全長 4cm
赤地に白のピンストライプ。
これを着こなせるのは彼しかいない。
なかなか派手な体色を誇るこの魚は、その名をタテジマヘビギンポという。
もし彼の名前がクリクリギンポとかタテジマヒメギンポとかであれば、世のカワイイもの好きダイバーたちは、けっして彼を放ってはおかなかったことだろう。
ああしかし、悲しいかな彼の名前は「ヘビ」ギンポ。
あらゆる生き物たちの中でも、よりによって忌み嫌われ度ランキング上位5位以内に絶えず入っている「ヘビ」が名前になっているのであった。
そのせいで、ダイバーに持ち前のかわいさ美しさに興味を持ってもらったとしても、その名前を知られた途端、何事もなかったかのように記憶の底へと押しやられるかわいそうなヤツなのだ(当サイト推測)。
付け加えるなら、あまりに頻繁に見ることができる個体数の多さも災いしているかもしれない。
2018年現在、京都市内にいるアジア人観光客と同じくらい、とにかく探す必要がまったくないくらいにそこら中にいるのだ。
仮にこれが、たまたまたその時京都にいるスカーレット・ヨハンソンってくらいにレアな子だったら、名前がヘビであれゴキブリであれ、誰もが注目すること必至であろう。
もっとも、たくさんいるということが必ずしもマイナスか、というとそうでもない。
特に写真を撮る方にとっては、タテジマヘビギンポは格好の練習材料になる。
コンデジであれデジイチであれ、古くは銀塩写真時代のバカでかいハウジング仕様の一眼レフであれ、潜れば必ずそこにいるタテジマヘビギンポは、マクロ撮影器材の試し撮りにはもってこいの魚なのである。
あちこちにいるから、中には背景が抜群になるようなところに乗っかっていることもあり、真っ赤なイソバナにチョンと乗っかっているタテジマヘビギンポなどは相当フォトジェニック。
真紅のカイメンに佇んでいることもよくある。
時にはこんなところに平気で乗っているものもいる。
オオモンカエルアンコウの口もと!
いくら魚食性のプレデターとはいえ、オオモンカエルアンコウにとってタテジマヘビギンポなんていったらエサとしてまったくの対象外なのだろう、それを知ってか知らずか、タテジマヘビギンポはちょうどいい見晴台とばかりにずっと定位置にしていた。
そのほかオニダルマオコゼの鼻先に乗っていることもあるタテジマヘビギンポ。個体数が多いからこそのシチュエーションといえる。
たかがタテジマヘビギンポ、されどタテジマヘビギンポ。たくさんいるから、さらに意外なシーンを見ることもある。
タテジマヘビギンポが、スカシテンジクダイらしき幼魚をゲット!!
愛くるしい顔をしていながらも、タテジマヘビギンポはれっきとした肉食性の魚だったのである。
肉食系草食系にかかわらず、タテジマヘビギンポにも恋の季節がある。
春になって繁殖期を迎えると、そこらにいるオスの体色がにわかに深紅に染まる。
オスの婚姻色だ。
恋の季節を迎えている彼らオスたちは、婚姻色でその身を燃え立たせている。
一方メスは、繁殖期でもほぼ通常色。
各オスはそれぞれココという縄張りを持っていて、そこでメスを産卵へと誘導する。
その際オスは、縄張りの中心で愛を叫ぶ。
これはけっしてアクビではなく、上を向きながら口をパクパクさせる動きを繰り返しているところ。
傍らにいるメスを誘っているのだろう。
盛り上がったカップルは、愛の儀式に入る。
オスのナワバリ内に入ったメスは、同じように口を何度かパクパクさせたのち、身を震わせてから卵を産む。
何度もそれを繰り返しているところを見ると、クマノミのように卵が列になるようにズラズラズラと産むのではなく、1つずつくらいのわりで何度も何度も産んでいるらしい。
そしてオスはその都度メスに寄り添っては、卵を受精させる。
ちなみにその際のメスの輸卵管。
普段は外に飛び出していない器官だ。
これを何度も繰り返して、次々に卵を産んでいくタテジマヘビギンポのカップル。
それにしても、メスが卵を産む直前までは、オスはけっして寄り添っているわけではなく、すぐ近くで見ているだけ。
それなのになぜ、産んだその瞬間にすぐさま寄り添い、受精行動をとれるのだろうか。
産卵直後に受精させるのは、他のオスに隙をつかれないようにするとかいろいろ理由はあるんだろうけど、「産んだ瞬間」がなんでわかるのかが不思議だ。
ずっと観ていると、その疑問の答えがあった。
メスが産卵をする前に口をパクパクさせる、ということはすでに触れた。
そして体を微動させ、これから卵を産みます、という動きがあることも紹介した。
実はそのあと、今まさに卵を産んでいます!というその時に、メスはこういう顔をするのだ。
卵産んでますぅ……の顔。
メスがこの顔をすると、傍らにいたオスはすかさず……
…メスの隣りにかけつけて
めでたく受精、ということになるようだ。
写真で見るとこうしている時間が長いかのように感じられるかもしれないけれど、受精自体は1秒もかからず終了するから、撮ってくださいといわんばかりに2匹が長々と寄り添ってくれるわけではけっしてない。
1つずつ(もしくは少量ずつ)産むので頻繁に産卵・受精をしているとはいえ、じっと観つづけていなければ見逃してしまう一瞬のデキゴトなのだ。
春先のまだ水温が低い時期に、そこらじゅうでタテジマヘビギンポたちの愛の儀式が執り行われているのである。