水納島の魚たち

ニシキフウライウオ

全長 8cm

 こんな形のものが魚だと言われても、にわかには信じられないかもしれない。

 けれどよく見ると目もあれば口もあり、それぞれのヒレがついている、ということがわかってくる(ちなみに写真では右が口)。

 図鑑などではカラフルなイソバナやヤギに寄り添っている写真をよく目にするけど、水納島ではウミシダについていることが多い(最近はガヤというケースもある)。

 無駄に多いようにも見える体中の皮弁は、そういった拠り所となる他の生き物に紛れ込むに際して抜群の隠蔽効果を発揮する。 

 冒頭の写真は彼らの意図に反してバックが青くなるよう無理矢理撮っているだけで、ウミシダにいるところをフツーに観れば……

 「私はウミシダ…」状態。 

 拠り所に合わせて色を変えることができるのか、同じウミシダでも明るい色味のものについているニシキフウライウオは……

 明るめの色になっている。

 白いガヤの仲間に寄り添っているペアは白っぽいから、これまたカモフラージュ効果抜群だ。

 ストロボ光がなければ、よりいっそう隠蔽効果は高まる。

 ニシキフウライウオの体中の皮弁は、角度によってさらに抜群の力を発揮する。

 ヘコアユなどと同じく、ニシキフウライウオたちも自分たちの体がどちらから観ればより見づらくなるか知っているようで、カメラを向けると真横を素直に見せてくれることなど滅多にない。

 たいてい背中側かお腹側の「より細く見える」方を向けてくるのだ。

 ムチカラマツに寄り添っている場合、それがかなり有効になる。

 こうして観ると一目瞭然状態になってしまうけれど、彼女の意図どおりの角度で観ると…

 まさにムチカラマツ。

 ニシキフウライウオたちの体中の皮弁は、何かに寄り添っていてこそ力を発揮するのだ。

 こういう状態になっていると……

 むしろ皮弁が目立ちすぎてしまうかも。

 ところがあるとき、何にも寄り添わずフラフラしているニシキフウライウオの夫婦がいた。

 誤解の無いよう慌てて断っておくけど、何かに寄り添っていたところをワタシがカメラで追い立てたから離れてしまったというわけではなく、最初からこういう状態で、まるでカミソリウオのペアのように移動していたもの。

 色味からしてどこかのガヤやムチカラマツに寄り添っていたものが、ふとしたはずみに流れ者になってしまったのだろうか。

 理由はともかく、こんなに身を晒してしまっていたら、悪目立ちするんじゃ??

 …と心配していたところ、なんとそこに砂地の根の悪役商会ことハナミノカサゴがヌーッと現れた!

 ニシキフウライウオ夫婦、大ピンチ!!

 ところが。

 ハナミノカサゴ、完全スルー。

 ハナミノカサゴは、ニシキフウライウオ夫婦をまったく魚と認識していないらしい。

 これまでいろんな生き物に寄り添っているニシキフウライウオというシーンを観たことがあったけれど、ハナミノカサゴバックだなんて、後にも先にもこのとき限り。

 何かに寄り添っていてもいなくてもカモフラージュ生活を送るニシキフウライウオ夫婦、ペアでいる場合は大きいほうがメスだ。

 タツノオトシゴやヨウジウオたちはオスが卵を抱くのに対し、同じトゲウオ目の魚でもカミソリウオの仲間たちは、メスが卵嚢機能に特化した腹ビレで包むようにして卵を抱く。

 卵嚢機能に特化しているとはいってもそもそも腹ビレだから2枚あり、それを合わせるようにして卵を包んでいるので、後ろから観ると隙間が空いていて、中の卵を覗くことができる。

 …といってもクラシカルアイでは肉眼での確認は不可能。

 デジタル機器の力を借りて円内を拡大してみると……

 もう随分発生が進み、目がしっかりできている卵があることがわかる。

 さらに拡大。

 このような卵がビッシリと、両の手の平を合わせたような腹ビレの間で優しく包み込まれているのだ。

 卵を抱えているメスは、卵に新鮮な水が行き渡るようにするためか、まるで大切なお米をとぐ昭和のお母さんのように腹ビレをゆっくり動かすのだった。

 追記(2021年9月)

 昨年(2020年)の梅雨時のこと、とある砂地の根で、久しぶりにニシキフウライウオに出会うことができた。

 例によっていつものごとく、束の間の滞在で終るかと思いきや、拠り所にするものがないにもかかわらず2週間くらい同じ場所に居てくれたこのニシキ君、まるで紅白歌合戦のステージで小さな子供たちに囲まれながら「ビューティフルネーム」を歌うタケカワ・ユキヒデのように、小さな小さなキンギョハナダイ・チビに囲まれて楽し気にしていた。

 キンギョハナダイたちも寄り添えるものがほしいからか、ニシキフウライウオをトサカやヤギ類と勘違いして寄り添っているようにも見える。

 それにしてもこのニシキ君、拠り所ひとつないのになぜこんなところに長いしているのだろう?実はちゃんと拠り所があるとか?

 キンギョハナダイのチビターレこそがカモフラージュ効果とか?

 それとも、近くにいるゴマウツボカラーに合わせているとか?

 ひょっとすると、流れに合わせてたまに転がってくる↓この海藻に身を寄せているのかもしれない。

 たしかにこれじゃあ、うっかり八兵衛ならずともスルーしてしまいそうではある。

 ところが、身を守るためならずっとこうしていればいいものを、このニシキフウライウオはこの海藻から離れ、やけにアクティブに海底を凝視しながらスルスルスルスル移動していた。

 その視線の先には、小さなキンセンイシモチのチビチビたちがいる(矢印の先)。

 いくらチビチビとはいえ、ニシキフウライウオの口に比したら大きな魚、まさかこれを狙っているってわけじゃないよね??

 …と思いつつ、ずっとファインダー越しに観ていたところ、

 シュポッ!!

 え?

 ニシキフウライウオ、今、キンセンイシモチを吸い込んだ???

 一瞬の早業だったから撮る間などまったく無かったけれど、間違いなくその動きは獲物ゲットの動作。

 えー、でもまさかキンセンイシモチが獲物では…

 ところが、事前事後のその口元を拡大してみると…

before

after

 ああ、キンセンイシモチが口の中に!!(目がニシキフウライウオの目の斜め右下にあって、そこから体のラインがニシキフウライウオの口の先のほうに伸びてます)

 てっきり小さな甲殻類など、ムシムシしたものを食べているのかとばかり思っていたら、まさかニシキフウライウオが小魚ゲッターだったとは!!

 さすがヘラヤガラの親戚、食べ方もそっくりだわ……。