150cm
巨大なウツボである。
英名で「ジャイアント・モレイ」と呼ばれるドクウツボも相当大きくなるウツボだけれど、このニセゴイシウツボは、体の長さよりも太さが際立って遥かにジャイアントに見える。
その名のとおり碁石模様で、若いうちは白と黒のコントラストがクッキリしていて美しい。
老成すると、本来白地の体がいぶし銀のような色になってきて、迫力がいやでも増す。
ちなみに、その昔は若い子と老成個体では別種と勘違いされ、別々の名前がつけられていたそうで、老若のどちらかがゴイシウツボと呼ばれていたそうな。
でもどちらも同じ種類だとわかり、晴れて名前が統一されたまではよかったのだけど、なぜだかニセゴイシウツボに優先権が。
ゴイシウツボでいいじゃん!!
…と、多くの人が思ったことだろう。
残念ながらそこにはお役所的な学術上のルールがあって、「ブロントサウルス」が「アパトサウルス」になってしまったのとほぼ同じ理由で、ニセゴイシウツボという和名が生き残ったのだった。
つまりニセゴイシウツボは、他に本物(?)がいるわけでもないのにニセ呼ばわりされているのである。
ニセであれなんであれ迫力ボディのニセゴイシウツボは、かつては岩場やドロップオフの岩陰に潜んでいるのをごくたまに目にする程度で、少なくとも水納島の砂地のポイントでは観られなかった。
ところがここ5〜6年(2018年現在)、少しずつ砂地の根での遭遇頻度が増えている。
そう何匹もいるとは思えないから、出会う場所はその都度違えど、夜な夜な移動している同じ個体なのだろうとは思う。
けれど、少なくとも大小それぞれ1匹ずついることはたしかだ。
でっかいほうは海中での見た目の太さがヒトの大人の太ももくらいあるように見え、やたらと巨大さが際立つ。
ただ、なまじ体が大きすぎるため、狭いスペースに無理無理入っている体は、なんだかとても窮屈そうだ。
本人も対峙する相手に比して自分がでっかいことがわかっているのか、他のウツボ類に比べるとあまり物怖じせず、カメラを向けるとニセゴイシのほうから身を乗り出して迫ってくることもある。
このでかさのウツボに正面から迫られると、さすがにたじろいでしまう。
もっとも、物怖じしないだけで狂暴というわけではなく、こちらに危害を加えようという意図はないようだ(と信じている)。
ところで、天下の巨匠大方洋二さんのブログによると、ニセゴイシウツボが魚やエビにクリーニングされているシーンを観るのは稀なのだとか。
世界の海で水中写真を撮り続けて300年の巨匠が稀とおっしゃる、ニセゴイシウツボのクリーニングシーンはこんな感じ。
まずはホンソメワケベラの幼魚のオシゴト。
いくら全幅の信頼関係があるとはいえ、よくもまぁこのような凶相の持ち主の口の中に入り込めるよなぁ……。
アカシマシラヒゲエビも頑張っていた。
もちろん口の中も丹念にお掃除お掃除。
よほど心地いいのか、ニセゴイシウツボも、いつになくゴキゲンさんな顔をしている。
ちなみにアカシマシラヒゲエビにクリーニングしてもらっている子はまだ若く、太ももサイズのオトナに比べると随分小さい。
太ももサイズのオトナがアカシマシラヒゲエビにクリーニングしてもらうと…
大きいから2人がかりでの作業になることもザラだし、太ももサイズが本気で口を開けると…
火でも吹きそうなくらいに大変なことになる。
その点若いニセゴイシは小柄な分、砂地の小さな根でも居心地がいいのか、なんだかしっくりおさまって、小魚たちに囲まれてメルヘンシーンになっていた。
しかしニセゴイシウツボの幼魚は、こんなメルヘンシーンなど軽く吹き飛ばすほどに衝撃的にカワイイのだ。
なにしろ黒点のサイズは変わらないのに体は極小だから、碁石模様というよりは黒くて丸い斑模様という感じで、知らなければニセゴイシウツボの幼魚だとはまったく気づけないかもしれない。
オトナのニセゴイシに遭遇する頻度は増えているものの、残念ながら幼魚に出会ったことはまだ一度もない。
聞くところによると相当警戒心が強いらしく、たとえいたとしてもこちらが気付く前に穴の奥に引っ込んでしまっているかもしれないらしい。
ハナヒゲウツボ・キレンジャー同様、いつか会いたいニセゴイシチビターレ。
大小の2匹が雌雄であれば、そのうちチャンスがあるかも……?
※追記(2020年12月)
今年(2020年)6月のこと。
グルクンの群れなどを眺めつつ砂底を進むと、背ビレにスミゾメキヌハダウミウシをくっつけているヒメダテハゼがいたのでそれを観ていただこうと思ったら。
前方からまっしぐらにこちらに向かってくるものが。
その針路の軸線は完全に我々の方向になっている。
それがオオスジヒメジとかヤッコエイくらいの魚ならともかく、なんとなんと巨大なニセゴイシウツボだ!!
こんなどでかい魚に真正面から迫られると、至近距離から波動砲をロックオンされたような心地になる。
とりあえず居合わせたみなさんにニセゴイシウツボを指さしつつ、ゲストに断りを入れずにすぐさまポッケからコンデジを取り出して……
…この直前までは完全に目線ロックオン状態だったのだけど、残念ながら撮った時にはすでに軸線が脇にそれてしまっていた。
海中では150cmくらいはあるように見えるその巨大ボディ、そのロックオン状態のド迫力は、ゲストの1人めぐみさんが、思わずワタシの陰に隠れたことからもおわかりいただけよう。
しかし彼は襲い掛かってくることなく、すぐそばを通過。
そのまま悠然と泳ぎ去っていった。
昔は水納島ではレアだったはずなのに、ついに全身をさらけ出して泳ぐ姿すら観られるようになってしまった…。
※追記(2024年2月)
その3年半後(2024年2月)、再びニセゴイシウツボの全身を拝む機会に恵まれた。
今回はなぜだか全身をさらけ出しながらホンソメクリーニングを受けていたニセゴイシ君、無防備状態でワタシに近づかれるのがイヤだったのだろう、警戒して泳ぎ始めた。
実測1.5mくらいだから、海中で見ればもっとでっかく見える大きなウツボが泳ぐ様はなかなかの迫力で、ニセゴイシがいきなりキレてワタシに襲い掛かってきたらどうしよう…とビビりながらついていくと、
やがてニセゴイシは岩の隙間に潜り込んだ。
ところがどうやらこの隙間は手狭だったらしく、ウニョウニョと奮闘するものの、どうしても体を尾の先まで収容できないニセゴイシ。
そこからの様子が↓こちら。
再び全身を現したニセゴイシ君、そこにワタシが立ちはだかっているものだから多少の逡巡を見せつつも、やがて再び泳ぎだし、彼方へと去っていったのだった。
実はこの日、リーフ際で全身ニセゴイシに出会う前に、深めの根でも別個体に会っていた。
1本のダイビングで2匹と遭遇するなんて、昔じゃ考えれない…。
オトナとの遭遇頻度がこれほど増えているとなれば、きっと出会いもあって繁殖もしていることだろう。
うまくすれば、そのうちスーパープリティなチビターレに会える日が来るかもしれない。