全長 13cm
3大スルーハギのひとつであるコクテンサザナミハギに目が向くようになった以上、避けては通れないのがこのナガニザだ。
なにしろ海中で観る姿は、コクテンサザナミハギそっくり。
よく観ると目の色が違うし、コクテンサザナミハギには入っている体側の細かい縞模様がナガニザには見られない。
…というのは光が当たっている写真をゆっくり見てわかることであって、1〜2mほど離れたところから肉眼で瞬時に両者を区別できる自信はワタシにはない。
観られる場所もコクテンサザナミハギと同じで、リーフ際から浅場の根くらいまでのあたりのそこかしこで、岩肌をボイボイして藻類を食べている(リーフの内側ではもっと多く見られる)。
体色はおおむねこのような色で、こげ茶色というイメージの魚なんだけど、環境に合わせているのか気分のモンダイなのか、もっと淡い色にしていることもある。
コクテンサザナミハギほどオトナと際だった違いはないけれど、それでもやはりオトナとはひと味違っているナガニザの幼魚は個体数が多く、リーフ際の死サンゴ石がたくさん転がっているゾーンの海底付近でたくさん観られる(↓写真のうち1匹はコクテンサザナミハギです)。
1匹1匹をよく観ると、オトナよりもヒレの縁辺の青いラインが目立って、全体的にけっこう味わい深い。
ただしこのナガニザのチビターレは、環境によるのかなんなのか、ほぼ同じようなところにいるくせに、体色にはけっこうバリエーションがある。
慣れない頃は出会うチビごとに「おお、これはいったい誰の幼魚だ!?」と色めき立つのだけど、その都度ナガニザのチビターレであることを知る(ナガニザですよね?)。
体色の違いはオトナでも観られ、たまに↓こういう変異個体もいる。
パッと見はモンツキハギなどの幼魚に見えるけれど、顔の周りには点々模様があるし、尾ビレの形や体のフォルムからして、ナガニザ(もしくはコクテンサザナミハギ)だろう。
これほど黄色いと「黄化個体」ということになるんだろうけど、もっとでたらめな色彩変異個体もいた。
いったい何色になりたかったんだろう?
このデタラメな色彩変異は、飼い犬など品種改良が進んでいるペット動物ではおなじみのパイボールド個体と呼ばれるものだそうで、まだ魚類で観られるそのメカニズムは謎のままながら、いろいろな海からこういった変則的デタラメ模様が報告されているのだそうだ。
それも、種類として黄化個体が出現する魚たちではなく、ノーマルカラーしか確認されていない種類で、それも同属の他の魚ではまったく観察例がないという、実に不思議な出現状態なのだとか。
なんだこのハギ、変な色!……とテキトーに撮った写真が実は、まだ世の中で誰も確認していないナガニザのパイボールド個体だったというのだから驚き桃の木山椒の木。
世界の新知見に何がいつなんどき役に立つかわからないのだから、とにもかくにも記録に残しておくに如くはないのである。
さて、ナガニザはかなりテキトーに各自バラバラに泳いでいるように見えて、気がつくと2匹で激しく動いていることもある。
安全停止をかねてリーフエッジの浅いところにいるときなど、眼下で2匹のハギが互いの尾ビレを追いかけるかのようにグルグル回っているのを目にしたことがある方も多いと思う。
それがナガニザなのかコクテンサザナミハギなのかいちいち確かめたことがないけれど、このテのハギであることは間違いない。
そのような普段の姿よりも遥かに注目すべき様子が、ナガニザたちにはある。
初夏から秋の初めにかけての繁殖時期になると、体の色を相当黒っぽくしてやたらと群れ始めるのだ。
地味とはいえ、ひとつの群れとなるとけっこう見応えがある。
普段はめいめいがバラバラに随所で食事している彼らなのに、群れ始めると黒い色のまま集団で餌を貪るようになる。
繁殖に際し、エネルギー備蓄中というところだろうか。
とはいえこのあたりを縄張りにしている藻食性の魚たちからすれば、ナガニザの会食集団はアフリカ大陸を席捲するバッタの大群なみに迷惑な存在に違いない。
そして潮のタイミングにあわせ、リーフエッジからリーフ際へと延びる根の上あたりで、盛大に大集合し始める。
普段目にしているナガニザの数からは考えられない大群が、祟り神のように上下左右を行き来する。
おそらくは普段リーフの内側で暮らしているモノたちも一堂に会しているものと思われる。
そしてこの群れは、群れの中の十数匹ずつほどの小グループごとに、思わせぶりに上下動をし始める。
そして気分が最高潮に盛り上がると……
狂乱の宴が始まる。
群れの本体からシューッと上方へ駆けあがったグループが、ブシュッと一発盛大に打ち上げ(白く見えるのは精子)。
これを合図に、理性を吹き飛ばしたナガニザたちは、まるで花火大会終盤のように次々にグループが上方へ駆けあがってはブシュッ、ブシュッと産卵・放精を繰り返す。
そのため中層には、高射砲の弾幕のように白いモワモワが…。
その後はもう大産卵ショーになる。
なかには、勢い余って水面にまで達してしまっているグループも。
やがて狂乱の果てに……
あたり一面真っ白に……。
これってつまり精子なわけで、白いモヤに包まれながらその場に佇んでいると、なんだかビミョーな気分になってくる。
このように理性を吹き飛ばして産卵・放精のことしか頭にない状態というのは、実はとんでもなく無防備になっている時間帯でもある。
そのあたりを熟知している捕食者たちは、この瞬間を逃さない。
水面付近にいる大きなダツが、産卵中の群れに激しく襲いかかったりもする。
また、生み出された栄養満点の大量の卵を、これ幸いとばかりに口の中に入れまくるグルクマーの群れもやってきたりするかと思えば、リーフ際の中層に群れているスズメダイたちも卵をパクパク食べる。
そんなリスクを冒してもなお、潮のタイミングに合わせた産卵ショーは、彼らナガニザたちを熱狂させて止まない。
熱狂のあまり、体色まで恍惚としているナガニザたち。
普段の地味な姿からは想像もできない、ナガニザたちのドラマチックな生命の饗宴。
潮のタイミングさえ合えば、昼日中でも平気でがんばる彼らだから、通常のファンダイビングでも観られる機会はけっして少なくない。
こんなシーンまでスルーしてしまっていては、いったいなんのためにダイビングしているのか、まったく意味不明である(※個人の感想です)。