全長 50cm
ご存知、「水納島のマンタ」ことヤッコエイ。
マンタだ、マダラトビエイだ、といったいわゆる「大物」三昧を体験された方にとっては、サメにおけるネムリブカ同様「ふ〜ん、ヤッコエイね…」で片づけられる魚ではある。
それでもやはり、エイはエイ。
それまでエイやサメなどに縁がなかった方々にとっては、ヤッコエイだって立派な主役だ。
そんなヤッコエイは、砂地が広がる水納島では、それほど珍しい魚ではない。
というか、むしろフツーに観られる魚といっていいくらいで(海水浴場エリアでも観られることがあるほど)、砂地でエサを求めつつ、フンガフンガフンガと砂煙を巻き上げている姿を目にされた方も多いはず。
これを見て、砂に潜ろうとしていると勘違いされる方がたまにいらっしゃるけれど、砂に潜るときはあっという間に終わる。
上の動画では砂のかぶり方が不完全ながら、潜る時も同じようにほぼ一瞬の早業。
それに対して砂底をいつまでもフンガフンガしているのは、餌を探しているときの動きだ。
彼らは砂の中の小動物を主食にしているから、こうやって砂を掘って、中に潜むいろんなものを、裏側にあるニコちゃんマークのような口で食っている。
上の写真のように完全な砂底だと、巻き上げる砂煙がモウモウとなるほど休む間もなく掘り続けるけれど、これが礫がゴロゴロしているところになると、そうはならない。
ところで、ヤッコエイは英名ではBluespotted Stingray と呼ばれる。
え?青い点なんてどこにあるの??
…と思ったら、ガレ場などでウロウロしているときに体の色を濃い目にしているものを観ると……
黒く縁どられた小さな青い点が、ランダムに散りばめられていることがわかる。
白い砂地にいるヤッコエイは体色を薄くしているから、この特徴がまったく目立たないのだ。
主に砂中の小動物を食べているヤッコエイだから、普段は海底にいることが多い。
でも泳ぐときはちゃんと宙に浮いて心地よさげに泳ぐ。
ゆっくり泳ぐときのスピードは↓こんな感じ。
上の動画ではほんの少し場所を移動しただけで終わっているけれど、本気を出すとめちゃくちゃ速く、あっという間に逃げ去ってしまう。
ヤッコエイが本気を出すといかに素早いかがよくわかる、ヤッコエイのガマンの限界実験をしてみた動画が↓こちら。
こんな速さで泳ぎ去られてしまうとどうしようもないけれど、それほどの危機を感じていないときはのんびり泳いでいて、やがてそのあたりに着底してくれるから、その後慎重に動けば接近可能だ。
ただしヤッコエイは、砂に潜んで目だけ出していることも多い。
こうしていると、誰にも邪魔されずのんびり休憩できるからだろうか。
これに気づかず迂闊にそばを通りかかったりすると、先ほどの動画のようなダッシュを見せることになる。
でもそのあたりをちゃんと心得ているものもいて、ホンソメワケベラたちが、砂底から唯一出ている目の周りを掃除しに来る。
痒いところに手が届くクリーナーたちのこと、ヤッコエイはジッとしているだけで気持ちいい……
…かと思いきや、ホンソメワケベラに時々あるヒヤリハット施術が不快だったのか、砂煙をあげて抗議するヤッコエイだった。
砂から目だけ出して潜んでいても、このように動くと輪郭がよりハッキリする(別個体です)。
どんなに体が埋まっていても、目はちゃんと外に出ている。
もっとも、この状態の間にそっと近づけたとしても、砂の中から出ている目と尾ビレの先しか観られず、やっと全身を出してくれた…と思ったときには、もう泳ぎ去っていくことになる。
ヤッコエイを間近で観るなら、餌探し中がチャンスだ。
彼らはけっこう夢中になってフンガフンガしているから、フンガフンガ中に接近しても一向に気づかれない。
ただしヤッコエイもバカではないので、餌探し中も周囲の警戒を怠ってはいない。
