20・京都探訪〜知られざる甘味〜

 知られざる京都を案内し続けてくれるがんばるオジサンは、夕食も考えてくれていた。
 京都の夜というのも非常に惹かれるものがある。
 とはいえ、寄る年波の両親の残り少ないエネルギーを考えると、あまり帰宅時間を遅くするわけにもいかない。

 それならば、とがんばるオジサンが最後に案内してくれたのが、ここ。

 ご存知虎屋。

 え?皇室御用達の虎屋って、東京にあるんじゃないの??

 その考えは虎屋の羊羹なみに甘い。
 虎屋の皇室御用達の歴史はどえらく長いのである。
 驚くなかれ、なんとその歴史は豊臣秀吉全盛の頃までさかのぼるのだ。創業ともなれば、ひょっとすると織田信長が生まれるよりも以前かもしれない。
 京都サロンの文化人金森宗和たちも、茶とともにこの虎屋の菓子を堪能していたに違いない。

 その後明治になって天皇家が東下されたので、それにともなって御用達の虎屋も東京に店を出したのである。
 東京遷都によって京都のセレブ系御用達業界はことごとく衰退の憂き目にあったなか、虎屋はより一層の飛躍を果たしている。

 そんな虎屋には菓子販売店舗だけではなく、虎屋菓寮というなんとも雅な名の喫茶店舗もあって、ここはそのひとつ、京都御苑にほど近い一条烏丸の京都店。

 まぁつまりは甘味処だ。
 ここで僕たちがいただいたのがこれ。

 粟ぜんざい。
 これがもうあなた、さすが皇室御用達、

 激うまッ!!

 甘すぎずあっさりしすぎないあんこが、五穀豊穣の大地の香りをたたえたきつね色の粟餅に乗っている。この粟餅がまた絶妙の食感で、箸でほどよく切り取れるほどの軟らかさでありながら、餅としてのコシをしっかり残した存在感。餡とともにそれを口の中に入れた途端……………

 ああ……思い出しただけで涎の失禁状態だ。

 こういうのって、欧米人には絶対に作れないな。

 あまりの美味さに、みな一心不乱に食べていた。


一心不乱に食べる我々一同を、
(そないに一生懸命食べんでも………)
と思いつつ呆然と見つめるがんばるオジサン。

 これで極上の抹茶があったら最高だったなぁ……!

 ひとしきり甘味が脳天に満ち溢れたら、心に余裕が出てくる我々。
 目の色を変えて食べていた姿はどこ吹く風、柄にもなく漆器などを観賞し始めた。
 すると、みな同じように見えたこの漆器、モノによっては裏に落款が刻印されているものがあった。

 ひょっとしてこれって…………………

 アタリってこと??

 ココは駄菓子屋か!!
 まさか皇室御用達の菓子が当たりつきのはずはない。はてさて、この刻印はなんと書かれてあるのだろうか。

 「虎屋って書いてあるんですかね??」

 「なんや、象って書いてあるような気もするで」

 「最後のは灯篭のマークなんじゃない?」

 などと各自好き勝手なことをいいながら、どうやら最初の字は象であるらしいことがわかりつつあった。
 そのとき、なにやら言いたくてウズウズしているかのような人の気配を背後に察知。
 ウェイトレスのオネーチャンだった。

 かわいいオネーチャンと見るや、すかさず京都案内人がんばるオジサンが尋ねた。
 すると……

 「象彦って書いてあります」

 オネーチャンは「あー、スッとした!!」とばかりに優しく教えてくれた。
 象彦という、漆器職人のアーティスト名が刻印されていたのである。
 誰だ、灯篭のマークって言ってたのは!!<うちの奥さんであるのはいうまでもない。

 ついに判明し、誰よりも喜んだのはがんばるオジサンだった。

 「アハハ、虎屋で象彦とはこれいかに!!」

 数々の知られざる京都を案内してくださり、最後には極上のデザートまで堪能させてくれたがんばるオジサン、やはり最後はオヤジギャグで締めくくり……。

 しかしそこは京都市民歴半世紀の彼である、ちゃんとお口直しが用意されてあった。
 なんと、島に送ろうにも日持ちがしなくて送れずにいたんやけど、手渡しなら安心やから、と、阪急烏丸駅近くでの別れ際に、とあるお菓子をくださったのだ。

 そうしてボルボは、暮れなずむ京都の街中を颯爽と……混雑にまぎれつつ……去っていった。
 がんばるオジサン、ありがとうございます!!
 そしてがんばるオクサマ、だんな様の貸し出しありがとうございます!!
 このご恩は次回ご来島の際に!!<またお腹に落書きしますから!!

 

 夕陽を観賞しながら電車に揺られ、実家に帰りついた我々は、食後のデザートにそのお菓子をさっそくいただいた。
 これまた知る人ぞ知る………というよりも、知らなかったのは我々田舎モノだけで、スイーツブームの昨今、日本中で知らぬ人とていないという京銘菓、阿闍梨餅(あじゃりもち)である。

 「満月」という名のお店が作っているそうなのだが、このお店では、一子相伝の北斗神拳もビックリの「一餡一菓子」という厳しい掟を自らに課しているという。
 一種類の餡からは、一種類の菓子しか作らないというのである。

 そんなこだわりが品質の高さを生み出し、やがては誰もが愛する味となったのだろう。今や、八ツ橋を遥かに凌ぐ知名度というからすごい。

 そんな京名物中の京名物を初体験!! 

 これがまた…………。

 美味いッ!!

 この「皮」の食感!!
 和風クレープのような…と言ってしまうと品下がってしまうけど、ホントにクレープのように薄いくせに、餡とともにいただくと、えもいわれぬ食感が舌の甘味神経を共振させるのだ。

 おそるべし阿闍梨餅、おそるべし古都京都!!

 この阿闍梨餅の残りは当然沖縄まで持って帰り(←せこいッ!!)、帰宅後我が家でもたっぷり堪能した。

 象彦の漆器とはいかないけれど、琉球漆器と古都京都の和菓子とのコラボレーションである。
 帰宅後数日のティータイムは天国だった………。<遠い目をしている。

 沖縄でも京都物産展はしょっちゅうやっている。
 でも、わざわざ島を出てまでして京都物産展ってのもなぁ…という程度のものでしかなかったのだけれど、京といえば阿闍梨餅というからには、この阿闍梨餅がないはずはない!!

 次回こっそり行ってこようっと。