全長 25cm(写真は3〜4cmの幼魚)
「私、ハギのファンなんです!」
という方にお会いしたことは、まだない。
モルディブで観られるパウダーブルーサージョンフィッシュや、沖縄でも観られるシマハギなど、カラフルかつ圧倒的な巨群を作る種類は見応えがあっても、だからといって「ハギ(ニザダイの仲間)が好き!」となる方はまずいない。
多少の例外はあれど、巨群を作るものはどちらかというと地味な種類が多く、カラフルなものは単独もしくは1、2匹がチラリホラリ、それもその海域ではごくごく普通種ということが多い。
そのためこの半世紀の間、際立って注目される事がないまま現在に至っているものと思われる。
そんなハギ(ニザダイ)の仲間のなかにあって、唯一例外的に「個」として有名なのが、このナンヨウハギだ。
近年では映画「ファインディングニモ」にも「ドリー」という名で登場し、続編では主人公にもなったから、ダイバーならずともご存知の方も多いだろう。
もはや一般社会では死語といってもいい「南洋」というロマン溢れる名前、そしてその斬新な体色。
人気者になる要素を充分に備えている。
学生の頃には、この魚の模様に似せてウェットスーツを作った友人もいた(80年代半ばのことですが…)。
彼は長らくニジハギをタテキンと思い込んでいたほどの魚知らずのダイバーだったけれど、タテキンは知らずともナンヨウハギは当時から知っていたのだ。
それくらい有名なのである。
有名なだけに、美ら海水族館になる前の海洋博水族館の頃には、エントランス近くに円柱形の水槽の中でナンヨウハギが群舞していた。
ただし、安定的に展示できるようになるまで、飼育方法には試行錯誤があったという。
水槽に収容したはいいけれど、ナンヨウハギたちがいったい何を食べているのか、さっぱりわからなかったのだ。
そのため当初は、日が経つにつれて水槽内で衰弱していくばかりだったという。
はてさてどうしたもんかいな……と途方に暮れていたある日のこと。
ダメ元で試しに入れてみたものを、ナンヨウハギが貪り食べたそうだ。
その窮余の策の餌とは……………
レタス。
ニザダイの仲間だけにナンヨウハギも草(藻?)食性らしく、お腹減り減りのところにもたらされたレタスは、彼らにとってたいそうなご馳走だったのだろう(栄養があるとは思えないけど……)。
海の中でオトナのナンヨウハギを見ていると、なるほどたしかに、ときおり海底付近にやってきては、こういう動作をする。
海底の砂の表面に生えたコケだか藻だかを食べているらしい。
富栄養化のせいなのかなんなのか、日差しが強く海況が穏やかな状態が続くと、白い海底に茶色い藻がビッシリ生えることがよくある。
富栄養化というヒトの営みに起因する、見栄え的にはあまり美しくないそれらの藻を、ナンヨウハギがセッセと掃除してくれているようにも見える。
ただし、他所では知らないけれど、水納島の海では、オトナのナンヨウハギがひしめきあって群舞するということはない。
せいぜい4〜5匹が同じ場所でめいめい勝手に泳いでいるくらいで、何かの拍子にたまに身を寄せ合うことがある程度だ。
そういうところにいるナンヨウハギたちは、ときおり不思議な行動をする。
何を思ったか、テーブルサンゴの上で横たわり、しばらくジッとしているのだ。
たまたまこの瞬間だけ、ではない。
安全停止中にずっと上から観ていたところ、何度か同じしぐさをここで繰り返していた。
ひょっとして、チビターレの頃に付き合いの深かった枝間のエビカニたちに、痒い所を掻いてもらっているのだろうか。
それとも。
このサンゴの枝間で暮らすチビチビの様子を観ていたりして。
オトナになるとわりと広く遊泳するナンヨウハギも、チビターレの頃はサンゴへの依存度が高く、サンゴの枝間を隠れ家にしつつ、サンゴからほとんど離れずに生活する。
そんなナンヨウハギのチビターレは、毎年水温が高くなり始める頃くらいから、サンゴの枝間に姿を見せ始める。
チビターレが拠り所とするサンゴにはたいてい縄張り意識が強い各種スズメダイがいるからだろうか、ミニマムサイズの頃はけっこう虐げられているようで、よく観ると体やヒレが傷んでいることもある。
