。新月ともなれば多少は暗くなるだろうが、星明かりだってなかなかのものだ。人工灯がない生活を哀れむ前に、星々の明るさを知らない自らを哀れむべきであろう。
沖にはヨットが停泊している。
水面に映えるマストの灯りが、いつまでも波間に揺らめいていた。 |