水納島の魚たち

ニセクロスジギンポ

全長 12cm

 ニセクロスジギンポは、クリーナーとして有名なホンソメワケベラのそっくりさんとして知られている。

 上の写真はヒレを広げているのでそっくり度が損なわれているけれど、ヒレを閉じるとこんな感じ。

 一方、ホンソメワケベラは……

 瓜二つを軽く凌駕する瓜一つ級のそっくりさだ。

 いかにそっくりとはいえ、両者を見分ける差異はいろいろある。

 最も歴然とした違いは、口の位置だ。

 クライアントを恍惚の境地に至らしめるべく、繊細なタッチが求められるホンソメワケベラのオチョボ口は先っちょに。

 一方、齧りとってモノを食べるニセクロスジギンポの口は、先っちょよりも下側にある(牙もある)。

 もっとも、泳いでいる時に口の位置など観ていられない、というクラシカルアイな方々も多いであろうことを考えると、ニセクロスジギンポのそっくりぶりは天下一品。

 だったら「ニセホンソメワケベラ」ではないか、といいたくもなる。

 とはいえあくまでも彼らはギンポの仲間なので、ニセホンソメワケベラギンポじゃあ語呂的にしまりがない。

 でもクロスジギンポとは似ても似つかないじゃん…

 という方は、ニセクロスジギンポが穴から顔を出している時をご覧あれ。

 彼らニセクロスジギンポたちもやはりギンポ、穴から顔を出していることもあり、その時の顔はクロスジギンポにけっこう似ているのだ。

 こうして観ると、口の場所が一層わかりやすい。

 ニセクロスジギンポたちは、ホンソメワケベラのフリをしてまんまと他の魚に近づき、その魚のヒレやウロコをこの口で齧りとる、という説明が、かつてはいろんな図鑑で述べられていた。

 ところがどうやらそれは、あくまでも水槽内などの限られた空間での出来事であるらしい。

 自然下での彼らは、他の魚のヒレなどを齧ることもある一方、環境に応じてエサの摂り方を変えているようなのだ。

 水納島の場合、岩場のポイントのようにハマサンゴ類が多く、その表面にイバラカンザシがたくさんついている状況では、他の魚の一部を齧りとるという危険はあまり冒さず(やらないわけではないみたい)、どちらかというとイバラカンザシなどのような固着生物を捕食していることのほうが多い。

 それらのジジツは、採集された胃の内容物を調べた結果判明したこととして何かで読んで知ってはいたのだけれど、実際に海の中でその様子を観ることができた。

 ちなみにイバラカンザシという生き物は、↓これです。

 色とりどりのお花に見えるのがイバラカンザシ。
 花のように見えるけど、ひとつひとつがゴカイの仲間の動物だ(土台になっているのがハマサンゴ)。

 そんなイバラカンザシがそこかしこにいる浅いところで、ニセクロスジギンポがフラフラ泳いでいた。

 一見すると、片手に土産をぶら下げたゴキゲンな酔っ払いのような泳ぎっぷりだ。

 ところがイバラカンザシに近づいた刹那、電光石火の早業でイバラカンザシへ急降下!!

 が、イバラカンザシはその5倍くらいの素早さで身を引っ込ませることができるため……

 失敗。

 これも……

 失敗。

 これは……

 見事ゲットした……かも。

 2〜3m四方程度の狭い範囲で2〜3匹が同じようなことをずっとしていたけれど、観たところでは失敗率のほうが高そうだった。

 それでも、傘の一部や、場合によっては片側の半分近くが傷んでいるイバラカンザシをちょくちょく目にすることを思えば、けっこうゲットしているに違いない(イバラカンザシに悪さをする魚は他にもいるけど)。

 ただしこれは、単独で暮らしているニセクロスジギンポの、通常のお食事の場合。

 アカデミズムの分野でニセクロスジギンポを研究されている方にうかがったところによると、ニセクロスジギンポたちは幼魚時代をリーフの中で送るそうで、成長するとリーフの外に出てくるという。

 その幼魚になる前の仔魚時代は浮遊生活だから、幼魚やオトナの増減は浮遊生活時代の潮の加減やサバイバル率に関わってくるらしい。

 なので年によっては、ニセクロスジギンポをリーフ際でやたらと目にすることがある。

 2015年の夏〜秋には、リーフ際の各所で↓このような集団を目にした。

 ギンポの仲間には、繁殖期になると集団になるタイプのものたちもいる。

 だからこの集団も、てっきり繁殖行動の一環なのだろうと思っていた。

 実際に繁殖に関係しているのかどうかは不明ながら、ニセクロスジギンポの場合、これは繁殖だけのためではないらしいことがわかってきた。

 というのも、この集団のままかなり素早い動きで、入れ代わり立ち代わりヒレジャコガイに齧りつきまくったり、ヘラジカハナヤサイサンゴの枝間でイシガキスズメダイが保育している卵を、集団で襲いかかって貪り食っているシーンを目撃してしまったのだ。

