全長 10cm
以下、例によって冗長なイイワケから始まる。
97年に山と渓谷社から刊行された「日本の海水魚」は、実に2400種余もの日本産魚類を収録した大部の図鑑。
魚たちが生きている姿、それもほとんど自然下で撮られた写真が大多数を占めるという意味では、その少し前に東海大学出版会から刊行されていた「日本産魚類生態大図鑑」とならび称される画期的図鑑だった。
そんな掲載種多数の大図鑑でさえ、ハタンポ属の魚たちはといえば、ミナミハタンポ、リュウキュウハタンポ、そしてツマグロハタンポのたったの3種だけ。
それ以前のダイバー必携ポータブル図鑑といっていい「フィールド図鑑海水魚」(東海大学出版会)では、ハタンポ類といえばリュウキュウハタンポとツマグロハタンポの2種が掲載されているだけで、ミナミハタンポにいたっては、リュウキュウハタンポの解説文のなかにおいて、
ミナミハタンポと混棲しているらしいが区別は困難
とあるのみ。
いずれにしても、わかりやすいツマグロハタンポ以外は、ズラリと横に並ばれてもシロウトには区別がつかないのだから、もういっそのことみんなひっくるめて「ハタンポ」でいいじゃん。
なにしろベラ類は日本に150種超もいるにもかかわらず、人によっては…というか、多くの人によってはすべて「ベラ」のヒトコトで片づけられるくらいなのだから、日本にせいぜい3種くらいなんだったら、「ハタンポ」で誰も文句は言うまい。
…と思っていたところ。
気がつけばいつの間にか、近年になって次々に日本で初確認されたり新種として記載されたものが増えて、2021年現在、日本産ハタンポ属の魚は
実に8種類も確認されているという。
これまたオニカサゴの仲間の場合のタコ主任のように、まったく余計なことをしやがって的ヤヤコシイことになってしまったのだ。
誰だわざわざこんな面倒な事態にしてしまったのは……
…と思ったら、なんと知る人ぞ知るドクター・コエダのシゴトなのだった(ワカ博士の代名詞といっていいニゲミズチンアナゴの記載論文の共著者)。
彼の魚類分類学に向ける熱い情熱は、彼が2021年4月まで所属していた研究機関の研究員紹介ページをご覧いただければ一目瞭然。
ハタンポ類はそもそも学生の頃からの彼の専門分野。紛うかたなき変態社会の一員なのである。
そんな彼の手によって、近年になって4種類も増えてしまった日本産のハタンポたち。
3種類しか図鑑に載っていなかった当時でさえ「ハタンポ」だったものが、8種類になったことに応じて細分化できるはずはない。
なのでここではすべて「ハタンポ」で通しておきたいところながら、今世紀になって出版された山渓ハンディ図鑑「日本の海水魚」では、ミナミハタンポは、ハタンポ科(属のマチガイか?)のなかでは最も数が多いとあり、砂地の根を包むように群れる数千匹の群れは見事だ…というようなことが書いてある。
ってことは、ワシャッと群れていて普段フツーに目にしているのは、ほぼミナミハタンポというわけか(例によって短絡思考)。
そのためここで紹介している写真は実は別のハタンポかもしれず、くれぐれも同定の参考にしてはいけません。
以上を踏まえたうえで。
さてさて、ハタンポ類は基本的に夜行性なので、日中は暗がりに潜んでいることが多い。
でもワタシがミナミハタンポだと思い込むことにしているハタンポは、チビターレの頃には桟橋脇で群れていて、停泊している船の陰をたよるようにしている。
連絡船の陰にもたくさん集まるので、島を発たれる際、後部デッキから海を見下ろせば水面越しに彼らを観ることができることもある。
残念ながら桟橋脇に集まっているミナミハタンポたちは毎年チビターレどまりで、大きくなる前に他の魚に食べられてしまうのか、それとも住処を求めてリーフの外に旅立っていくのかはわからない。
一方、リーフが入り組んで入江状になっているような地形で、なおかつ壁に洞穴状の穴などハタンポたちの隠れ家となるスペースがあるような場所にも、なぜだか毎年のように初夏になるとチビターレが集まる。
