水納島の魚たち

スミツキソメワケベラ

全長 8cm

 猛暑で日本中がうだるような暑さに苛まれているのと同じく、今夏(2024年)の海中は早くも7月から高水温状態になってしまっていた。

 まだ10m以浅までのことながら、連日30度以上の水温に身を晒すことになるサンゴたちにとってはたまったものではない。

 そのため7月下旬にはもうリーフ上のサンゴたちのなかにはパステルカラーになっている群体が目立ってきて、実際には色褪せているサンゴたちがヒトの目にはカラフルに映るようになっていた。

 その日もそんなリーフ上のカラフルサンゴをボーッと眺めていたところ、眼下を横切る小さなベラの姿が目に飛び込んできた。

 ん?

 ホンソメワケベラのような形と泳ぎっぷりでいながら、背中は赤っぽく、なんだかエキゾチックな南国ホンソメって感じのこのベラは…

 スミツキソメワケベラだ!

 もっと南洋を主分布域にするソメワケベラの仲間で、日本では小笠原でチョコチョコ程度に観られるらしいけれど、それ以外の国内の海では極めてレアなスミツキソメワケベラ。

 その存在は30年前から知ってはいたものの、実際に海中で出会ったのはまったく初めてのことだ。

 その大きな特徴のひとつは、胸ビレ付け根付近の黒斑。

 そのためこの種類の存在を知ったばかりの頃は、海中でこの黒点が大き目のホンソメワケベラを見ては、

 「ひょっとしてスミツキ?」

 なんて期待したものだったけれど、もちろんながらそれらはすべてホンソメワケベラだった。

 でもそんな黒斑模様よりもホンソメワケベラと圧倒的に異なるのが、全体的な、特に背中の赤味(オトナの場合)。

 こりゃホンソメとは全然違うわ…。

 この赤い色が眼下を通りすぎていくのだもの、慧眼なるワタシが気がつかないはずがない。

 この初遭遇時、あいにく手元にはコンデジしかなく、コンデジをマクロモードに切り替えているうちに、スミツキソメワケベラの姿が消えてしまった。

 種類は異なるとはいっても、ほぼほぼホンソメワケベラと同じような行動をしていると思われる彼らのことだから、それほど遠く離れたところまで泳ぎ去っているはずはない。

 にもかかわらず、探せど探せど、スミツキソメワケベラは忽然と姿を消してしまった。

 きっとその辺にいるはず…と信じて20分ほとサーチしたところ、ようやく再会できたときには、スミツキソメワケベラはヘラジカハナヤサイサンゴを熱心に啄んでいた。

 その様子をしばらく観ていたところ、スミツキソメワケベラは食事をクリーニング作業で得られるものだけに頼っているわけではないらしく、むしろこのようにサンゴをつついている時間のほうが長いくらい。

 間違いなくサンゴの表面をつついてはいるものの、ポリプを啄んでいるにしては毎度選り好みが激しいところからすると、表面に付いているなにやら(なんだかわからない)を探して食べているのだろうか。

 まさか、サンゴのクリーニング?

 ホンソメワケベラがイソバナのポリプを啄んでいる様子を目にしたことがあるから、サンゴをつつく食事はもともと彼らの仲間の習性ではあるのだろうけれど、大御所大方洋二さんのブログを拝察したところによると、日本で目にしたスミツキソメワケベラはクリーニングをしている様子が観られたのに対し、本場南国の海に暮らしているスミツキソメワケベラがクリーニングをしているシーンは目にしたことがない、と述べられていた。

 ということは、国内での目撃例がかなり少ないスミツキソメワケベラだから、そのクリーニングシーンとなるとさらにレアケースに違いない。

 ここはひとつ、デジイチを携えてじっくりクリーニングシーンを撮らせてもらおう…

 …と2日後に再訪したところ、スミツキ君は初見時と同じ場所にちゃんといてくれた。

 そしてやはり、サンゴをつついてばかりいる。

 他の魚たちがそのすぐそばまで来てクリーニングのおねだりポーズをしているというのに、スミツキ君は、それでクリーナーという看板を背負っていけるのかと問いたくなるほどに、クライアントさんの要望を無視すること甚だしい。

 彼の食事としては、サンゴで充分なのだろう。

 それでも気が向くと、「しょーがねーなぁ…」という雰囲気を漂わせながら…

 …それまでずっと待っていたクライアントさんたちに近寄っては、それなりのことをするスミツキ君。

 ただしそれは、やる気も使命感も責任感も無いスタッフが揃ってしまったどこかの介護センターのようなオシゴトぶりだ。

 普段ホンソメワケベラのきめ細かいシゴトを観ている者にとっては、「おざなり」を絵に描いたようなクリーニング作業である。

 それでも「ソメワケベラ」の看板を背負っているクリーナーフィッシュには欠かせない腹ビレの絶妙かつ繊細なタッチのワザはスミツキ君も持っており、クリーニングを求める魚たちに近寄るに際しては、必ずといっていいほど腹ビレ小刻みプルプルタッチをしていた。

