水納島の魚たち

ニセネッタイスズメダイ

全長 6cm

 ナガサキスズメダイの幼魚とともに、シーズン中の白いガレ場をささやかに彩ってくれているのが、このニセネッタイスズメダイの幼魚だ。

 オトナには無い、そしてそっくりなネッタイスズメダイにも無い、大きな眼状斑が特徴だ。

 幼魚たちはけっして群れ集うわけではないけれど、そこかしこでチラリホラリとこのレモンイエローが見え隠れする様子は、そばに必ずといっていいほどいるナガサキスズメダイのブルーとあいまって、箱庭的ささやかな美しさがある。

 大きな特徴になっている背ビレの眼状斑は、ナガサキスズメダイの幼魚と同様、成長とともに消失する。

 一方、成長するにつれ、チビチビの頃には観られなかった模様が、顔や背ビレ尻ビレなどに少しずつ入ってくる。

 そして最終的には、わりと派手めに模様が入った顔になる。

 体の色はナガサキスズメダイのように劇的に変化してしまうわけではなく、眼状斑が無くなる頃には、黄色味が薄くなっている程度だ。

 ↑これは、まだ眼状斑がある若魚(左)とオトナ。

 なかには、眼状斑の名残りがうっすらと見えていることも。

 そっくりなネッタイスズメダイに比べるとオトナのサイズは2周り以上大きく、ホンソメワケベラと並ぶとこんな感じ。

 これだけ大きくなっていると、よもやネッタイスズメダイと見間違えることはない。

 ニセネッタイスズメダイは、体が大きいし個体数は多いし、リーフ際には必ずある礫底が大好きだから、探さなくともいつでも出会える。

 繁殖もそのような場所で行われ、繁殖期になるとオスの尾ビレは黒く縁どられるようになる。

 さらにやる気モードになっていよいよメスを誘う段になると、オスの頭部は濃色になり、体にはまだら模様が出て、興奮モードになっていることがひと目でわかるようになる。

 メスを誘うためにオスが用意する産卵床はたいてい死サンゴ石の下。

 死サンゴ石の下はトンネル状に整備され、くぐり抜けられるようになっている。 

 通路はきれいな砂底に整えられていて、邪魔になったらしきサンゴ礫が、出入り口に積み上げられてある。

 産卵床にはまだ卵が産みつけられている様子はなかったけれど、ここに近寄るものに対し、オスは撃退の意志を力強く示す。

 興味深げに接近してきたオグロトラギスも……

 やる気オスの勢いにタジタジだ。

 ニセネッタイスズメダイのオスは、近寄る者を撃退する一方、産卵床の日々の整備も怠らない。

 通路(?)にサンゴ礫が転がり落ちていると……

 すかさず除去。

 その様子を、別の産卵床で撮った動画でも見てみると、けっこうな労働力であることがわかる。

 産卵床を調えるうえでもう一つ大事な仕事が、余分な砂の排除だ。

 石の下に潜り込んでから砂を輩出する様子はちょくちょく目にするんだけど、まだ作業序盤だからか石の外側も整えているときには、砂を排出する様子がよく見える。

 全速ダッシュ級に尾ビレを素早く動かして、ブロワーの要領で砂を外に吹き飛ばしているところ。

 その際彼は、体が前に進んでしまわないように、口でしっかり岩肌をホールドしている。

 その様子も動画で。

 この作業を何度も繰り返しているから、死サンゴ石の周りには…

 …どんどん窪地が出来あがっていく。

 やがて石の下が出入り自在の居心地良い空間となり、メスを誘うための自慢の産卵床になるのだ。

 メスに産卵床を気に入ってもらえるかどうかが、恋が成就するかどうかを大きく左右するから、オスの頑張りようは半端ではない。

 だからといって、待っているだけではメスはやってきてくれない。

 そのためこのテのスズメダイのオスたちは、メスを誘う独特の動きをする。

 ニセネッタイスズメダイの場合、それはテールアップと呼ばれる。

 産卵床の近くで、尾ビレを高く持ち上げてプルプル…と震わせる動きを繰り返すのだ。

 リーフ際の礫底を見渡すと、そこかしこで同じような動きをしているオスたちの姿が観られる。

 そうやって一生懸命頑張っている彼らは、ある重大な災厄に脅かされることになる。

 エビカニ変態社会ダイバーたちだ。

 エビカニ好きダイバーは、日中もの陰に潜むエビカニたちを観察するため、小岩という小岩をひっくり返す習性がある。

 そうやってひっくり返す小岩の中には、一生懸命巣作りに励んでいたり、卵を守っていたりするニセネッタイスズメダイの産卵床があることもある。

 そうすると、台風でもないのに大事な保卵園が乱されてしまうことになる。

 毎年シーズンになるたびにたくさんの愛らしいチビターレと出会えるのは、そんな災厄にも負げず、ニセネッタイスズメダイパパが頑張っているからこそ。

 パパ、ありがとう。

 追記(2024年5月)

 昨年(2023年)の梅雨後半、その後ほどなくして豪雨に見舞われることになるとは想像だにしていなかった晴れた空の下で、春からこっちずっと活発に繁殖活動を繰り広げているニセネッタイスズメダイのオスが、引き続き頑張っているシーンに遭遇した。

 シャコガイの殻の内側を利用した自慢の産卵床に、メスを誘っていたのだ。

 本文中でも触れているようにまだら模様はオスの興奮モードカラーで、ノーマルカラーがメスなんだけど、メスにはデバスズメダイやアオバスズメダイのようなクッキリハッキリした輸卵管は見えない。

 事ここに至って産卵する気がないとは思えず、とするとソラスズメダイの仲間たちってのは、わざわざ輸卵管や輸精管を外に出さないんですかね?

 興奮モードになってメスを産卵床まで誘導するオスに導かれ、シャコガイの殻の内側に入っていくメス…という図式の途中には、こういうシーンもあった。

 ヘタクソな写真ではわかりづらいけれど、3匹が絡み合うなかなか激しい三角関係が展開中の模様。

 昼ドラ展開を見せつつも、メスをシャコガイに引き込んで用を済ませたらしきオスが出て行った後そっと覗いてみると、シャコガイ産卵床の内側にはタマタマが…

 …といいたいところながら、このツブツブがホントにニセネッタイスズメダイの卵かどうかはよくわからない。

 ともかくこの自慢のシャコガイ産卵床のおかげでモテ期到来しているっぽいニセネッタイ父ちゃんは、今日も卵を守り続けるのだった。