全長 8cm
カエルのような愛らしい顔で人気のアゴアマダイの仲間たちは、ジョーフィッシュという英名のほうが通りがいい。
水納島で見られるジョーフィッシュのうち、かつて和名が無かった頃はリングアイジョーフィッシュと英名で呼ばれていたメガネアゴアマダイは、すぐに引っ込んでなかなか出てきてくれないうえに、生息水深が深いからジッと待っていられない。
一方極小ジョーフィッシュは、ホバリングしてくれないかぎり、小さすぎて居場所がわからない。
そういう意味では両者とも、ゲストにご案内しづらい魚である。
ところが2005年に水納島デビューを果たしたジョーフィッシュは、ひと味違った。
先の両者と比べれば、やたらとフレンドリーなのである。
それもなまはんかなフレンドリーさではない。
当初慎重に接近していたのがバカバカしくなるくらい、カメラのポート面から3cmほどにまで近寄っても顔を引っ込めないこともあったほど。
このキャラクターは、ゲストをご案内するうえで大いに助かる。
その体色は黄色から茶色の間でいろいろバリエーションがあるようで、やがてこの黄色い個体の周囲で茶系の別の個体も見つかった。
これで水納島も、いつでもジョーフィッシュと会える海に……
…なっていたのはほんの数年間のことだった。
残念ながら彼らの生息場所は、爆裂台風など海上の荒天の影響で周囲の環境が一変するためか、数年ほど同じ場所で観られたのが最長で、他のほとんどの子は、ほどなくして姿を消してしまう。
ところで、わりと深いところにいるメガネアゴアマダイにはいつの間にやら立派な和名がついているというのに、それに比べれば遥かに浅いところで観られるこちらのジョー君には、依然として和名がつけられていない…
…と思っていたら、いつの間にやらホシカゲアゴアマダイという和名がつけられていた(2017年)。
我々の世代だとなんだかふと千昌夫の顔が思い浮かんでしまうビミョーな名前ながら、顔に散りばめられた白い斑紋をお星さまに見立てたものだそうな。
水納島の場合このホシカゲアゴアマダイは、各ポイントの水中ブイがくくりつけられている根があるような、ガレ場と砂底の境界付近といった浅いところがお気に入りだ(そのため爆裂台風後は住処ごと跡形も無くなっていることが多い)。
砂底じゃないと巣穴は掘れない。
かといって砂だけだと巣穴の周囲をこのように死サンゴ礫で整備できない。
なので、適度に死サンゴ礫がある砂底が住処にちょうどいいらしい。
でもパーフェクトな物件ばかりではないらしく、周囲に目ぼしい礫が見当たらない場合は、無理矢理にでも巣穴の周りを飾り付けようとする。
この子は随分小さかったから、ナガウニの棘くらいがちょうどいいのだろうか。
こうして巣穴の周囲に礫を整備しておいて、その中のお気に入りのひとつを穴のフタに利用する。
ジョーフィッシュと言われるだけあって、大きな口を開けて礫をくわえたまま、巣穴に戻って礫でフタをする。
ダイバーに馴れてはいるけれどいつまでも見つめられているのはイヤ、という子は、このようにすぐに礫をくわえて巣穴にフタをしてしまう。
そこで、フタになっている礫をのけて脇に置くと、人馴れしている子なら、平気で何度も繰り返してくれる。
おかげで、フタをするまでの一連の写真を撮ることも可能だ。
この子にはかなり遊ばせてもらった。
ダイバーをさほど恐れず、なおかつフタをすることにこだわりを見せる子であれば、フタとして愛用している礫をちょっと遠目に置いてみると……
身を乗り出して小石を咥える。
彼らの生活には、礫を楽々咥えられるような大きく開く大きな口が欠かせないのだ。
そのため、日々の口の運動を怠らない。
単にアクビをしているだけだろうけど…。
その大きな口は、礫を運ぶためだけではなかった。
彼らジョーフィッシュは、卵を口の中で守り育て、口から孵化させることでも知られている。
近年は孵化する日時を入念にリサーチし、ピンポイントでハッチアウトを撮影する変態社会人も増えているようで、ネット上では口から孵化したチビチビを放出するジョーフィッシュの決定的瞬間の写真が惜しげも無く披露されている。
残念ながらワタシは、ハッチアウトどころか卵が口に入っているところすら観たことはない。
卵は入っていなくとも、名も無きジョーのビッグマウス度合いは拝むことができた。
こんだけ口がでっかければ、卵はいくらでも収納できることだろう。