全長 25cm
ヤンセンニシキベラもまた、ヤマブキベラの仲間の中では「オンリーフオンリーライフ」度が際立っている魚だ。
当コーナーの、おそらくはこのヤマブキベラの仲間の稿でしか出てこないであろう造語、オンリーフオンリーライフを、魚種別に不等号で示してみると、
ときて、そのハコベラよりもさらに度合いが大きいのが、このヤンセンニシキベラだ。
繁殖期でさえリーフエッジのキワのキワまで来てくれることは稀で、ほぼほぼ全人生をリーフ上で完結している。
そのため彼らに会うためには浅いリーフ上を行かねばならず、水納島でのボートダイビングの場合、タンクを背負ってのダイビングでは、潮位がある程度なければその領域に踏み込むこともできない。
では浅いところに行けばいくらでもヤンセンニシキベラが泳いでいるのかというと、水納島の場合そういうわけでもない。
オトナの個体数は多くはないのか、「オス」がとんでもなく浅いほうからリーフエッジちょい手前までを忙し気にシャカシャカと行き来するエリア内に、10cmくらいの小柄の個体が数匹観られる程度でしかない。
ひょっとすると幼魚はたくさんいるのかもしれないけれど、幼魚はヤンセンニシキベラっぽい色(オスの色)がまったく出ていないから、ヤンセンニシキベラだと認識できていないのかもしれない。
とにかくそんなわけで水納島ではそれほど多くはないヤンセンニシキベラながら、「オス」はいつも元気よくリーフ上を泳いでいる。
泳いではいるけれど、縄張り内の数少ない(ように見える)メスの姿を求め、浅いほうからリーフエッジ手前くらいまでをひっきりなしに泳ぎ回っているため、おいそれとは写真を撮らせてくれない。
ただし、リーフ上にいくつもある切れ込みの下に潜みながら水面を見上げつつジッとしていると、ヤンセンニシキベラのほうから近づいてきてくれることもある。
もっともこの場合、サンゴのそばに何か来てくれたらいいなぁ…と思っていたところにたまたまヤンセンニシキベラが来てくれただけで、ヤンセンニシキベラを撮ろうとしてうまくいったわけではないんだけど…。
このように元気にスイスイ泳ぎ回っている「オス」も、メスに産卵を促す際など盛り上がっている時には婚姻色を発する……
……んだけど、いまひとつわかりづらい。
お腹側の薄緑色が若干濃くなって顎まで染まり、下半身の黒帯が薄れて黄色味が出てくる。
この色を発して上層でシャカシャカ泳ぎをしている時には、たいていその下にメスがいる。
ヤマブキベラの仲間たちは、際立ったトロピカルカラーながらもそこには統一感のあるデザイン性が感じられるものが多い。
ところがヤンセンニシキベラは、「オス」もメスもなんだかかなり「絵具が浸みていく偶然に任せました」的な テキトー モダンアート 感がある。
これより小さな幼魚たちになると、何が何やらわからない色模様になるうえに、とにかく浅いところにいるから、これまでなかなか「撮ろう」という気にならなかった。
でも1枚も写真を撮っていないというのはどうなのよ…という気もするので、今後の課題にします。
※追記(2021年9月)
今年(2021年)の梅雨時のこと。
とある砂地のポイントの水深20mほどのところに横たわる根にゲストをご案内していたところ、見慣れないベラの姿が目に入った。
こういう根で見慣れないベラといえば、レアものである可能性が高い。
しかし見慣れないけど見覚えはあったので、ゲストがスカテンやキンメモドキ にうつつの抜かしている間 をウットリ眺めておられる間、その見慣れないけど見覚えがあるベラの姿を追いながら、断線寸前の細い細い記憶をたどってみた。
えーと、どこで観たことがあったんだったっけか……。
アッ!!
リーフ上だ!!
その見慣れないベラは、なんとヤンセンニシキベラの若魚だったのだ。
オンリーフオンリーライフなヤンセンニシキベラなのに、なぜに若魚がこんなところに?
砂地の根で見慣れないベラだと思ったのも当然だ。
というわけでレアものでもなんでもなかったけれど、ヤンセンニシキベラがこんなところにいるってことがレアだった。
カメラを携えて撮りに行くチャンスを得たのはそれから半月ほど経ってからのことだったのに、ヤンセンニシキベラ若魚は健在。
リーフ上では何が何やらわからない色模様のせいで認識できていなかったのに、砂地の根にいてくれたおかげでオンリーワンの地位をキープしている。
おかげで証拠写真は撮れたものの……
ヤンセンニシキベラ、まったく落ち着きなし。
ちゃんと撮るためのハードルが高いのは、リーフ上だけのことではなかったのだった。
※追記(2023年1月)
翌年(2022年)夏に久しぶりにこの根を訪ねてみると、明らかにヤンセンニシキベラのメスフォルムとわかる魚が元気に泳いでいた。
昨年何度か見たかぎりではこの根に1匹しかいなかったから、ほぼ間違いなく同一個体と思われる。
いやはや、まさかこんなところで1年以上もサバイバルできる逞しい若者だったとは…。
ヤンセンニシキベラのヤング略してヤンセンヤング、お見それいたしました。