全長 7cm
水納島のお隣の瀬底島には熱帯圏の生物を研究するためのセンターがあって、国内外から様々な研究者がフィールド調査のためにやって来ている。
そのため、瀬底で初めて発見されたという魚も少なくない。
大きな魚類生態図鑑が世に出始めた頃、そこに掲載されている観察報告例が少ない魚種で、分布地として唐突に
「沖縄県瀬底島」
と出てくるのはそのためだ。
セソコテグリの名もそういった事情によるところが大きいのだけれど、裏を返せば、研究者がもう少し先まで足を運んでくれていれば、この魚は
「ミンナテグリ」
になったかもしれないのであった。
惜しい!
セソコテグリと、近い仲間のコウワンテグリやミヤケテグリたちは、それなりに住み分けようと頑張っているフシがある。
コウワンテグリはその名のとおり港湾区域くらいの浅いところ、水納島なら海水浴場をはじめとするリーフ内でよく観られ、ミヤケテグリは浅いところではほぼ観られず、10mよりは深い砂地の根とだいたい決まっている。
セソコテグリはその両者の中間、といったところで遭遇する機会が多い。
すなわち、リーフ際の特にこれといって何がどうというわけでもない、岩肌や海底にうっすらと藻が生えているような地味な場所。
そういうところで観られるセソコテグリは、若魚からオトナまでほぼ例外なく地味地味ジミーだ。
これもジミー…
コイツもジミー……
この子もジミー。
オトナのオスも……
背ビレを広げればそれなりに派手な一面も見えるものの、閉じているとやっぱりジミー。
まるで商店街で売られているおばあ用の上着をミヤケテグリに着せたような魚、セソコテグリ。
派手方向に頑張っても、せいぜい↓これくらい。
やや赤みが強いところがある程度。
ところが。
フィルムで撮影していた頃、ミヤケテグリが観られるような水深20m超の砂地の根に、ミヤケテグリではなさそうなやけに黒っぽく見えるネズッポの仲間がいたので、?マークを3つくらい頭の上に浮かべながら写真を撮ってみた。
デジカメと違い、撮ったその場で写真を確認できるわけではないから、後日現像が上がってきた写真を観てビックリ。
思いのほか赤みが強かったのだ(冒頭の写真)。
他の魚の稿でも何度も触れているように、水深が増せば増すほど赤色が吸収されてしまう水中では、20m超の水深になると赤色は、黒っぽく見えて目立たなくなる。
一方リーフ際のような浅いところでは赤色はわりと赤いままだから、体色の赤味が強いと目立ってしまう。
つまりセソコテグリは、より目立たなくなるために、生息水深に応じて体の色味を変えているってことなのだろうか。
そういえば。
これまたフィルムで写真を撮っていた頃、中の瀬の水深40mほどの暗い岩肌で、観たことのないネズッポの仲間を見つけた。
当時の当サイトには「瀬能博士に訊こう!」というコーナーがあって、正体不明の魚の画像を瀬能さんにメールで送り、写真でわかる範囲の情報を無償で提供してもらっていた。
なので現像が上がってきたらすぐさまスキャンして上の写真をご覧いただいたところ、以下のとおりご回答をいただいた(情報は2000年当時)。
「体全体が赤みが強く、体側に暗色斑がならぶことからアカオビコテグリに同定されると思います(もちろん正確には標本の検討が必要ですが)。
写真の個体の第1背鰭には縞模様が確認できるので、雄になります。
雌では背鰭第1棘が伸長しています。伊豆半島や伊豆大島、柏島、島根県などで記録されています。
最初はハワイにいるものと同じ種と考えられていましたが、最近、別種であることがわかり、さらに日本でアカオビコテグリと呼んでいるものは未記載種であることが判明しました。
現在京都大学の中坊徹次氏によって記載準備が進められています。」
それから20年経った今、アカオビコテグリが魚類分類学的にどうなったかはさておき、それまで個人的に名前すら知らなかった新たなネズッポの仲間を知ることができ、水深40mで窒素を溜め込んだのも無駄ではなかった…と喜んだものだった。
ところが。
このたびセソコテグリをあらためてお勉強しようと思い、魚類検索資料データベースで「セソコテグリ」を検索してみたところ。
なんとなんと、かつてアカオビコテグリとご教示いただいたワタシの写真が、「セソコテグリ」として掲載されているではないか(瀬能さんにチェックしていただいた写真はすべて提供しております)。
この20年、ずーっとずーっとアカオビコテグリだと信じていたのに、いつの間にセソコテグリ認定になっていたの??
ん?
なんか、かなりウスラボンヤリした記憶ながら、その後同定変更の旨、後年お知らせいただいたような気もするようなしないような………。
ともかくもこれがセソコテグリであるならば、リーフ際あたりで観られるような地味地味ジミーは、あくまでも仮の姿、本気を出している彼らの姿は、深い深い海底でこそ……ってことなのかも。
もう一息でミンナテグリだったかもしれないセソコテグリ。
たとえ地味地味ジミーでも、じっくり観ているとやっぱり面白い。
キーコキーコ動きをしている子がいれば、まずはお近づきになっておこう。
それがオスだったら、↓こんな顔が……
背ビレを広げながら……
……こ〜んな顔になるのだから、たとえ地味でも目が離せない魅惑の魚なのである。
※さっそく追記(2020年1月)
繁殖期になると、オスはメスを相手にこうして背ビレを広げしきりにアピール。
また、縄張り内で出会う他のオスに対しても盛んに背ビレを広げて強さをアピール。
そういった行動は、すべてオスの専売特許だとばかり思っていた。
ところが。
リーフ際で対峙していた2匹のセソコテグリは、背ビレを見るかぎりどちらもメスっぽい。
見つめ合っていったい何をやっているんだろう?
と思いきや。
どちらも体を誇示しあっているような動きに。
あれ?
それってオス同士が行う争いの儀式なのでは??
すると……
ガブッと噛み合い戦闘開始!
お互いの会話は噛み合わずとも、文字どおり本気で噛み合っている2匹。
まさにがっぷり四つ、互いに譲らず戦いはヒートアップ!
……って、これどっちもメスのはずなんだけど。
まさかこれが互いの友愛を深める儀式であるはずはなかろうし、かといってオス同士の戦いでもなければ、昼下がりのレスビアンてわけでもなさそう。
いったいこれはどういうことなんだろう?
個体数が少なく周囲にオスがいないと、フォルムはメス形態のまま、まずは行動がオスになっているんだろうか(ネズッポ類って性転換するんだっけ?)。
このバトル、画像ファイルに付随している撮影データを見ると、10分以上続いていたようだ。
となると、けっして出会いがしら、行きずりのバトルというわけではなさそう。
謎は深まるばかりながら、それはさておき、こんな面白い写真を7年も前に撮っておきながら、今の今までヒッソリと私蔵していたオタマサっていったい………。
ワタシにとっては、そっちのほうがよほどナゾではある。