水納島の魚たち

カゴカキダイ

全長 15cm(写真は1cmほどの幼魚)

 水温が上昇の気配を見せ始める梅雨の時期になると、毎年桟橋脇にオヤビッチャロクセンスズメダイのチビターレが集まるようになる。

 当店のボートの陰を拠り所としているようだ。

 今年(2019年)も5月になって、いつもの年のようにオヤビッチャやロクセンスズメダイのチビたちが集まり始めていた。

 そのチビたちと一緒に……

 カゴカキダイのチビが泳いでいた!

 カゴカキダイといえば、その昔伊豆は大瀬崎で潜っていた頃にフツーに出会った魚だ。

 しかしサンゴ礁域では、そうそう観られる魚ではない。

 分布域は広いものの、基本的に温帯域に適応している魚なのだ。

 ところが30年ほど前に、本島北部海岸地域の海藻分布調査という、実にアカデミックな作業の補助員のアルバイト(つまり専門知識をお持ちの方のバディでいるだけでいい仕事)をした際、普段ダイビングでは訪れないような海の中をいろいろ覗いたことがある。

 その一環で羽地内海の浅いところを素潜りで泳ぎまくったところ、藻場にカゴカキダイのオトナたちが群れているのを見てたいそう驚いた。

 それも5匹10匹の話ではなく、50匹くらいの大群だ。

 同じ沖縄本島でも、ところ変われば品変わることをあらためて知ることとなった。

 水納島ではもちろんながら群れてはいないし、オトナはこれまで観たことがない。

 でもチビターレなら、過去に1、2度桟橋脇で観たことがあった。

 当時は色めき立ったたけでちゃんと記録に残すことができず、追い風参考記録(?)の悲しい存在で終わってしまったカゴカキダイ、今回ようやくこうして画像で紹介できる運びとなったのだった。

 1cmほどと激チビなので、しかもチョコマカチョコマカ泳ぐから肉眼では気づけないけれど、撮った写真を見るとなかなか可愛らしい顔をしている。

 ところで、このチビターレがもっと成長すると、チョウチョウウオ類にとっても似た形の魚になる。

 それもあって、昔はチョウチョウウオ科の1種とされていたこともあるほどだ。

 しかしカゴカキダイは稚魚時代にトリクティス幼生時代を経ないという、チョウチョウウオ科魚類とは決定的に異なる成長過程を見せるため、やがて仲間外れにされてしまった。

 ではカゴカキダイはいったい何の仲間なのか。

 実は、イスズミやメジナと近縁なのだそうな。

 メジナといえば、知る人ぞ知る美味い魚。その仲間ということは…

 なんとこのカゴカキダイも、近年いよいよその実力が知られるところとなり、高級魚路線一直線らしい(まとまって漁獲されないためという理由もある)。

 オトナになってもせいぜい12〜13cmくらいかと思っていたら、20cmほどにもなるというカゴカキダイ。

 絶品というその刺身、一度賞味してみたいところながら、1cmほどのチビターレが関の山の水納島では、おそらく一生望めそうにないのだった。

 追記(2022年5月)

 今春(2022年)オタマサが桟橋脇でタカノハダイのチビを発見した際、実はカゴカキダイのチビターレにも出会っていた。

 1cmにも満たないほどの激チビターレだ。

 その数日前にオタマサが最初に気がついた時にはもっと透明感があったというから(カゴカキダイだという確信が持てなかったらしい)、浮遊生活を終えた直後くらいだったのかもしれない。

 体色の濃淡はわりと自由に変えられるようで、海底でジッとするときは濃くなって、ワラワラ泳いでいるときは薄くなっていたらしい。

 過去に出会ったカゴカキダイはいずれの場合もロンリーオンリーだったのだけど、今回は…

 スリーアミーゴズ♪

 「三匹の子豚」のように、1匹、また1匹とオオカミに食べられ、優れたものだけが生き残るのか、それとも「サボテン・ブラザース」のように3人力を合わせてサバイバルするのか。

 オトナのカゴカキダイにはもう随分長い間会ってないなぁ…。

 追記(2024年6月)

 今年(2024年)3月、1年で最も水温が低い時期に桟橋脇を潜っていたオタマサは、カゴカキダイチビターレたちの団体様と遭遇した。

 上の写真のなかの最も大きいチビチビで1cmほどで、他はそれよりもずっと小さく模様の出方もまだ薄いチビターレだ。

 全部で8〜9匹ほどいたチビターレをすべて画面内に納めることはできなかったようながら…

 …圧倒的過去最多記録だ。

 このあたりにカゴカキダイのチビチビが現れると、たいていオヤビッチャなどのチビターレに混じって…というパターンなのに、まだオヤビッチャのチビチビが集まり始めるには早い時期ということもあって、今回は立場が逆転していた。

 肩身の狭そうなオヤビッチャなんて、初めて見たかも…。

 そんなキンダガーデンカゴカキダイたち、せめてひと月くらい同じ場所に居てくれれば…と言いたいところながら、なにしろ彼らがいるところといったら…

 …砂底から水面まで20センチそこそこの激浅波打ち際。

 こんなところでカゴカキダイが長居できるはずもなし、一週間後には全員Goneとなっていた。

 希少な出会いは、風とともに去りゆくのである。