 ↑このニシキカワハギなんて、普段このように尾ビレを広げているところなどなかなか見せてくれないというのに、ヘラジカハナヤサイサンゴの陰にスミツキ君が回ってくると、ヒレを広げ体を傾け、全身でクリーニングしてして状態になる。

 そんな涙ぐましいカワハギの努力に応えはするスミツキ君ながら、なにしろ根が「おざなり」なので、ケアしているフリをしつつ…

 …サンゴをつついている始末。

 このように、クリーニングケアを求めてすぐ近くまでやってくる相手には高田純次ばりのテキトーさを見せるスミツキ君ながら、ベラ類などの長細い系の魚が近くを通りかかると、手のひら返しのやる気モードになる。

 それまでの不熱心さはどこへやら、ベラ系が近くを通りかかったと見るや、たちまちダッシュしてベラ系に縋りつき、熱心にクリーニングをするのだ。

 こうしてベラ類についていくと元の居場所から随分離れるんだけど、そこから再び戻ってくるスミツキ君。

 初見時にいったん見失ったのは、おそらくこのためだったのだろう。

 そうやって元の場所に戻る途中にも、サンゴの陰にいるアカマツカサ系やサンゴの上にたむろしているアカヒメジの若魚などにもクリーニングサービスを施そうとする動きを見せるのだけど、どうやら彼らにはスミツキ君の「おざなりサービス」の正体がバレてしまっているらしく、みんなハナから拒絶しまくっていたのが笑えた。

 ところでクリーニングフィッシュの口といえば、繊細タッチができるデリケートなもののように思ってしまいがちだけど、実際の彼らの口には、牙といってもいいくらいの歯がちゃんと備わっている(ホンソメワケベラにもある)。

 小なりとはいえ、こんな歯でぞんざいに施術されたら、そりゃ魚たちだって痛かろう。

 体だけ写っていたさきほどのアオノメハタも、実は本人は嫌がっているところを、スミツキ君が無理矢理まとわりついていたもの。

 大きめの魚たちにはウケがいいのかなと思ったら、それは大きな誤解のようだ。

 とまぁそんなわけで、サンゴをつついたり気が向けば魚をクリーニングしたりと、スミツキソメワケベラの暮らしはいたってのどかそうながら、ホンソメワケベラと出会うと、追い払う行動をとっていた。

 ところが何が違うのか、時々ヒレを広げてアピールするかのようにしながら、ホンソメワケベラにしつこくついていくことも。

 相手がオスかメスかという違いなのだろうか?

 あれ?

 撮っているときは気づかなかったけど、今見ると相手はホンソメじゃなくて、ニセクロスジギンポのような気も…。

 ↑こんな感じでときどきヒレを全開にしながらつきまとっていたスミツキ君なんだけど、この時はすぐ傍にきたシマタレクチベラのチビに反応したのか、ニセクロスジギンポらしき魚にアピールしているのか、どっちなんだろう。

 ともかくそんなわけで、再会後60分ずっと付き合わせてもらえたおかげで、レア度的にはおそらく一生分のスミツキソメワケベラの画像記録を残すことができたのだった。

 普段からいろんな魚におねだりされたり、自身もストーカーのように他の魚についていくことが日常だからだろうか、つきまとわれることに対してはさほど嫌がる素振りは見せず、むしろ何度も何度もカメラをクリーニングしようと近寄ってくるスミツキソメワケベラ。

 スミツキソメワケベラの寿命がどれくらいなのかは知らないけど、クリーナーフィッシュが他の魚に襲われることは滅多にないことを考えると、今後も何度か会えるかな?

 それはそうと、かつて海水浴場エリアで出会ったハイブリッドソメワケベラは、スミツキソメワケベラとソメワケベラの交雑個体でしょう…と瀬能さんからご教示をいただいた際には、スミツキソメワケベラの姿などどこにもないのに、なぜに交雑個体が?と不思議に思ったものだった。

 でもこのようにスミツキソメワケベラのオトナがいるってことは、ホンソメとの交雑個体だって生まれるチャンスはあるのだろう。

 かつての交雑個体がスミツキソメワケベラのハーフで間違いなしということを、ほかならぬ本人から確証を得たようなもの。

 これぞまさしく「お墨付き」♪