 そしてついには、あらゆるダイバーが恐怖する卵保育中のゴマモンガラの卵を、様子をうかがいながらではありながらも、わりと好き放題食べている始末である。

 この1分足らずのムービーの前もその後もずっと、ニセクロスジギンポの集団に隙を窺われ続けていたゴマモンママの苦労は察するに余りある。

 事ここに至り、彼らニセクロスジギンポの団体の正体は、ヤクザも真っ青の半グレ集団であることが判明した。

 このままニセクロスジギンポが増え続けたら、リーフ際の平和はいったいどうなってしまうのだろう?

 …という危惧よりも、再び半グレ集団の活躍ぶりを観てみたいなぁと思いながら臨んだ翌2016年は、どういうわけか半グレ集団の姿はまったく見当たらず。

 夏には、件のニセクロスジギンポの研究者御一行が、当サイトで前年の水納島の様子を知り、わざわざ水納島まで来てフィールド観察をされたというのに(お隣の瀬底からですけど…)、観察できたのはリーフ内での1個体のみでしかなかったという話だった。

 2016年は、ようやく10月半ばになって、カモメ岩付近のインリーフで、ニセクロスジギンポのオトナの集団を目にすることができた。

 2017年も、件の先生から「今年のニセクロスジギンポの様子はいかがな塩梅でしょうか」という質問をいただいたのだけど、残念ながら半グレ集団どころか成魚をリーフ際で観る機会はほとんどなかった(岩場のポイントにはいた)。

 となると余計に際立つ、2015年の半グレ集団。

 浮遊生活時代がその鍵となるならば、2015年の春前後の海の状況が気になるところ。

 はて、その頃なにがあったっけ?

 まったく思い出せん……。

 半グレ集団も気になるところながら、ニセクロスジギンポはチビの頃もなかなか興味深い。

 成魚がホンソメワケベラの成魚にそっくりなニセクロスジギンポ。

 実は幼魚は幼魚で、これまたホンソメワケベラの幼魚にそっくりという、ものまね芸も極まれり的な姿をしている。

 そのそっくり度合いは、ミナミギンポの幼魚の比ではない。

 幼魚時代をリーフの内側で過ごすというニセクロスジギンポのチビは、これくらいのサイズになるとリーフエッジ付近くらいの浅いところで観られるようになる。

 その昔天下の大御所大方洋二さんが水納島に遊びに来ておられた頃、潜り終えて船に戻るなり、開口一番

 「すごいのがいたよ!」

 とおっしゃったことがあった。

 そのスゴイのとは、すなわちニセクロスジギンポの幼魚だ。

 当時は今のようなデジタルカメラ時代ではなく、ネット上にそのような情報が溢れているわけでもなく、そのテの話は、その道の方かそのスジの者しか知るところではなかった時代である。

 ニセクロスジギンポの幼魚はホンソメの幼魚とそっくりであるという話も、ウワサには聞けど、図鑑に幼魚の写真が載っているわけじゃなし、ビジュアルで確認することがなかなかできなかった。

 当時に比べれば、こうして当サイトごときページにてニセクロスジギンポの幼魚の姿を観ることすらできるのだから、まったくもって隔世の感あり。

 さて、この幼魚、もう少し成長したものなら、水深15mほどの砂地の根でも観られるようになる。

 やはり普段はたいてい各ヒレを閉じた状態で泳いでいるけれど、ずっと観ているとたまに全開してくれるときもある。

 こうなるとホンソメワケベラとの「そっくり度」がかなり損なわれるためか、滅多なことではヒレを全開にはしてくれない。

 ただし、正体がバレてもいい時には、安心して全開状態に。

 本家ホンソメワケベラにクリーニングまでしてもらうのだから、ニセモノとして生きる彼らに、人生的負い目など微塵もないことだけはたしかである。

 いざとなると半グレ集団になる暮らしぶりといい、ニセモノぶりの完成度といい、逞しさが際立つニセクロスジギンポたち。

 けれどそこはそれ、穴の中に入っている時の顔は、半グレ集団など想像もできないほどに可愛いのだった。