夜行性の魚が夜に広い範囲をブイブイ言わせながら泳ぎ回っても、同じところにまた帰って来るということは、そこが住処としてバッチリということなのだろう。
そのためそこにいるのはチビターレだけではなく、オトナたちの群れも別に観られる。
住処としてよほど好適な場所らしく、ここにはオトナ、前年以前から住んでいる若魚、そしてチビターレと、いろんな段階のミナミハタンポが群れている。
とはいえ大群になっているのは若魚までで、10cm級のオトナの数は少ない。
透明感のあるチビターレの頃は、ハタンポらしい体形がさほど目立たず、パッと見でハタンポとはわかりづらいのだけれど、もう少し成長すると、ハチェットフィッシュのような特徴的な体形がハッキリしてくる。
大群になっているときは、トルネードのようでなかなか見応えがある。
また同じところにキンメモドキも群れていると、クッキリとセパレートされた状態で群れる様子が面白い。
キンメモドキはハタンポたちと同じハタンポ科の魚なので、住処にする場所の好みも同じなのだろう。
ただ、キンメモドキの群れはハタンポ類に比べると密集隊形で、なおかつ全員が同方向を向いていることが多いためとっても整然として見える。
ところがミナミハタンポの群れときたら、これまで紹介している写真こそ整然と群れているように見えるけれど、それは撮るシーンを選べばこそで、フツーにワーッと群れている際は……
…しっちゃかめっちゃかになっていることが多い。
同じ仲間で同じような場所で群れているとはいっても、キンメモドキたちがけっしてミナミハタンポの群れと混じろうとしないのは、おそらくこのあたりの「性格の不一致」に原因があるのだろう。
ハタンポ類がいるところといえばこのような場所オンリーなのかと思いきや、ミナミハタンポはときとして砂地の根に群れることもある。
それも根の外の明るいところに出ていて、数が多いと根を覆うほどの量になる。
量が量だけになかなか壮観なのだけど、いかんせんハタンポたちは……地味。
おまけにキンメモドキほどの密集隊形でもないから、絵にしづらいことこのうえない。
それでもやはり住処としてバッチリだからこそ群れているらしく、ひとたび集まるとかなり長期に渡って同じ根に群れていてくれる。
…とまぁこういう具合いに群れているのはミナミハタンポ、と割り切っているわけだけど、もっと成長してオトナになったからなのか、大きなオトナになる頃にはサバイバル的に数が減るからなのか、ときおりリーフ際あたりで1、2匹で寂しそうにしている大きめの個体も見かける。
これは、若い頃はたくさん群れていたミナミハタンポなのでしょうか。
それともまったく別の種類なんでしょうか。
いつか再び一緒に飲む機会があったら、ハタンポドクター・コエダ先生に訊いてみようッと。
※追記(2021年8月)
ハタンポドクター・コエダ先生はその後もモノノケトンガリサカタザメを水族館内で発見(?)するなど多方面で活躍中なので、昔のように酒を飲む機会などなかなかないままなのだけど、ひょんなことから当コーナーの存在を知り、このミナミハタンポの稿がついに彼の目に触れることとなった。
そのおかげで、有難くも 日本屈指 世界屈指 のハタンポ専門家から、最強同定をしていただく機会到来!
で、ハタンポドクター・コエダ先生いわく、
ちなみにハタンポの件ですが(ご紹介ありがとうございます!)、ミナミハタンポのページの最後の写真がリュウキュウハタンポで、リュウキュウハタンポのページに載っているものがユメハタンポです。
そうかぁ、「まったく別の種類」のほうが正しかったのか…。
ん?
「リュウキュウハタンポのページに載っているものがユメハタンポです」って??
やってしまった!
まったく別の種類をまったく別の名前で紹介していたとは…。
晴れてリュウキュウハタンポということが判明した写真と差し替えつつ、ユメハタンポも新たにラインナップに登場させなければ…。