水納島の魚たち

イナズマタテガミカエルウオ

全長 12cm

 イナズマタテガミカエルウオは、小笠原の海ではわりとフツーに出会えるという話を聞いたことがあるけれど、沖縄ではけっこう稀な存在だ。

 その主分布域は中部太平洋寄りのようだから、太平洋の西の端になる沖縄地方は、そういう魚たちにとっては、いわば辺境になってしまうのだ。

 お魚を覚え始めたばかりのダイバーは、まだそういうことをあまり深く考えないということもあり、お魚図鑑をパラパラとめくっては、沖縄ではまず観られないような魚であっても、「この魚はいますか?」と実に素朴に訊ねたりする。

 このイナズマタテガミカエルウオとの出会いは、実はそんなゲストの素朴な質問のおかげといっていい。

 それまでイナズマタテガミカエルウオなんて目にしたことはなかったし、生息分布的に水納島ではまず観られないと思っていたから、「イナズマタテガミカエルウオっていますか?」と問うゲストに対し、まず無理というニュアンスを込めて「レアです」とお応えしたワタシである。

 ところが。

 その質問が頭に残っていたため、翌日以降のダイビングで、リーフ上で観られる黒いカエルウオたちが気になり始めた。

 ところで、ミノカエルウオアミメミノカエルウオなど、リーフ上にいるこのテの黒いカエルウオたちは、極めてつれない子が多い。

 そこかしこでヒョコッとたたずんでいるくせに、注意を向けるとすかさず逃げてしまうのだ。

 そのため普段は、彼らそのものが目当てでもないかぎり、じっくりお付き合いをしようなんて気にはまったくならない。

 しかしゲストから訊ねられたイナズマタテガミカエルウオのことが気になっていたことも手伝い、まさか居はしないだろうとは思いながらも、いつもよりは丁寧に黒いカエルウオを注視してみた。

 すると……

 ホントにイナズマタテガミカエルウオがいたのだった。

 …って、ハナ肇のような顔だけ見てもわかりづらいけれど、体を見せてくれれば一目瞭然。

 独特の赤い模様を目にすれば、往年の木村健吾ならずとも、きっと一言つぶやくことになるだろう。

 「稲妻……。」

 ともかくも、水納島にもイナズマタテガミカエルウオが居た。

 ビックリ。

 素朴なご質問をいただいてから、ほんの数日後のことである。

 居るはずがないはずの魚を、図鑑上で気にしてくださったゲストのおかげだ。

 気にしだしたらいきなり発見、おまけに後日その近くにメスらしき別の個体も確認した。

 となれば、実は探せばそこらじゅうにいるギンポだったりして…

 と一時は思ったりもした。

 ところが、発見から1年近くほぼ同じ場所に居続けてくれたイナズマタテガミカエルウオだったのに、その後プッツリと消息は途絶え、以後再会をはたしてはいない。

 出会うまではあっけなかったものの、ひょっとすると最初で最後だったのかもしれない。

 ちなみに、発見時は8月のことで、それが冒頭の写真。

 その翌年の5月に撮った写真を見てみると……

 いささか体色が異なっている。

 赤色よりも緑を全面に押し出しているかのような配色は、ミノカエルウオの婚姻色に似ていなくもない。

 このテのカエルウオたちは5、6月に繁殖期を迎えているようで、少なくともミノカエルウオはその時期に婚姻色を発している。

 このイナズマタテガミカエルウオも、まさにこの時が恋の季節だったのかもしれない。

 追記(2022年12月)

 初遭遇から10年経った今年(2022年)の春、ようやく再会を果たすことができた。

 場所はずいぶん離れたところながらも同じようにリーフエッジ上で、立派なオトナサイズではあったのだけど、周辺に他個体の姿は無かった。

 だからだろうか、夏を迎える前には、早くも姿を消してしまった。

 再会はまた10年後?

 追記(2023年10月)

 再会の機会は、さっそく翌年(2023年)に訪れた。

 過去に出会っているイナズマ君はいずれもオトナサイズだったのに対し、この時出会った子はほんの5cmほどの若魚サイズ。

 夏くらいに出会えていれば、顔にしか赤い模様が無い2〜3センチのチビチビだったろうになぁ…

 …とは思いつつも、この赤い模様、ストロボを当てているからこそハッキリ見えているわけで、遠めから肉眼で見ると黒いカエルウオにしか見えない。

 実際この時もタテガミカエルウオとかミノカエルウオかなと思いながら、逃げる素振りを見せないから試しにとばかりカメラを向けたところ、ファインダー越しに見て初めて赤い模様が確認できたくらい。

 それが2〜3cmのチビチビとなると、とにかくミノカエルウオ系の黒いギンポを誰でも撮るくらいのことをしないと、存在に気づけないに違いない。

 若魚サイズでも人生最小級だったから、背ビレを立てている姿とか違うポーズとか、いろいろ撮りたかったのはやまやまながら、警戒心が強いこのテのギンポのこと、残り少ないエアーでは、そうは問屋が卸してはくれなかった。

 数日後にセカンドチャンスを求めてもう一度会いに行ってみたところ…

 …Gone。

 そんなに居場所をコロコロ変えるものなのかなぁ…。

 数日後、わずかな可能性を求めて懲りずに再訪してみたところ…

 …いた。

 前回姿を見せてくれていたところから1mほど離れたところに、チョコンと鎮座していたイナズマ君。

 5cmほどの頃のイナズマタテガミカエルウオって、背ビレ後縁から尾ビレが黄色〜オレンジでけっこう派手なんですね。

 今回はわりとおりこうさんで居てくれたおかげで、その派手さを余すところなく見せてもらえた。

 他のタテガミカエルウオ属の仲間たちに比べるとただでさえ南洋系カラーリングのイナズマタテガミカエルウオだというのに、そのうえ背ビレ後縁&尾ビレがオレンジとなれば、ますますエキゾチック…エキゾチック…エキゾチィィィック…

 ジャパ〜ンッ! by 郷ひろみ。