水納島の魚たち

モンツキハギ

全長 30cm

 沖縄の海で、わざわざこの魚を指し示すガイドはいない。

 なので、ゲストの皆さんのログブックにこの名前が書き込まれることもまずない。

 でも、どんなドラマや映画にも必ず出てくる端役専門の役者がいるように、このモンツキハギも、砂地のポイントに潜ればたいてい目の端に入っている魚だ。

 わりと大きなサイズでフツーに観られるのに人々の記憶にとどまらないこのモンツキハギは、かなり自由に広い範囲を泳いでいる。

 胸ビレを使ってスイスイ泳ぐ様はなにやら得意げで、ときおり根やガレ場の海底などに立ち寄っては、ツンツンつついて藻を食べている。

 オトナのモンツキハギは、基本的に黒い体にオレンジ色の紋、というカラーリングだ。

 でも普段は黒い色をしていても、ホンソメワケベラにクリーニングしてもらっているときなどは……

 かなり淡色になっている。

 これほど白っぽくなっていても、ダイバーが接近していることに気づくや、その場を離れながらあっという間に元の色に戻る。

 オトナになると黒か白かといった感じのモンツキハギながら、子供の頃は……

 キレンジャー。

 名の由来である「紋」すらない真っ黄っ黄だ。

 毎年夏に向けて水温が温かくなっていく5〜6月の梅雨時に、2cmほどのチビターレが浅いガレ場でチラホラし始める。

 もう少し経って成長すると動きも活発になってきて、海底で目立つようになる。

 意図しているのか偶然なのか、よく似ているヘラルドコガネヤッコの幼魚と一緒にいることもある。

 かなり意図的にヘラルドコガネヤッコと一緒にいるクログチニザの幼魚と似ているけれど、クログチニザの幼魚は尾ビレの縁が円いのに対し、モンツキハギの幼魚は一直線だから見分けるのは容易だ。

 そのあたりの差に鑑みても、ヘラルドコガネヤッコとたまたまお気に入りの住処が同じであるだけで、モンツキハギの幼魚にはさほど擬態意識はないのかも。

 ホントに小さな頃は単独でいることが多いモンツキハギのチビは、少し成長すると仲間と集まるようになる。

 リーフ際の海底でこのように集まり始める頃には、個体によってはうっすらとオレンジの「紋」が出てきている子もいる。

 さらに成長すると、やがてこのオレンジの「紋」に縁取りが加わる。

 このくらい紋がハッキリしてくると、体全体がくすんだ色になってきて、後半部からクッキリと色が分かれている子が出てくる。

 これならまだ「黄色」の名残りがあるけれど、ここからさらに成長すると、幼魚色とは決別し、オトナに近くなる子が増え始める。

 ただし彼らを観ていると、上の子のようにグレーっぽくなってはいても、すぐに黄色くなることもできる「端境期」があるようだ。

 そんなモラトリアム期間が過ぎれば、モンツキハギはようやく「若者たち」になる。

 不思議なことに、若者の頃はこのように他のみんなと一緒に泳いでいるのに、オトナになるとなぜだか単独でいることのほうが多い。

 たまに複数でいると見えるオトナを観ると……

 一緒にいる相手は他の種類である場合がほとんどだ。

 これはすなわち、ホントは群れていたいのに、オトナになる過程で淘汰されてしまい、不本意ながら単独でいるってことなのだろうか。

 あまり深くモノゴトを考えずに生きているような泳ぎっぷりとは裏腹に、オトナになった彼らには、厳しいサバイバルレースを生き残った者だけにしかわからないカナシミとヨロコビが、複雑にこもごもしているのかもしれない。

 …という目であらためて観てみると、彼のオレンジに輝く「紋」は、サバイバーだけが持つ「誇り」の印にも見えてくるのだった。

 …と思っていたのだけれど。

 彼らの餌となる岩肌の藻類が豊富なところ、すなわち岩場のポイントの転石帯などでは、フツーにオトナ同士で群れていた。

 ではなんでモンツキハギのオトナにロンリーイメージがあるのだろうかと考えていたところ、とある砂地の根を訪れてみて納得した。

 そこは三畳間ほどの小さな根で、スカテンなどの小魚や根のボスであるハタ類もいはするけれど、オトナのモンツキハギを多数養うには狭すぎる。

 ところがある年期間限定ながら、1匹のモンツキハギがそこをずっと縄張りにして暮らしていたのだ。

 同じ子かどうかは不明ながら、いついっても1匹でいるから、おのずとロンリーイメージになってしまったものらしい。

 ロンリーといっても、藻類食の魚にありがちな性格なのでもともと縄張り意識が強いため、ときにはその根のボスであるクロハタにさえケンカを売ることもある。

 彼らニザダイ類は尾ビレ付け根付近にメス状のスルドイ棘があって、それを武器にして相手に尾ビレを向け、ウリッウリッとやる。

 ボスのクロハタとしても、モンツキハギが他の小魚たちに悪さをするわけじゃなし、エサがバッティングするわけではないからか、「しょうがねぇなぁ…」という感じで、その場はモンツキハギの気の済むようにさせているようだ。

 ボスのオトナの対応を知ってか知らずか、勝ち誇るポーズを見せるモンツキハギである。