水納島の魚たち

キンメモドキ

全長 6cm

 「サンゴ礁域の明るい砂地の根と聞いて誰しも思い浮かべる魚ランキング」なんてものがもしあるとするならば、スカシテンジクダイとトップ争いを繰り広げることになるであろう魚が、このキンメモドキだ。

 1匹1匹はさしてカラフルではないものの…というかむしろ地味だけど、その密集隊形が生み出す魚群の奔流は、きらめく光とあいまって誰もがウットリする海中景観を作り出す。

 そのシーンを観ると、小学生の頃の教科書に載っていた「スイミー」を思い出すヒトも多い(一部の教科書に載っているらしい)。

 健全な海であれば、キンメモドキは毎年初夏になると、どこから湧いてきたの?と訊きたくなるほど突如小さな若魚が根に集まる。

 オトナになると茶色味が強くなるキンメモドキながら子供の頃はほぼ無色透明で、色づき始めた頃でもまだうっすら程度だ。

 見慣れない方がご覧になるとスカシテンジクダイと区別がつかないかもしれない。

 でもスカシテンジクダイに比べて群れの密度は相当高く、子供の頃から密集隊形で群れているため、たとえ透明でも群れの様子でひと目でわかる。

 かつてヤイトハタがヌーッと現れ出でてきた際に群れていたキンメモドキのチビたちも、背後にいる巨大なヤイトハタを覆い隠してしまうほどの群れの密度だ。

 このチビキンメたちがさらに増えつつどんどん成長していくと、やがて根を覆うほどになる。

 砂底に根が点在するようなところだったら、少なくともどれかひとつの根には必ずこのキンメモドキが群れている、というのが沖縄の砂底における正しい姿だ。

 多くのダイバーにとってキンメモドキといえば、このように根でギッシリ群れている小魚、という存在でしかない。

 実は彼らが夜行性で夜になったらブイブイ言わせている魚で、エサにしている夜行性微小動物(ウミホタルなど)の発光酵素(ルシフェラーゼ)を取り込むことによって発光能力を有し、いわゆる「発光生物」のひとつとしてランクインしている……

 …なんてことをご存知の方は少ない(…とエラそうに書いているワタシも知らなかった)。

 そんな細かいことはともかく、根で群れている様子がステキ……

 …それがキンメモドキである。

 水納島でも昔は水深10mちょいくらいの浅いところにある根ですら、毎年夏には必ずキンメモドキが群れていて、素潜りが得意な人だったら、浅いだけにタンクが無くとも小魚の奔流を味わえたものだった(当時のこの根の様子は、うみまーるの写真集「Smile」の60〜61ページに見開きで載っている)。

 ところが前世紀の末くらいから10年以上もの間、あれほど当たり前だった砂地の根のキンメモドキが、各根にまったく寄り付かなくなってしまった。

 先に紹介したうみまーるの写真集に載っている根に限っていうなら、その写真の頃を最後に、以後二度とキンメモドキは寄りつかなくなっている。

 それ以前まではフツーに観ることができていたキンメモドキだというのに、やたらと深い根に長らく住んでいる老成キンメモドキたちくらいにしか会えない時代もあった(その老成魚たちもいつしかいなくなってしまった)。

 一方、砂地の根でキンメモドキが観られなくなってしまっていた間に、リーフエッジが複雑に入り組んでいる場所で、キンメモドキが集まっている場所を発見した(イセエビ生息密度調査の成果ともいう)。

 ささやかな入江状になっているリーフの地形的に、南寄りの爆裂台風級の波が押し寄せると激しいうねりと波濤で海底が掘り下げられるようで、その狭い入江部分だけおあつらえ向きに水深が深くなっている。

 リーフの壁には深い洞穴も口を開けているから隠れ家にも事欠かず、しかもキビシイ波濤も潮流も凌げる場所……という、言ってみれば太陽系の惑星のうち地球だけがこのような星になっているのと同じような理由から、キンメモドキの幼魚は初夏になると毎年そこに集まってくる。

 同じような環境を好むミナミハタンポたちも群れているので、ダブルスクールを楽しむことができる(ちなみにキンメモドキもハタンポ科の魚)。

 キンメモドキの数には年によって増減がありはしたけれど、毎年夏の間ずっと見事な群れの姿を見せてくれていたので、しばらくはキンメモドキといえばここ、という時代もあった。

 群れの数が圧倒的多数になっている年には、このイベントホールのようなスペースで群れ全体が躍動することもあり、さながら「群れ」が祟り神的ひとつの生き物であるかのようですらある。

 このイベントホールのようなリーフエッジで群れるキンメモドキもそれはそれでもちろん見応えがあるのだけれど、やはり砂地の根に群れる姿を明るい海で眺めたい…という声は多い。

 そんなゲストのみなさんの思いが海神様に届いたのだろうか、通常のファンダイビングでちょくちょく訪れる砂地ポイントの根に、突如キンメモドキがクロスジスカシテンジクダイとともに湧き出でた。

 2013年のことだ。

 それまでの長い間砂地のフツーの水深の根では観ることができなかったキンメモドキだけに、これは何かの気まぐれ、この年だけの束の間のヨロコビに違いない…

 …と覚悟をしつつ楽しませてもらったのだけど、あにはからんや、キンメモドキはその後コンスタントに毎年砂地の根のどこかしらで群れてくれるようになった(なぜだか同時に出現したクロスジスカシテンジクダイは、それ以前は観た覚えがまったく無い)。

