2・4000年の秘技

 行き先も予定も決まり、さあいよいよ出発という段になって、僕はひとつ是非とも解決しておきたい懸念事項を抱えていた。

 肩が……………………………痛い。

 どうにもこうにもなんともならない…というほどひどいわけではないのだけれど、これってこのまま放っておくと、いわゆるひとつの「四十肩」とかいうヤツ??って感じの、きっと年齢的衰えからきているのであろう違和感プラス痛みが、数ヶ月前からずっと左肩にのしかかっていた。

 普通にしていればな〜んともないのに、たとえばタンクを持ち運ぶような動作をすると、左肩外側の筋肉がピリリッと痛くて、力が入らないのだ。
 また、座椅子に腰掛けて頭の上で手を組んだ姿勢でしばらくじっとしていると、何気に左手を下ろそうとするとピキッと固まっていて、動かすときにこれまた刺すような痛みが。
 そのほか、腕立て伏せではなんともないのに、懸垂をしようとすると肩に痛みが走ったり、うつぶせ姿勢で読書をしているとき、左腕付け根付近がなんだか血圧測定のバンドの圧迫を受けているかのようなへんなツッパリ感があるといったような、どうにもスッキリしない状態がず―――っと続いているのである。
 それだけならまだしも、ついには痛さのあまり力が入らず、前ファスナーのウェットスーツを自力で脱げないまでになってしまった。
 かなりやばい……。

 このうえさらに寒いところに行ったら、病状はすぐさま悪化し、取り返しのつかない四十肩フルコースに突入してしまうのではなかろうか。

 聞くところによると、四十肩五十肩と呼ばれるその症状は、ひとたび発症するとなかなか治らないという。痩せても枯れても肉体労働者である僕としては、それだけはなんとしても避けたかった。

 ここはひとつ………………いっちょ揉んでもらうしかない!!

 そう、我らがなちゅらる院長の治療院ナチュラルで!! 

 友人がその専門家であるということが、こういうときほどありがたいと思うことはない。
 これまでは疲れを取るために軽く揉んでもらったことが2度ほどあった程度だったけれど、今こそ、なちゅらる院長のその技術を、腕を、経験を、僕の肩は欲しているのだ。

 というわけで、2月2日朝一の便で島を発ち、最初の目的地である治療院ナチュラルに到着。本日開院早々の第一号の客……じゃなかった、患者である。
 院長、いっちょ揉んでやってください!!

 患部だけでなく、全体のバランスを考えて施術に入る院長。
 この、鍼灸&マッサージ用のうつぶせ可能ベッドに寝ながらマッサージされると、ホントに気持ちいいんだよなぁ……。

 最近の病院ではインフォームド・コンセントとかいうヤツで、患者に情報を十分に提供したうえで合意を得るということが義務付けられているというが、はたして僕の豆腐頭で医者の言うおそらく何語かすらわからないであろうカタカナだらけの説明を理解できるのかどうかはなはだ疑問だ。そもそもインフォームド・コンセントという言葉の意味からしてわけがわからん。

 その点、なちゅらる院長は一味違う。
 飲んでいるときとさして変わらぬ話をしつつも、じわりじわりと核心に触れていくマッサージ。患部の状態の説明も、僕の豆腐頭でもちゃんと理解できるように教えてくれるので、自分の肩周辺の現状がイメージとして頭に入ってくる。

 そして!!
 途中、院長が言った。

 「じゃ、ちょっと試しに動かしてみましょうか」

 ベッドに腰かけ、痛みを伴うはずの動きを腕にさせてみた。
 ところが!!

 なんと、まったく痛くない!!
 麻酔されたわけでもなく、なにかでごまかされているわけでもなく、今朝までずっと痛みを伴っていた腕の動きをしても、まったく痛くないのである。

 も…………もしかして。
 もしかして院長って…………………………………

 マギー審司だったの??

 あ、違った、

 名医だったの!?

 治療院ナチュラル開院4年目にして初めて知るこの事実!!

 ………いや、だから、疑ってたわけじゃないんですってば。
 僕はこれまで、どこかが痛くなって院長のお世話になったことがないから、「気持ちいい……」以外の感想を抱いたことがなかったのだ。
 今回初めて施術によって痛みが消えたという体験を味わったのである。

 虫歯が痛くてどうしようもないときにバファリンを飲んだら、30分後には痛くなくなった……というのを初めて味わった子供の頃の、あの不思議的体験と似ている。

 豆腐頭でも理解できる説明、そして実際に痛くなくなってしまったこの施術。
 そうしてさらに、肩の状態がもっと良くなるであろう方法についての院長のインフォームド・コンセントが。

 ………僕はまんまと院長の術中にはまってしまった。
 そう、ついに「合意」してしまったのだ。
 人生初の体験に。
 生まれて初めて、鍼を打たれてしまったのである!!

 
四十にして刺す!!

 とはいえ、もうそれまでの経過で院長に対しては全幅の信頼をおいているから、左の写真の僕などは余裕のよっちゃん(死語?)。しかし、それもまた院長のテクニックだったのだ。
 鍼に対して恐怖心を抱いている人向けへのテクニックがちゃ〜んとあるのである。

 それにまんまと乗せられて、軽くではあるけれど「効く」という方法もやってもらった。これがまた、なんというか、筋肉にズンズンと来る。
 痛重い不思議な感覚………。
 初めてなので一度だけにしてくれたけど、なんだかクセになる後味があった。

 院長が鍼灸医を目指していた頃も鍼灸医になって以降も、僕は頑なに試し打ち…いや、施術を拒絶していたというのに、ついに体験してしまった。

 でもそのおかげで!!

 まるで魔法にかかったかのように、左肩の痛みが取れてしまった。
 院長によれば、時間が経てばまた痛み始める可能性が高いということだったけれど、わかりやすい説明のおかげで、肩のどこの筋肉を揉みほぐしてやればそれが緩和されるかということがわかったので、たとえぶり返したとしても、原因不明だった今までと違い、頭で理解できているから安心だ。

 ちなみに、院長マジックを受けてからひと月近く日経っている今、その後も自分でモミモミを続けているのが功を奏しているのか、それ以前のような「やな感じ」はまったくない。うつ伏せで本を読んでも、重いものを左手で持ち上げても、懸垂しても、痛みはほぼなくなってしまった。

 うーむ……さすがは中国4000年の秘技。
 そして…………
 もう一度言おう。

 なちゅらる院長は名医である。

 さあ、これを読んで院長マジックを受けたくなってしまったみなさん、詳しくはこちらをご覧ください!!

 鍼を打ったら現役を引退せねばならない、という発言で物議を醸したのは選手時代の江川卓だったけれど、僕は鍼を打たねば危うく減益になるところだった。
 院長に感謝。
 さあて、唯一の懸念事項だった肩の痛みも取れたことだし、心晴れやかに大阪へ出発しよう!!

 

 ……………とはならない。
 だって、出発は翌日なんだもの。
 那覇〜関空の1万円チケットは、朝一で島を発っても間に合わない時刻発の便しかないのだ。
 え?夫婦で一泊する料金と伊丹〜実家と関空〜実家の差額を考えれば、1万円より多少高くても、伊丹着の便でいいじゃないかって??

 飛行機はなるべく安く乗りたいじゃないですか………。
 手間がかかって同じ額、もしくは多少高くついたとしても、飛行機代は1万円!!というのがなんとも心地いいのだ。

 というわけで、午前中に院長のお世話になったこの日は、午後た〜っぷり時間がある。
 つまり………

 まだまだ旅は始まらないのであった。