全長 50cm
流線型のスマートなボディはなんだか涼し気で、白い砂底が広がる中層を彼らの群れが通り過ぎていく様は、スコール後の爽やかな夏の風のよう。
英名でレインボーランナーとも呼ばれるのもよくわかる。
ブリと名がついているだけあって、そのフォルムはけっこうブリに似てはいる。
でもツムブリはブリ属の魚ではなく、ただ1種でツムブリ属をなしている。
という意味でブリとはやや違う仲間だぞ、ということは知ってはいた。
しかし恥ずかしながらこの稿を書く今の今になって、ブリもツムブリも「アジ科」の魚である、ということを初めて知った。
美味しい青物魚の代表格でもあるブリやヒラマサが沖縄ではほぼ観られないのに対し、ツムブリは夏から秋にかけての定番の魚だ。
回遊魚系の魚群がコンスタントに観られるわけではない水納島の海では、ツムブリは数少ない光物魚群でもある。
例年は夏頃に群れが観られ始め、秋までそれが続く、といった感じなので、ハイシーズンにお越しになるゲストのみなさんにはお馴染みの魚でもある。
群れが観られ始める頃はまだ40cmにも満たないくらいの若魚たちがもっぱらで、季節を追うごとにだんだん大きくなっていくツムブリ。
冬になると群れと遭遇する機会はほとんどないところを見ると、エサとなるキビナゴたちがリーフ際に集まり始める季節に合わせての回遊ということなのかもしれない。
年によっては早くも春から群れが観られることがあって、そういう年には、夏場に出会う群れの個体数がかなり多い。
普段は群れで行動しているツムブリたちもホンソメワケベラのクリーニングステーションがどこにあるか把握しているので、たまに群れから離れてホンソメケアを受けに来るものもいる。
それが待ちに待ったクリーニングケアだったりすると、近寄るワタシを警戒していったんはその場を離れても、よほど未練があるのかすぐにまたやってくる。
そしてホンソメケアがよほど気持ちがいいのだろう、時にあられもない顔になることもある。
単独でいるときは近寄るとたいてい逃げていくツムブリながら、彼らは自分たちより大きなものに寄り添う習性があるから、群れに出会ったときに慌てず騒がず静かにジッとしていると、どれどれどれ……とツムブリたちのほうから近づいてきてくれることが多い。
彼らは気になるものがあるとジロリと視線を送ってくるから、数が多い群れに囲まれるとなんだかそのままピラニアに襲われるような雰囲気を感じることもある。
ウミガメたちも、ツムブリにとってはおあつらえ向きの寄り添いクリーチャーになるようだ。
また、砂地の根の上でゆったり静止していた大きなオニカマスにも、ツムブリたちがスリスリとすり寄っていったこともあった。
普段は根の上にいることなどまずないオニカマスことバラクーダ、これほどデカいとツムブリなどひと口でゲットされてしまいそうだけど、こういうところにいるときは安全、という暗黙のルールでもあるのだろうか。
ツムブリたちはもっぱら中層を回遊していて、スカテンなどの小魚で根が盛り上がっているときは、スカテン目当てなのか根の周りに集まることもある。
でも夏場の彼らのエサといえば、なにをさておいてもまずはキビナゴ。
リーフ際で川のような群れを作っているキビナゴ目当てに、ツムブリたちの群れがやってくる。
キビナゴなどの大量群れ群れタイプの小魚を常食にしている彼らは、群れごと襲い掛かる。
そのためリーフ際などキビナゴが群れている水面付近では、バシャバシャバシャッと激しく暴れている様子が洋上からでも伺うことができる。
それにしても、このようにオトナになって群れを作って回遊するようになる前、チビのツムブリたちって、いったいどのような暮らしをしているのだろうか。
その様子の一端を伺う機会が6年前(2014年)にあった。
9月の初めのこと、リーフエッジ付近にいたときにふと水面を見上げると、沖合から流れ藻が風に流されて近寄って来ていた。
こういうモノには、気になる何かが寄り添っていることが多いから、さっそく水面付近まで浮上してチェックしてみた。
オヤビッチャの幼魚たちのほか、何か見慣れぬ小魚が真ん中付近にいる!
拡大。
おお、10cmにも満たないツムブリのチビチビだ!!
なるほど、こういうモノに寄り添いながら幼少期を過ごしているのか、ツムブリ・チビターレ。
この時は台風後でいろんなものが流れていたからだろうか、今度は工事現場でお馴染みの三角コーンがプカプカと流れてきた。
沿岸域でも観られる小魚たちのほか、ここにも見慣れぬ魚体の姿が。
三角コーンの天辺のほうに回ってみると……
おお、その姿は!!
拡大。
やっぱりツムブリ・チビターレ!
長い間ナゾだったツムブリの幼少期、そのひとつの選択肢が「寄らばコーンの陰」だったとは知らなかった。
流れ藻にしろこうしたゴミにしろ、拠り所とするには甚だ心もとなく感じられるけれど、考えてみれば我々が住むこの地球だって、儚さという意味ではこの三角コーンと大して変わらないのかもしれない…。
いずれにしても、こんなところで魚たちの役に立っているとは、三角コーンメーカーも夢にも思わなかったに違いない。
※追記(2023年1月)
昨夏(2022年)、リーフ際で群れているアカヒメジの群れをボーッと観ていた時のこと。
群れの中に意外な顔が混じっていることに気がついた。
上の写真でも見えているんだけど、わかりますか?
そう、まだ20cmそこそこのツムブリの若魚だ。
このチビツムブリはたまたまここに通りかかったわけではなく、アカヒメジと一心同体少女隊状態で、常にアカヒメジたちと行動をともにしていた。
ただし、サーッと群れが泳いでいるときはともかく、アカヒメジたちはわりとのんびりホバリング同然でたたずむことが多いので、ツムブリチビもみんなに合わせてほぼ静止状態になろうとする。
ところが、もともと泳いでナンボの暮らしをしているツムブリなので、この静止がかなり辛そうで、酸欠状態の水槽にいる金魚のように、口をパクパクさせながらヨタヨタしていた。
アカヒメジの生活様式は、きっとツムブリにはフィットしないのだろう。
群れには誰でも受け入れるアカヒメジたちだから、みにくいアヒルの子のようなイジメは受けていなさそうで、ツムブリも今のところ自分をアカヒメジだと思い込んでいるっぽい。
しかし夏本番を控えている時期のこと、この先ツムブリの本当の群れが目の前を通り過ぎていくこともあるかもしれない。
それを見て自分の素性を知った日には、このツムブリチビはどうするのだろう?
ハッ!と気づいた途端、ピューッと泳ぎ去っていくのだろうか。
その「ハッ!」の瞬間を見てみたい…。