全長 7cm
水納島の場合、夏の海を彩る小魚の群れといえば、スカシテンジクダイとキンメモドキが双璧をなしている。
ところが、2013年の春のこと。
前年秋の爆裂台風によってボートが転覆してしまい、(ボートが)長期入院生活を強いられてしまったため、4月にボートが復活したときは、久しぶりのリーフの外でのダイビングだった。
すると、毎シーズンしばしば訪れている根に、パッと見はキンメモドキの若魚に見える群れが、突如として湧いていた。
しかもその数が半端ではない。
群れている1匹1匹の密接具合は通勤時間帯の山手線車内のようで、群れ方はスカシテンジクダイよりもキンメモドキに近い。
なのでキンメモドキの親戚かな?と近寄って見てみると、それはキンメモドキではなく、それまで目にしたことがない魚たちだった。
テンジクダイ類っぽい。
スカシテンジクダイほどではないにしろ、その体はほぼスケルトン。
尾ビレにうっすらとついているスジ模様を頼りに図鑑で調べてみたところ、この魚はその名もクロスジスカシテンジクダイだった。
当時利用した図鑑によると、「日本では稀」とか「スカシテンジクダイに混じる」とある。
でも………こんなに群れてるんですけど。
その根にいるスカシテンジクダイよりも圧倒的多数で。
これで「日本では稀」とか「スカシテンジクダイに混じる」なんて言われましても……。
だいたい、スカシテンジクダイが通常時は根の上方に広く展開して群れているのに対し、クロスジスカシテンジクダイは、前述のとおりキンメモドキっぽく密集隊形で根のすぐ上や岩陰で密集しているから、むしろキンメモドキに混じるといったほうが実情に近い。
外側で広く群れている白銀色がスカシテンジクダイで、中央に密集している茶色が、クロスジスカシテンジクダイとキンメモドキの群れ。
近づいて観てみると…
↑この群れの中で、顔が金色でひときわ眼が目立つのがキンメモドキだ。
それまで一度として認識したことがなかったのに、この年(2013年)の春に突如降って湧いたように出現したクロスジスカシテンジクダイたち。
この年の春の椿事で終わるかと思っていたら、夏を前にさらに若魚軍団まで湧き始めた。
若い個体は、オトナに比べて色が薄い。
スカテンの場合は、卵を口内保育中のイクメンパパは、群れの本隊から離れてイクメン集団を作っているけれど、クロスジスカテンのオトナの群れを観ていると、密集隊形の群れにイクメンパパが混じっていた。
矢印の先の、顎の下が膨らんでいるのがイクメンパパ。
この密集隊形で群れている彼らが、いったいどうやってメスが産む卵を口の中に入れているんだろう?
クロスジスカテン、なにげにドサクサまぎれの達人かも。
ともかくそんなわけで、突如クロスジスカシテンジクダイの群れが現れた2013年に、クロスジスカシテンジクダイなんて人生初遭遇だ、と例によって勝手に盛り上がっていた。
ところが某有名海洋写真家はかつて水納島で撮影したことがあったそうで、しかも彼によると、その際ワタシも同じ現場にてナマで目にしていたらしい…。
いずれにしても群れと呼べる量の出現がその時以来だとすれば、実に19年ぶりの復活ということになる。
それまでの19年間一度も出会えなかったクロスジスカテンの群れなのに、なにゆえ2013年の春になって爆発的に湧いて出てきたのだろうか。
あ。
その前年の2012年の秋は、台風避難中のうちのボートを転覆させたスーパーストロングクラスの台風が、立て続けに3連発で襲来したんだったっけ…。
主生息海域であろう南洋の海から、台風が浮遊生活中の稚魚をドドンと大量に運んできてくれたのかも。
ま、そういったイレギュラー的海神様のプレゼントは、その年限定のヨロコビなのだろう…
…と思っていたら、さすがに初年度(?)ほどではないにしろ、翌年もその翌年も、数か所でクロスジスカシテンジクダイの密度の高い魚群が健在だった。
ここ数年(2019年現在)は減少傾向にありつつも、その後もなんだかかんだいいつつコンスタントにクロスジスカシテンジクダイの群れを毎年目にしている。
でも2018年に刊行された「日本の海水魚」改訂版では、今もなお「日本では稀種」と記されているのだった。