全長 60cm(写真は3cmほどの幼魚)
ブダイの仲間は沖縄ではイラブチャーと呼ばれている、ということは、今では多くの観光客の知るところとなっている。
ウミンチュや魚にこだわるヒトたちの間ではもっと細かくそれぞれ個別の名前が付けられているのだけれど、総じてイラブチャーと呼んでもとりあえず差し支えはない。
けれどそれら十把ひとからげ的脇役ブダイたちとは一線を画する存在感を誇るものには、尊称にも似た個別の名前がまかり通っている。
ナンヨウブダイもそのひとつ。
刺身が激ウマということでアーガイ(ヒブダイ)とならび称されるナンヨウブダイには、ゲンナー(ゲンノー)という固有方言があるのだ。
その刺身。
「イラブチャー」なんてみんな同じようなもんでしょう…と思っている方がゲンナーのお刺身を一度食べれば、明治維新の夜明けを迎えた江戸の町人のごとき衝撃を覚えることだろう。
ナリがでっかいだけにウロコの1枚1枚が大きく、それを天婦羅にしたものが珍味としてもてはやされたこともあった。
ところで、なぜゲンナー(ゲンノー)と呼ばれているのかといえば、立派に育ったオトナのオスはおでこ(?)がグンと張り出ていて、それが玄翁に似ているから…とか、玄翁で叩かれて腫れたようだから…と解説されている。
その立派なオスは↓こんな感じ。
大きなものだと60cmほどあるから、海中、それも水深30m前後の深さで出会うとイメージ的に相当でっかく見える。
ところで、夜岩陰でグッスリ寝ている時は緑色に光り輝いているかのような色を見せ、俎板の上に載っている時も、やはり基本は青緑色のナンヨウブダイ。
ナンヨウブダイ、もしくはゲンナーといえば、だいたいこういう色のイメージだ。
ところが岩場のポイントの水深20m以深のやや暗めの海中で出会う立派なオスには、恥じらう乙女の頬のような淡いピンク色が入っていることもある。
これはひょっとしてデジタル画像のために、目には見えていない色も再現しているからだろうか……
…というギモンを解決するため、実際に水深20m超の岩壁にいたナンヨウブダイをつぶさに観てきたところ、肉眼でも同じようにピンク色に染まっていた。
しかしそのオスを撮ったつもりの写真はというと……
ピンク色は大きなうろこの縁にかすかに見える程度にしか写らなかった。
どうやら気分で色を変えているらしい。
ほんのりピンクの乙女のようになることもあるナンヨウブダイではあるけれど、口の周りとなると別キャラだ。
でっかくて表面積が大きいからなのか、ナンヨウブダイの口の周りには藻が生えていることが多いのだ。
ちなみにブダイたちが英名でパロットフィッシュ(オウム魚)と呼ばれているのは、このオウムの嘴のような上下の歯に由来している。
ナンヨウブダイの場合、その歯の付け根に藻が……。
生え方によっては、鬼瓦権蔵になっているものもいる。
藻、生えすぎ…。
また、大きな個体になると、口の両サイドに牙のようなものが親知らずのように外に向かって生えていることがある。
他の魚や甲殻類などを襲うプレデターというわけじゃなし、これはオス同士の争いのための武器なんだろうか、それともメスの気を引くために欠かせないオシャレなんだろうか。
水納島では砂地のポイントのリーフ際でも見られなくはないけれど、岩場のポイントのリーフ際あたりでは数が多く、大きなオスがこれまた大きなメスをたくさん従えていて、メスたちが浅いところで一団を作っている様子はなかなか貫禄がある。
ただ。
例外なく石灰質の砂を糞として排出するブダイ類なので、ナンヨウブダイはでかいだけに量が半端なく、おまけに群れているみんながそこかしこで景気よく脱糞していると、あたり一面煙幕が張られたようになるほどだ。
これが彼らのウンコだと知らなければ、ブルーエンジェルスやサンダーバードといったアクロバット飛行チームのスモークのようなアートに見えなくもない。
けれど、どう見えようと所詮ウンコですからね…。
成分的にほぼほぼビーチの砂のようなものとはいえ、まみれるとやっぱり気分はフクザツ。
こんなサンゴ砂ウンコ爆撃隊のようなオトナからは想像もつかないけれど、チビターレの頃は冒頭の写真のように黒地に白い縞々模様をしている。
昔の図鑑でブダイ類の幼魚といえば、イロブダイとナンヨウブダイが載っているのが関の山だったから、恥ずかしながらワタシは長い間、黒地に白いシマのブダイの幼魚といえば、それがすなわちナンヨウブダイだとばかり思い込んでいた。
なので、ナンヨウブダイのチビの写真をこれまで何度か撮っているつもりになっていたのだけれど、それらブダイ類のチビの写真は、実はほとんどが他のブダイのチビターレだった……。
なんてことだ、ナンヨウブダイのチビなんて、シーズン中にたびたび目にしているはずなのに、冒頭の(ややピンボケの)写真が1枚あるのみじゃないか。
…ということに気がついた2021年シーズンは、夏になってナンヨウブダイ・チビターレが出没し始めて以降、カメラを携えているときに見かければ必ず撮っていた。
黒っぽい地に白っぽいストライプという模様のチビが多いブダイ類ではあるけれど、他の黒字白縞チビターレの尾ビレは無地もしくは黄色っぽいくらいなのに対し、ナンヨウブダイのチビターレは一目瞭然、背ビレ尻ビレ、そして尾ビレの縁手前まで黒くなっている。
このことを踏まえれば、たとえもう少し成長して(6cmくらい)白ストライプが消え失せていようとも……
尾ビレを見ればナンヨウブダイのチビであることがわかる。
こんな真っ黒な魚がかつて白ストライプのチビだったとはにわかには信じがたいけど、その途中段階の姿を観ればナットクできる。
白ストライプの有無にかかわらず、ヒレが黒いかどうかを手掛かりにしても大丈夫なようだ。
ただし激チビの時は話が別のようで、2cm弱くらいだと、背ビレ尻ビレも尾ビレも、まだ黒くなりかけている程度でしかない。
↑これ、ナンヨウブダイですよね?
ともかくこのような模様の変遷をたどって幼魚期を過ごすようなのだけど、とある砂地のポイントで潜っていた時のこと、安全停止を兼ねてリーフ上で過ごしていたところ、↓このようなナンヨウブダイのチビがいた。
ナンヨウブダイのチビ……というにはあまりにも大きな、10cm超サイズ。
ナンヨウブダイの個体数が多い岩場のポイントでは、5cmオーバーくらいで白線が消えているっぽいというのに、10cm超にもなっていまだに幼魚模様だなんて…。
黒くなっているほうが得か、白線を出していたほうが得かは、周辺の個体数の違いによるのだろうか。
そのようなビミョーなモラトリアム期間中のものもいたりしつつ、黒い時期が過ぎると、随分ブダイっぽくなってくる。
そして20cmを越える頃には……
「ブダイ眼」になっていないときにはけっして注目することが無さそうな、これといって特徴のない姿ではあるけれど、あの貫禄たっぷりのオトナの若い頃だと考えれば、それだけでひとつの「存在感」を発揮している。
とはいえこの若魚サイズから巨大オトナになるまでには、人生山あり谷隼人、まだまだ試練の道が続くことだろう。