水納島の魚たち

ヘリゴイシウツボ

全長 80cm

 ウツボの「凶悪」イメージの払拭のため、ハナヒゲウツボゼブラウツボサビウツボといった面々がどれほど頑張っても、この顔を見られてしまってはどうしようもない。

 なんといっても3列に並ぶこのスルドイ歯。

 正面から見るとわかりづらいけど、1本1本がやけに長く見える。

 ヘリゴイシウツボは、なにもそこまで剥き出しにしなくてもいいじゃない、というくらいに「クウァッ」と口を開き、ズラリと並ぶ鋭い歯を惜しげも無く顕わにする。

 知らない人が見たら、2mくらいの距離などものともせず飛びかかってくるのでは……、と不安になってしまうかもしれない。

 けれど実際の彼は、この凶相に似合わずいたって穏やかな性格で、静かに暮らしている(あくまでもダイバーにとって)。

 露出度だって、他のウツボたちに比べたら相当低く、せいぜい岩陰から顔だけそおっとのぞかせているに過ぎない。

 それどころか、何がどうしちゃったのか、砂から顔だけ出している子もいた。

 これを撮った時はなんでこのようになったか見当がついたような記憶があるのだけど、すみません、すっかり忘れてしまいました…。

 それにしてもヘリゴイシウツボ、ガマンしすぎなんじゃ??

 トンガリホタテウミヘビにでもなりたかったのだろうか。

 たまに体も見えていることがあり、顔周辺の色とは違って白っぽく、なんちゃって碁石模様であることがよくわかる。

 ゴマウツボなどに比べると2周りほど小さいヘリゴイシウツボは、小魚がたくさん舞い踊る砂地の根に居座っていることはまずなく、一抱えほどの岩や、ヒトが片手で簡単にひっくり返せそうなほどの平たい死サンゴの下にいることが多い。

 そんな岩陰から、本人としてはおずおずと覗かせている顔がこんな顔なのだから、彼もけっこうつらい人生を送っていることだろう。

 その昔、本島から水納島にやってくるダイビングボートが数えるほども無かった頃は、このヘリゴイシウツボに出会う機会はたびたびあり、いつでも出会えるウツボというイメージだった。

 生息場所が似通っているため、ときにはこういうシーンも。

 ところが最近は、サビウツボは変わらず多いけれど、ヘリゴイシウツボには出会った記憶がほとんどない。

 彼らが隠れ家にしている板状死サンゴ岩といえば、エビカニ変態社会人の格好の標的でもある。

 おどおどしつつも静かに過ごしている彼の隠れ家は、ひっきりなしにやってくる変態社会人たちにたびたびひっぺ返されていることだろう。

 そんなところに落ち着いて暮らしていられようはずはなし、ヘリゴイシウツボは安寧なるブルーヘブンを求め、遠く旅立っていったのかもしれない。