水納島の魚たち

ハナビラクマノミ

全長 7cm

 ハナビラクマノミが住処にするイソギンチャクは、シライトイソギンチャクとセンジュイソギンチャクの2種類が一般的だ。

 前者はクマノミと、後者はカクレクマノミと共通している。

 カクレクマノミとハナビラクマノミが同居することはないのに対し(幼魚がほぼ同時に住み着き、短期間だけ同居することはあるけど、やがて雌雄を決する日が来てどちらか一方だけになる)、クマノミが棲んでいるシライトイソギンチャクにハナビラクマノミも住んでいる、というケースは多い。

 このハナビラクマノミという名前は、おそらくシライトイソギンチャクで暮らしている者を基に名付けられたのだろう。

 シライトイソギンチャクで暮らすハナビラクマノミは、まさにその名のとおりの風情がある。

 その姿は、風に散るひとひらの花弁。

 それに対しセンジュに住むハナビラは、その体色から「花びら」を連想するのはムツカシイ。

 濃い色をしたその姿は、花びらというよりも、なんだかもっと力強そうに見える。

 もっとも、同じシライトイソギンチャクで暮らしているハナビラでも、ハナビラクマノミだけで暮らしているものたちのほうが、クマノミと同居しているものよりも体色はやや濃い目。

 また、同じセンジュイソギンチャクで暮らしてはいても、色が濃いのはペアになっている2匹だけで、その他は薄い、ということもある。

 この写真では、両端が夫婦で、真ん中が同居人。

 同居人は、出過ぎたマネをするともっぱらメスに虐げられはするけれど、イソギンチャク内の場所はわりと幅広く使えるようで、目立たない限り不自由はしていなさそうに見える。

 ところで、水納島の岩場のポイントには、我々が水納島に越してきた年(1995年)から観察しているセンジュイソギンチャクがいる。

 当時すでに大きかったこのセンジュ、その後もグングン成長しており、5年前(2015年)の時点でこんな感じになっていた。

 サイズ比較のために添えてみたフィンはGULLのMEW(HARD)で、けっして子供用のオモチャのようなフィンではない。

 その後も成長を続けているから、現在はさらにでかくなっている。

 住処がでっかいからか、長生きすればするほどどんどんでかくなるものなのか、ここに住んでいるハナビラクマノミのカップルはやたらとでかい。

 25年前から同じメスなのかどうかは定かならないけれど(当時からメスはでかかった)、観察するようになって以後2度も3度も世代交代をしているわけではなさそうだから、幼魚時代から含めればもうかれこれ四半世紀は生きていると思われる巨大メス。

 上の写真で一緒に写っているオス(小さい方)でさえ普段観るハナビラと比べれば相当デカいのに、そのオスを軽く上回るサイズはたいそう迫力がある。

 ここを訪れる際には、ゲストに必ず

 ご長寿ハナビラ

 と紹介している。

 あまりにもメスが長寿なものだから、オスはどんなに大きくなってもオスのまま。

 そのためオスのまま老成するからか、他のハナビラクマノミのオスでは上下端に慎ましく繊細に入っているはずのオレンジラインが……

 ここのご長寿オスはくどいほどにクッキリハッキリしている。

 長寿の証なのだろうか? 

 ハタゴのハナビラ

 水納島でハナビラクマノミが観られるのは(おそらく他の多くの地域でも)、センジュとシライトの2種類のイソギンチャクのみ……

 …のはずなんだけど。

 どういうわけか水納島のとあるポイントには、ハタゴイソギンチャクに暮らしているハナビラクマノミたちがいる。

 写真には1匹しか見えないけど、実際はペアともう1、2匹のハナビラが暮らしている。 

 すぐ近くにいくらでもシライトイソギンチャクがある環境だから、やむにやまれずというわけではないらしい。

 かといってたまたまこの時だけここにいたわけではなく、かれこれ20年近く、ずっとこのハタゴイソギンチャクで暮らしている。

 ハタゴイソギンチャクといえば、水納島ではカクレクマノミが住処にするくらいで、他のクマノミが棲んでいるのはここくらいのもの。

 また、ハタゴイソギンチャクが観られるのは、潮が引くと波打ち際になるくらいの浅いところからせいぜいリーフエッジくらいまでで、このハタゴのように水深20m付近にいるものは他に観たことがない。

 浮遊生活を終えるクマノミ類のチビチビたちは、イソギンチャク自身が発している誘引物質を頼りに各イソギンチャクにたどり着く、と説明されている。

 であれば、このハタゴイソギンチャクは、なにか特殊なハナビラ専用誘引物質を出しているのだろうか。

 ここでハナビラたちが暮らしているのは、ひょんなことからたまたま偶然というわけではなさそうなのは、毎年のようにチビチビがたどり着いていることを観ても明らかだ。

 ハタゴイソギンチャクの短い触手と比べると、↓この程度のサイズでしかないチビチビ。

 実寸にして、1cmにも満たないチビターレだ。

 浮遊生活を送っていたはずのチビチビがこうしてほぼ毎年たどり着くってことは、ハタゴイソギンチャクが誘引しているのか、それとも住人のハナビラ自身が招き寄せる何かを持っているのか。

 と疑問が尽きないところで、ふと思ったことが。

 このハタゴで暮らすペアも、水温が温かい間は何度も産卵を繰り返す。

 イソギンチャク自体がピンク色で美しく、写真映えすることもあってちょくちょく立ち寄るので、卵をケアしている様子を目にする機会も多い。

 体格差の関係だろう、クマノミやハマクマノミに比べると一度に産む卵の量は少ないように見える。

 また、産みたての卵の色は、ハナビラクマノミ場合は白っぽい。

 クマノミ類の卵の色は、親の体の色に相応しているらしい。

 さて、こうしてハタゴの住人たちがセッセと卵の世話をしているのを観ているうちに、ふと思ったことはというと……

 クマノミ類のチビチビが送る浮遊生活って、いったいどのあたりまで「浮遊」しているのだろう?

 ひょっとして、卵から孵化した場所からさほど遠くない、それどころかすぐ近くにいるだけで浮遊期間を済ましてる子もいる……っていうことはないんだろうか。

 それだったら、例外的にこのハタゴイソギンチャクに毎年チビが観られる理由がわかる気がする。

 ハナビラクマノミが棲んでいるハタゴイソギンチャクがボコボコ観られる海……がありましたら、ぜひぜひご一報くださいませ。