全長 20cm
紅組優勢の紅白歌合戦といった体色のこの魚は、その名をクラカケエビスという。
体後半部の白い部分は、個体によってか性差によってか、面積に違いがあるけれど、いずれにせよ紅組が優勢であることにかわりはない。
紅白だなんて、なんともめでたい色合いだ。
もっとも、クラカケエビスは↓このように岩陰に住んでいることが多いから……
…肉眼では写真のような紅白のメリハリには気がつかないかもしれない。
となると。
アカマツカサのように数多く群れるでもなく、ニジエビスのように青い海をバックに泳いでくれるわけでもないクラカケエビス。
スミツキカノコのようにちょっぴりレア感があるわけでもなく、トガリエビスのように威風堂々たる体躯を誇るわけでもないクラカケエビス。
これでもかというほどに、「脇役」の要素に満ち溢れたクラカケエビスなのである。
ところで、クラカケエビスの「クラカケ」というのは「鞍掛」ということなのだろうけど、いったい何がどのように鞍掛なんだろう?
調べてみると、尾ビレ付け根付近にある白い点が、鞍を掛けているように見えるため、なのだとか。
白い点といっても体後半部の白い部分全体のことではない。
よく観ると、その白い部分の中に、ひと際白く輝く部分があるのだ(矢印の先)。
これだとわかりづらいから、もっと明度を落としてみよう。
この輝く白い部分が、「鞍掛」なのだそうな。
どうせなら紅白に分かれているところに注目するなり、もっとわかりやすい特徴に注目してくれればいいのに、よりにもよって、なんでこうまで暗くしなきゃわからないような小さな白い点に基づいて名づけるんだろう?
と思ったら。
なんとこのクラカケエビス、死ぬと白い部分はほぼ赤くなり、わずかに「鞍掛」部分の白点のみが残るという。
なるほど、標本のみが情報源だったその昔は、まさかこの魚が生前紅白に色分けられているなどとは夢にも思わなかったのだろう。
和名を記載するにあたっては、海中での生態情報も加味されることもある現在であれば、さしずめ「コトブキエビス」なんていう、めでたさ2乗のキラキラネームになっていたかもしれない。
であれば、今のような脇役の地位に甘んじていることもなかったかも。
ああ、惜しかった、クラカケエビス……。
今日もクラカケエビスは岩陰でポツンと1人、寂しげにしていることだろう。
あ、でも周りにアカマツカサ類がたくさんいることもあるから、けっして寂しくはないのかも。
※追記(2022年12月)
脇役に徹しているかと思われたクラカケエビスも、正面から眺めてみるとかなりの役者だった。
たまたま除いた岩陰で、ヤギの仲間をバックにクラカケエビスがこちらを向いていた。
人生最美麗背景のクラカケエビス。
いつも陰に隠れてばかりいるクラカケエビスも(ここも陰といえば陰なんだけど)、たまにはひと花咲かせたくなったのだろうか。
なかなかお利口さんなクラカケエビスで、奥に逃げ去ることなくずっとヤギの前でカメラを見つめ続けてくれていた。
アングルが変わると眼の上の白いラインが眉毛のように見えて、なんだか困っている西川きよしのような顔になる。
そうやってずっとカメラを見つめ続けていたクラカケエビスの視線に、突如変化があらわれた。
なにやら下の岩肌を見つめている。
するとクラカケエビスはやおら下方にサッと動き、再び戻ってきた一瞬の動きのあとには…
カニゲット!!
…と思ったら脱皮殻だったらしく、なぁ〜んだとばかり吐き出しているところ。
束の間のこととはいえ胃袋ご馳走待機態勢になってからの脱皮殻というオチに、クラカケエビスは少々ご不満のようだった。
ホントにこれは脱皮殻を吐き出した直後で、どう見ても不満そうな顔にしか見えない…。
物陰に隠れながらも、かなり表情豊かなクラカケエビスなのだった。