●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2021年11月号
観光客には「常夏」と思われがちな沖縄でも、10月半ばを過ぎるとそれなりに秋を感じることが多くなる。
「秋」の到来を告げる音というものもあって、それが水納島には2つ。
秋晴れの空に「ピー、クイーッ!」と響き渡るサシバ(鳥で冬を過ごす猛禽類)の声と、島内を縦横に走り回るトラクターの音だ。
現在の水納島には農業で生計を立てているヒトはいないけれど、もともと農家の島ということもあり、今もなお畑で野菜作りに精を出す方はいる。
とはいえ夏には野菜を作ることはほとんどなく、半年以上放置された亜熱帯の畑に蔓延る雑草は大変なもので、放置状態の畑はほとんど藪になっている。
秋には雑草が伸び放題の畑を「畑」に戻すことから始めなければならず、そのためにはトラクターが欠かせない。
おばあたちが現役だった頃はみなさんが野菜作りをしていたから、10月になると毎日のようにどこかでトラクターが畑を耕す音が聞こえたものだった。
これから季節を迎える畑たちがやんやの歓声をあげているかのようで、私はそれを「トラクター祭り」と呼んでいる。
毎年10月くらいから畑で大活躍する島唯一のトラクター。畑の耕耘だけでなく、未舗装道路や沿道の除草にも欠かせない。その存在が島民にとってどれほど有り難いかは、かつて新登場した際、小中学校の学習発表会に合わせ、校門前に”展示”されていた、という事実からも容易にご想像いただけるだろう。
もちろん各家庭ごとにトラクターが1台あるわけではなく、昔はおじいが駆るトラクター1台きりで、それを上手に運転できるのもおじい1人きり。
おじいにトラクターで耕してもらう順番待ち、ということもまた、毎年10月には恒例だった。
その年季の入ったトラクターが、ある年ついに使用不能になってしまった。
もとより生業ではなく、耕す畑といえば各家でせいぜい100坪ほどという規模の畑のために高価なトラクターなどおいそれと購入できるものではない。
かといってこのままトラクターが無いままだと、私も含めて畑をやっている人々は途方に暮れてしまうことになる。
そんなおり、突如地域の農業支援に力を入れ始めた本部町の予算で、地域ごとに組織を作れば、新品の農業機械を1割負担で購入できる運びとなった。
咳き込みながら無理無理動いていた従来のものに比べれば、未来世紀のハイテクマシーンのような最新トラクターが島にやってきたのは、10年ほど前のことだ。
これでもう、秋の耕耘耕起の際にトラクターが無い恐怖を味わわずに済むことだろう…。
ところがそれからの10年で、おばあたちが寄る年波で引退したりお星さまになったり大規模に農業をしていた家が規模縮小したりで、現在トラクターで耕す必要がある畑は年に合計1000坪ほどだけという、ハイテクトラクターの機能性能からいえば宝の持ち腐れ状態になってしまった。
とはいえ畑をやる人が減ったために秋の風物であるトラクターの音があまりしなくなったか、というと実はそうでもない。
観光繁忙期が終わり、島唯一のオペレーターの手が空く10月になると、島内未舗装路や沿道の除草マシーンとして、トラクターが大活躍するようになるのだ。
過疎化が進んで人力ではもはや手に負えなくなり始めている今、そういった除草作業にも、トラクターはかなり有効なのである。
今年も10月に入り、あちらの道からこちらの道へ、そして向こうの畑からそこの畑から、トラクターが頑張る音が聞こえている。
「トラクター祭り」の音に感謝しつつ、秋の到来をしみじみと感じさせてもらっているのだった。