水納島の魚たち

ピエールコガネヤッコ(仮称)

(ヘラルドコガネヤッコと何かの交雑個体)

全長 5cm

 まだ水温が上がり始めていない今年(2022年)5月、流れが強かったので流れを避けつつリーフ際を徘徊していたところ、なんだか気になるヘラルドコガネヤッコの姿があった。

 ヘラルドコガネヤッコといえば、浅いところでもそこかしこで観られる馴染み深い小型ヤッコだというのに、なにがいったい気になるのだろう?

 と不思議に思いつつ眺めてみて…

 …ようやく気がついた。

 海中で観ていたら、記憶しているヘラルドコガネヤッコの姿に比べ、尻ビレがヤケに色濃くて異質に見えたのだ。

 ホントに異質なのか、それとももともとヘラルドコガネヤッコってこういう尻ビレなのか、そのダイビング中、ヘラルドコガネヤッコに出会うたびにチェックしてみた。

 若めの子。

 オトナのペア。

 その他たくさんいるヘラルドコガネヤッコたちの尻ビレはすべて、↓こうだった。

 キレンジャーベースにオレンジ気味のストライプ。

 しかるに、さきほどのストレンジヘラルドの尻ビレは…

 ストライプ&水玉模様!

 しかも縁辺にはブルーのラインまである!

 尻ビレだけ観ればまったく別の魚だもの、そりゃ異質に感じたはずだわ。

 ストレンジヘラルドには顔周辺にオレンジ色の点々が無いから、余計に尻ビレが浮いて見えたのだろう。

 キンチャクダイ類の場合、同じ種類でも模様が乱れて形が変わるということはちょくちょくあれど、もともと存在しないはずの色が「模様」として出てくるということは、純血種であればありえないはず。

 ヘラルドコガネヤッコは海域による体色変異が知られていて、南洋のフィジーあたりで見られるものと日本のものとでは違いがあるのだけれど、このような尻ビレのヘラルドコガネヤッコの地域変異個体なんて、印刷物&ネット上でもこれまで見たことがない。

 ということは……ハイブリッド??

 キレンジャーボディでありながら、尻ビレの縁辺にブルーラインがあるケントロピーゲ=アブラヤッコ属の魚といえば…

 コガネヤッコ。

 ヘラルドコガネヤッコとコガネヤッコのハイブリッドだったのか!?

 ただしコガネヤッコは水納島ではいまだ目にしたことはなく、そもそも沖縄近海では激レアの小型ヤッコだ。

 どこか遥かな海における禁断の恋の果てに、海流に乗って流れ着いたのだろうか。

 それとも、水納島でもフツーに観られる小型ヤッコ類との交雑?

 色味はまったく異なるけれど、尻ビレに細いブルーのラインが入っている小型ヤッコといえば…

 …などが思い浮かぶ。

 このうち、ソメワケヤッコを除くものたちは水納島でもフツーにそれぞれでペアになっているくらいにたくさんいるのに対し、ソメワケヤッコは個体数が少なく、いたとしても単独で寂しく暮らしていることが多い。

 なので、そこでヘラルドコガネヤッコとの禁断の恋が生まれるかもしれない。

 そういえば、若魚くらいにまで育ったソメワケヤッコは、ちょくちょくヘラルドコガネヤッコと一緒に泳いでいることがある。

 ウーム…よく観るとソメワケヤッコの尻ビレは、色こそブルーだけど水玉模様になっている…。

 いずれにせよザ・ヘラルドじゃないわけだし、かといって交雑相手がハッキリしないとなると、このストレンジヘラルドをなんと呼ぶべきか…。

 「ヘラルド」ではないのだから、テキトーに舶来風のファーストネームをつけてピエールコガネヤッコとでも呼ぶか…。

 というわけで急遽ピエールコガネヤッコとなった珍ハイブリヘラルドは、その後ひと月経っても同じ場所に健在だ。

 観ているときにヘラルドコガネヤッコのペアが通りかかったこともあったけれど、争いが起きるわけでもなく、恋が芽生えるわけでもなく、ピエールは単独で淡々と暮らしているようだ。

 はたして彼女もしくは彼のアイデンティティは、自らを何ヤッコと規定しているのだろう?

 今後の動向を見守りたい。

追記(2024年5月)

 その後ピエールは、冬場の大時化や夏の台風の物理的破壊で住処が大変なことになってもなんとか生き延び、次第に行動範囲も広くなって、昨年(2023年)あたりは見つけるのに苦労することもあった。

 サンゴの陰から陰へ巧みにスルスル移動しながら、それまで住処にしていたサンゴ群落のお向かいにある根の天辺あたりまで遠征していたりするのだ。

 ただ、1年も経てばもっと成長していてもよさそうなモノなのに、サイズ的に変化している気配がない。

 大きくなっていないのに行動圏が広がっているということは、チカラのあるオスの傘下に入った、ということなのだろうか。

 その広くなった行動範囲には他のヘラルドコガネヤッコもいて、仲良さげに一緒に泳いでいたりもしたピエール。

 ほぼ同サイズで小柄な左の子も、きっとメスなのだろう。

 このあたりを縄張りにしているオスのもと、ピエールは会員ナンバー4くらいのポジションで「メス」になっているのかもしれない。

 となるとなにかとジェンダー問題がややこしいこの時代、ピエールという固有名詞は不適当?

 であれば、ピエレットと呼んだほうがいいのだろうか。

 いやいや、性に応じて名を変えるということのほうがモンダイの根源なのでは?

 …いろいろややこしいことになるので、引き続きピエールと呼びます。

 で、そのピエール、今年(2024年)も健在で、梅雨時に久しぶりに再会した際には…

 オス(らしき子)と行動を共にしていた!(奥がピエールです)

 これまでは近づくだけですぐにサンゴの陰に隠れてしまうピエールだったのに、ペア行動している間は実に悠々としていた。

 このテの小型ヤッコたちはチョウチョウウオ類のように「ペア」が確定しているわけではなく、1匹のオスが複数のメスを傘下にしているっぽいから、この2匹が常時一緒にいるというわけではないようで、やがてピエールだけいつもの場所に引っ込んでいった。

 でもペア行動している間のピエールの動きはメスそのもの。

 やっぱりピエール改めピエレットと呼ぶべきなのかも…。

 まだお腹が卵で膨れているようには見えなかったけれど、6月になってから日没時に来てみれば、ピエレットの産卵シーンを観ることができるかもしれない。