全長 12cm
同じ仲間の派手なアケボノハゼやハタタテハゼに比べると、随分落ち着いた色合いのクロユリハゼ。
アケボノハゼやハタタテハゼが渋谷・新宿といったところなら、クロユリハゼはさしずめ巣鴨あたりでちょいと一杯…といったところだろうか。
そのシブさに魅了されるダイバーもひそかにいはするものの、ハタタテハゼ同様どこでもフツーにいるものだから、「レアもの信仰」の対象ではまったくない。
おかげでクロユリハゼたちは、ダイバーが頻繁に訪れる場所でさえ、のんびりと日常を過ごすことができているようだ。
ハタタテハゼ同様仲良くペアでホバリングしていることが多いクロユリハゼ。
ただしハタタテハゼよりも高い位置でホバリングしていることが多く、その行動範囲も広い。
周囲にその1ペアしかいない場合などでは近づくとすぐさま巣穴に逃げ込むことも多いけれど、他にもペアがポツポツいるような環境だと、たいていの場合そこからどんどん遠くへ去っていく(果てなく遠くまでは行くわけではない)。
環境にもよるのだろうけど警戒心はわりと強い方だから、ちょっとだけ写真を…と思ってもすぐに逃げてしまう。
なので、そのうち、そのうち……とやっているうちに、何年経っても全然クロユリハゼを撮っていない、ということになりがちだ。
ところがとあるポイントには、リーフエッジ上に何組ものクロユリハゼのカップルが居てくれるおかげで、ダイビングの最後の最後に、安全停止をかねて時間をたっぷりかけながら観ていられる場所がある。
ホバリングしている時はやはり流れてくるプランクトンなどをパクついているから、タイミングがビンゴ!になると……
なにげに鋭い歯も撮れる。
ずっと観ていれば……
…見せてくれるアクビは、やっぱり波動砲だ。
そうして観ている時間が長くなったおかげで、これまで知らなかったことに気がついた。
彼らが仲良くフツーにペアで過ごしているときは、こんな感じ。
ここで彼らの顔にご注目あれ。
別のペアの手前にいる子を観ても…
目の周辺は上半身とほとんど同じ色。
ところが、繁殖期だからだろうか、それとも生息密度が高いからだろうか、すぐ近くにいるペアのオスだかメスだかが近づいてくると、クロユリハゼペアのおそらくオスはただちに興奮モードに変化する。
目から口にかけて、黒くなるのだ。
オス同士が互いに威を競い合うようにヒレを広げて見せ合う、いわゆる「体側誇示」なのだろうけど、ペアのメス相手にもやっていたような記憶が(その場合は求愛か)。
とにかく興奮しているときにこういう色になるようだ。
中には……
ガングロ状態のクロユリハゼ、略してガングロユリハゼになっているものも。
興奮度合いで黒の濃淡も変わるのだろうか。
8畳ほどのリーフエッジの棚に随分たくさんのペアがいるものだから、この興奮モードになったクロユリハゼの(おそらく)オスたちがあちこちで顔を黒くしながらいがみ合っているのが観られる。
これを観たのは7月のことで、なるほど、水温が高いと活発になって、このようなアクティブな行動をするのか……
……と思いきや、かつて4月にも同じようなガングロユリハゼを撮っていた。
儀式なのかたまたまなのか、両者見合って見合って状態から……
互いに体を見せ合い、威を競う。
そして……
三つ巴に。
このうちの1匹はメスなのか、それとも全員オスなのかは不明だ(忘れた…)。
いずれにせよクロユリハゼ、まだ水温が低い4月からこんなアクティブだったなんて。
そして4月にはもう、メスのお腹は膨れている。おそらく卵だろう。
一方水温が温かな7月に戻ると、前日にガングロユリハゼ状態になっていたクロユリハゼのペアたちが、どういうわけだか……
おそらく2ペアが一堂に会し、なにやらアヤシゲな秘め事でもしているかのように、しばらくこの場にたむろしていた。
この時はゲストのご案内中だったため、いくらフリータイム中とはいえいつまでもしつこく眺めていられなかったから、彼らがその後どうなったのかがわからない。
前日ケンカばかりしていたのに、なにゆえこの日はパーティに??
ごくごくフツーに出会える魚だとばかり思っていたクロユリハゼ、観れば観るほど謎は深まるばかり。
そんなクロユリハゼの幼魚は、梅雨頃になるとにわかに湧いて出てくる。
リーフ際の浅いところに、ほぼ透明なチビチビたちがメダカのマンモス小学校級の集団で見られるようになるのだ。
一週間も経てば、体に模様が出てくる(数は減る)。
1匹に注目してみると……
クロユリハゼはお馴染みの魚のひとつだから、この幼魚の姿をご存知の方は多い……
…と思いきや、すでに何百本と潜っておられるゲストが、「この魚は何??」とお尋ねになられた。
そうか、案外知られていないのか、クロユリハゼのチビターレ。
そこで後日、別のベテランダイバーにクロユリハゼのチビターレをご案内してみたところ、
「は????なんで今さら????」
という顔をされてしまった。
やはり知っているヒトは当たり前に知っているのだった。
さてこのチビターレ、これから少し大きくなると(以下、同一個体ではありません)……
ヒレを広げるとクロユリハゼっぽくなるけれど、まだ体が2色に塗り分けられていない。
さらに成長すると……
尾ビレに黒点が残っているものの、随分クロユリハゼっぽくなってくる。
さらに育つと……
尾ビレに黒点を残しながらも全体の色合いがクロユリハゼっぽい子(右)と、さらに成長した若魚(左)。
成長するにつれてマンモス小学校級のメダカの学校状態から小さな群れに、そして疎らな集まりになっていく。
その間多くのチビターレが命を失っているのだろう。
若魚くらいになると、ペアになっているものがチラホラ見られるようになる。
メダカのマンモス小学校状態から無事若魚まで生き残るものがどれくらいの割合なのか知らないけれど、晴れてペアになってホバリングしているオトナたちはみな、苛烈なサバイバルを生き抜いた勇者たちなのだ。
巣鴨もタダモノではない。