フンガフンガしている最中に……
……ダイバーの排気音を察知すると、「ん?」という感じで首をもたげ(首ってドコだ?)、周囲を見まわす。
この時に動いてはいけない。
息を吐いてもいけない。
周囲を警戒するのはほんの数秒なので、その間ジッとしていれば、ヤッコエイは再びフンゴフンゴし始めるのである。
そうやって這い寄っては止まり、這い寄っては止まり、を繰り返すと、最終的にはカメラから30cm弱のところまで接近できることもある。
これを、「ヤッコエイ・だるまさんが転んだの法則」という(他に誰も言ってません。念のため…)。
これが大阪になると「ヤッコエイ・ボンさんが屁をこいたの法則」となるのは言うまでもない。
そんなヤッコエイたちと出会う頻度は、近年すっかり減ってしまった。
いつの間にか…というのではなく、明確に2012年になってからという実感がある。
というのも、その年の4月にとんでもなく巨大なウシエイと遭遇したのだけれど、その後砂地のポイントでまったくヤッコエイに会えなくなってしまったのだ。
ひょっとして、すべてのヤッコエイが合体してウシエイになったのか?
そんなつまらぬ冗談を言いたくなるほどのタイミングだった。
そんなわけで、かつては望まなくとも必ず会える魚だったのに、今では切望しても会えずじまいで終わってしまうゲストもいらっしゃるほど。
今もなおわりと出会える場所はいくつかありはするものの、どこにでもいたかつての様子をご存知の方には、激減感は半端ないに違いない。
ただ、昨年(2018年)あたりから、なんとなくながら出会う機会が増えている気もする。
そういえば、95年に水納島に越してきてから数年は、今くらいの遭遇頻度だったかも…。
ヤッコエイの個体数の推移には、5年周期くらいの大きな波があるってことなのだろうか。
振り返ってみると、ヤッコエイがやたらといた2010年前後には手のひらサイズのチビチビヤッコエイに出会う機会がちょくちょくあった(おそらく生まれたばかりのサイズ…ヤッコエイも卵胎生)。
砂地を徘徊しながらこちらに近づいてくるほど警戒心は低い。
砂に埋まって目と尾ビレの先だけ出しているヤッコエイチビターレにお馴染みの対指比をしても、全然逃げる気配がない。
別の個体ながら、同じようなチビターレを……
ナデナデ。
それでも全然逃げない。
これはひょっとして、チビターレは動けないんだろうか…と心配しかけたところ、
地中から発進する宇宙戦艦のごとく、砂煙を上げながらその場を去っていった。
ところで、本土の海で観られるアカエイ同様、ヤッコエイの尾ビレに備え付けられている棘には、強力な毒があるらしい。
刺されると相当痛いという話ながら、それは釣り人や漁師さんなど洋上でヤッコエイを扱う人たちの話であって、海中でヤッコエイに刺された!なんていうダイバーをワタシは1人も知らない。
そんな強力な武器付きの尾ビレは、ときとして宇宙戦艦ヤマトの第3艦橋の運命になることもあるらしく、途中から千切れてしまっているものを目にすることがある。
それどころか……
付け根から完全に消失してしまっている子もいた。
彼(か彼女か)はわりと同じ場所で長い間観られたこともあり、「UFO君」と名付けていたのだけれど、その後パッタリ会えなくなってしまった。
一般的な硬骨魚類のヒレは、かなり強い再生力があるらしいけれど、サメやエイなどの板鰓類も、失われた尾ビレは再生するのだろうか。
聞くところによると、ヤッコエイは20年近い寿命だという。
上の写真を撮ったのは2008年のことだから、再生するのだとしたらもうUFO君ではなくなっているか。
それ以前に、11年も前にすでに立派なオトナサイズだったことを考えると、いい加減寿命が尽きているかもしれない。
いずれにしろもう会えないことに変わりはないか…。