ひとつのサンゴ群体にこんなチビターレがたった1匹だけということもあれば、巡り合わせかなんなのか、時には団体様になっていることもある。
もっとも、隠れ家にしているサンゴのサイズにもよるのだろうけれど、団体とはいっても多くて10匹くらいがせいぜいだ。
たった10匹ではあっても、このような丸く青い魚が群れているとけっこうなヒーリングシーン。
なのでみなさんすぐにカメラを向けて撮ろうとなさるんだけど……
ナンヨウハギたちは、すぐにサンゴの枝間に隠れてしまう。
一緒に暮らしているスズメダイたちに比べて遥かに警戒心が強い彼らは、近づく前から枝間に隠れてしまい、ずっと傍にいるとなかなか出てきてはくれない。
上のようなごくごくフツーに見える写真を撮るだけでも、相当な粘り腰でサンゴの前にいなければならないのだ。
その点、カメラを置きっぱなしにて放置プレイでOKなムービーだと、ナンヨウハギたちの警戒心は随分薄らぐ。
これくらいの集まりでも随分多いほう。
ところが、今は亡き旧一本サンゴが健在だった頃は、毎年ではないにしろ、年によってはナンヨウハギの幼魚が異常なまでの数で群れ集うことがあった。
サンゴが大きいだけに隠れ家としてのキャパシティは大きく、なおかつ何かが幸いして、ナンヨウハギの幼魚がたどり着きやすかったからだろうか。
これがあなた、美しいのなんの。
旧一本サンゴがオニヒトデに丸ごと食べられてしまう前年がそのピークで、一本サンゴはまさに最後に一花を咲かせて散っていったのである。
ああしかし。
当時はフィルム写真用撮影機材が使用不可になり、かといってまだデジイチ装備をするには先立つものが無かった頃。
砂地にポツンと生えているサンゴにナンヨウハギが群れ集うその様子は、デジタルテープでのビデオ映像に留めるだけで終わってしまった。
同じ位置から20分ほど撮り続けた映像は、たしかにヒーリング効果抜群の清々しいものではあった。
けれど当時その動画を編集するためのハイスペックパソコンなど手元にあるはずもなく、その後旧我が家が被災した際にテープもお釈迦になってしまった。
ああ、今の装備で写真に残しておきたかったなぁ!!
オニヒトデに食べられてしまった旧一本サンゴは、生物としては死んでしまいはしても、ナンヨウハギの隠れ家としてはその後もしばらく機能していた。
なので旧一本サンゴの死後何年か経った頃でも、チビターレから随分成長したナンヨウハギヤングが、旧一本サンゴの遺骸(?)を拠り所にしながらずっと群れてくれていた。
ようやく手に入れたデジイチセットでその様子を撮ろうとしたのだけれど……
装備はあっても結局ちゃんと撮ることはできなかった…。
この後さらに成長したナンヨウハギたちは死サンゴでは手狭になったのか、残念ながらこの群れはこの年(2007年)が最後となった。
以後現在(2019年3月)に至るまで、これほど数多い群れは目にしたことがない。
だからといってナンヨウハギが絶滅したわけではなく、今もなおシーズンになるとそこかしこのサンゴにで幼魚が観られる。
また、枝間のスペースが大きなヘラジカハナヤサイサンゴをはじめ、「夜の隠れ家」とするのに都合がいいサンゴがリーフエッジ付近に目立つところ、というエリア限定ながら、オトナもフツーに観ることができる。
昨年末(2018年)には、このようなナンヨウハギに出会った。
ひと目で「変!」と気がついた。
具体的には、いったい何がどう変なんだろう??
と違和感の正体を考えていたところ、おりよくお友達がランデブー。
眉毛を剃ったナンヨウハギ…になっていたのだ。
同じ場に居ながらも、他と比べて浮いて見える魚たちは、とかく捕食者に狙われる傾向がある。
このヘンテコドリーも子供の頃からこういう模様だったのだとしたら、幼少時の彼は相当なサバイバルだったはず。
さすがにオトナサイズになるとさほどの危険もないのか、ノーマル模様のナンヨウハギたちに混じり、楽しげに泳いでいるアブノーマルドリーなのだった。