 コンスタントに観られるようになったらなったで、重大なことに気がついてしまった。

 というのも、砂地の根であれリーフ際のイベントホールであれ、キンメモドキがワシャッと湧き出るように群れている様子は、何度見ても心地いいシーンなのは間違いないのだけれど、これを撮影するとなると、何度撮っても同じような写真にしかならないのだ。

 なので、ダイバーと一緒に…

 ハナミノカサゴの遠景に……

 バラハタの取り巻きに……

 ハダカハオコゼの周りに……

 とかやってみるんだけど、これじゃあなんだかキンメモドキを食べる方々のご紹介、みたいになってしまう。 

 いっそのことスイミーのように、他の魚が1匹だけ……

 カワテブクロとともに……

 なんてやってみても、いずれにしろ思い描くようにはそうそう撮れないからパッとしない。

 サンゴの下で群れていると、なかなかいい感じにはなる。

 でも色彩的にキンメモドキはこのテのミドリイシ類と同系色だから、地味+地味=地味でしかない。

 では種類が異なる群れが混ざり合ってなおかつ派手なヤギ類にまとわりついているシーンは?

 しかし相手がクロスジスカシテンジクダイの群れだと、そもそもひと目でキンメモドキと区別がつきづらいから全体的に見ればフツーの群れだし、赤っぽいもののそばにいると、涼やかさ爽やかさとは無縁の暑苦しさが漂ってしまう。

 ウーム…どうすれば実際に海中で観ているような心地よさげな感じに撮れるんだろう?

 そんなとき、海神様がひとときのチャンスをくれた。

 おッ、スカシテンジクダイの群れとなら、なんだか金銀パールプレゼント!

 フムフム、涼しげかどうかはともかく、スカテンとのコラボはいい感じかも。

 画角がもっと狭いレンズで撮ってみても……

 ほぉほぉ、金さん銀さん。

 ちなみに↑この写真、スカテンの背後の薄茶の魚はクロスジスカシテンジクダイの群れなので、3種混合の群れなのだ。

 < そういう話も加わると余計に暑苦しさが…。

 とまぁこんな具合で、キンメモドキといえばたいてい「群れ」を眺めてしまうから、1匹1匹を注視するヒトは少ない。

 沖縄では昔から「大きな目」という意味でウフミーと呼ばれる魚たちの一員であるキンメモドキたちは、その方言名のとおり目が大きい。

 それが密集隊形でギュッと集まっているものだから、画角の狭いレンズでファインダー越しに観ていると、ものすごい数のマナザシに晒されていることに気づく。

 その視野で観ていると、キンメモドキは……

 アクビを見せてくれることもある。

 ともすれば「群れ」で観てしまうキンメモドキ、彼らはけっして「群れ」という生き物ではなく、それぞれに命がある1匹1匹が集まっているのだ、ということがよくわかる。

 デジタルカメラの登場により、猫も杓子もカメラ派ダイバーになっている昨今のこと、このキンメモドキの群れを撮るダイバーも、昔に比べれば圧倒的に多いことだろう。

 でも近年は昔と違い、写真器材のバラエティが豊富になっているのと並行して、写真を撮る人々の嗜好もバラエティに富んでいる。

 キンメモドキの群れを撮るに際しても、バラエティに富みすぎたアブノーマルな撮影法のために、相当なストレスをキンメモドキたちに与えるようになっているフシが見受けられる。

 キンメモドキの群れは、四六時中根の周りに雲のように湧きたっているわけではなくて、ガーラなど外来の外敵に襲われたり、流れが強いときなどには、根の奥の空洞にみんなで避難していることもある。

 「群れ」を撮りたいヒトにとって、それはあまり歓迎できる状況ではない。

 昔ならその場合は「まことにザンネン!」と諦めるものだった。

 ところが昨今の「自分のゲストだけ大事」なガイドや、「自分の写真だけがすべて」なカメラ派ダイバーたちは、根の奥で息をひそめて隠れているキンメモドキたちに強烈なライトを浴びせかけ、慌てふためかせてながら外に追いやり、ほら、群れが外に出てきたでしょう、というようなことを得意気にやるらしい(実際に他のボートに乗りあいで来ているらしきガイドがそれをやっているのを見た)。

 それが年に1、2度のことなのならまだしも、(ご本人がおやりになっているかどうかは別として)巨匠コスゲさんだけがそうやって誰もやらない遊びをしているのならまだしも、ここ10年で激増した水納島来訪ダイビングボートに乗っているみなさんが、ひっきりなしにそれをやっていたら……。

 とてもじゃないけど、キンメモドキは安穏と暮らしていられないだろう。

 2020年シーズン前半はコロナ禍もあって訪れるダイバーが少なかったこともあり、ここのところの例年どおりキンメモドキが砂地の根に群れてくれていたけれど、ダイビングボートがしょっちゅう停まっているポイントに限っていえば、夏を過ぎたころからガクンと数が減ってしまった。

 それは季節の変化ゆえなのか、訪れるダイバーの多さのせいなのか。

 座間味村のダイビング業界が、なぜ本島から来るダイビングボートの立ち入り制限を設定するようになったのか、ということを考えれば、季節の変化のためだけとは到底思えない。

 この先5年ほどの経過が、その答えを示してくれることだろう。